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森喰いの核木(もりぐいのさねき)  作者: 都桜ゆう


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第六章 皮肉な結末(後半)

『【速報】鹿ヶ瀬村の守り神、野蛮な祈祷師によって虐殺される』


『拡散希望! 罪なき森の主を殺した村人たちに抗議の声を!』


 新藤が目にしたのは、かつての仲間、ミキが投稿した衝撃映像だった。そこには、昨夜の闇の中で撮影された断片的な映像が、悪意を持って編集されていた。篝が短刀を振り下ろす瞬間。森喰いが絶叫し、霧となって消えていく瞬間。それらは「無抵抗な希少生物を、土着の迷信にとらわれた老人がなぶり殺しにする」という、都会の人々が最も激昂しやすい構図に書き換えられていた。


 新藤が必死で救いを求めていた、あの失禁のシーンや逃走のシーンは、綺麗にカットされている。代わりに、彼が根に捕らえられた瞬間の映像に『自然との対話を試みた若者が、村人の妨害によって犠牲になった』というテロップが添えられていた。


『ひどすぎる。この爺さん、殺人未遂じゃないの?』


『村全体で隠蔽してるみたい。鹿ヶ瀬村の特産品、ボイコットしようぜ』


『新藤さんかわいそう。ミキちゃん、続報待ってます!』


「……違う。そんなんじゃない……! ミキ、消せ! 今すぐ消すんだ!!」


 新藤は狂ったように画面を叩いた。しかし、彼のアカウントの管理権限はすでにミキによって凍結されていた。画面の向こうでは、新藤たちが最も軽蔑していたはずの「事実を歪める大人たち」以上に醜悪な方法で、彼の命を救った真実が、小銭を稼ぐための「最高のコンテンツ」へと変換されていた。




 村の空気も、一変していた。役場の電話は「動物虐待だ」「ヤラセだ」という抗議と脅迫で鳴り止まず、村長は顔を真っ赤にして新藤に詰め寄った。


「新藤さん! あんたのせいで村は滅茶苦茶だ! あんな不気味な動画を垂れ流しおって! 篝さんのような『掃除屋』は、誰にも知られず静かに仕事を終えてもらうのが村の暗黙の了解だったんだ!」


 村長は唾を飛ばしながら、新藤の胸ぐらを掴まんばかりに叫ぶ。


「あんな化け物を退治しただなんて、誰が信じる? 世間様には『熊を追い払っただけだ』と嘘を吐くしかなかったのに……。あんたが騒ぎを大きくしたせいで、村は一生『狂った村』だと思われるんだぞ!」


 村長は地面を激しく踏みつけ、新藤ではなく、すでに去った篝がいた方角を忌々しげに睨みつけた。


「そもそもあの爺、あんな派手にやりおって! もっと穏便に済ませられんかったのか! あいつが来たせいで、余計な証拠まで撮られて……。全く、とんだ災厄を招き入れてしまったわ!」


 昨日まで震えながら篝に縋り付いていた男たちが、今や保身のために、自分たちが呼び寄せた救世主を「余計な災いの種」として呪っている。そして、そのすべての怒りを新藤へと押し付けていた。


(人間に、救済される価値などあるのだろうか――)


 目の前の醜悪な光景を前に、新藤の脳裏には、ただ無言で去っていった篝の、あの底冷えするような眼差しだけが鮮烈に蘇っていた。


「……はは、……あはは」


 新藤の口から、乾いた笑いが漏れた。


 結局、村を救った「森返し」の物語は、どこにも残らなかった。篝は霧の向こうへ消え、新藤は「精神に不調をきたした元リーダー」として、ミキたちに追い出されるようにグループを去った。世間の関心は数週間で次の炎上ネタへと移り、鹿ヶ瀬村の名前も、森喰いの伝承も、ネットの濁流に飲み込まれて忘れ去られた。

 しかし、都会の狭いアパートに引きこもった新藤だけは、終わっていなかった。


「……あ、あぁ……。痛い、痛いんだ……」


 深夜、新藤は自室のベッドで、己の右足を見つめて(むせ)び泣いていた。そこには、病院で「ただの擦り傷」と診断された場所から、無数の「白い繊維」が、まるで血管をなぞるようにして太ももに向かって這い上がっていた。


 それは、ただの傷ではない。あの日、森喰いが彼に植え付けた接ぎ木の苗床だ。

 新藤が観葉植物の鉢植えを眺めるたび、あるいは公園の木々のざわめきを聞くたびに、彼の皮膚の下で繊維が「ギチッ、ギギッ」と音を立てて蠢く。


 森は、決して貸しを忘れない。篝が清算したのは、あの場所にあった巨体だけであり、新藤の肉体に深く侵食した「欲の利息」までは肩代わりしてくれなかったのだ。


「……助けて、篝さん。……助けて……」


 新藤は、もはや発信することのないスマートフォンのカメラを、自分の足に向ける。レンズ越しに見える自分の皮膚。その下を、白い根がゆっくりと、しかし確実に、彼の心臓に向かって枝を伸ばし続けていた。


 外では、乾いた冬の風が吹き抜け、街路樹がざわめいた。

 それは、次の借り手を探す、森の微かな笑い声のように聞こえた。



(C),2026 都桜ゆう(Yuu Sakura).


本作をお読みいただきありがとうございました。

遠くから騒ぐだけの人にはなりたくないものですね。


さて、明日、23日の21時50分時より、新作ホラー『液晶に棲む狐』を連載開始です。

デジタルと呪いが交差する現代ホラーとなります。

これからもよろしくお願いします。




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