第六章 皮肉な結末(前半)
鹿ヶ瀬村に、残酷なまでに清々しい朝が訪れた。
深い谷底にあるこの村にも、冬の鋭い陽光が差し込み、昨夜の惨劇の舞台となった納屋を白日の下に晒し出す。そこにはもう、蠢く根も、異形の咆哮もなかった。ただ、焼け焦げた焚き火の跡と、重機で掘り返したような無惨な土の塊が、そこにあらざるべき何かが存在したことを物語っていた。
村の入口付近では、数台のパトカーと救急車が赤色灯を空しく回転させていた。
右腕を失ったタカシは、早朝のうちに町の総合病院へと搬送された。篝が施した「黒い琥珀」の処置のおかげで、出血死は免れたものの、医師たちはその断面の異常な変質――まるで数十年前に切断されたかのように乾ききった組織――を前に、首を傾げるばかりだったという。
新藤は、村の公民館の前に置かれたベンチに、ボロ布のように座り込んでいた。両足には、駆けつけた救急隊員によって応急処置の包帯が巻かれている。だが、その下で脈打つ「チリチリ」という不快な熱気は、どんな鎮痛剤を投与されても消えることはなかった。
「……新藤さん。事情聴取、いいですか?」
若い警官が、怪訝そうな顔でメモ帳を広げた。
「あなたの証言だと、その……巨大な木の根が人を襲い、老人が短刀でそれを退治した、と。……あー、現場には薬物反応はありませんでしたが、何らかの集団幻覚の可能性も視野に入れて捜査します」
「幻覚じゃない……! あいつは、そこにいたんだ! 僕を殺そうとして、僕を……っ!」
新藤は警官の腕を掴んで叫んだが、その瞳は絶望に濁り、焦点が合っていない。彼が何を語ろうと、警察は「野生動物による被害と、パニックによる妄想」として処理しようとしていた。物的証拠となるはずの高性能カメラは、森喰いの重圧によって粉々に粉砕され、唯一の証言者であるミキも「自分は見ていない。新藤さんがパニックになって暴れた」と、保身のために彼を切り捨てた。
警察にさえ「虚言癖の狂信者」として扱われ、誰も自分の言葉を信じない。全てを失い、泥にまみれて路傍に放り出された新藤の視界に、一人、静かにその場を去ろうとする影が映った。
篝だ。
「……篝さん。……本当に、ありがとうございました」
篝が、村を去ろうと布袋を肩に担ぎ直した時、新藤は這うようにして彼に近づいた。かつて彼が「野蛮な老人」と見下したその背中は、今の新藤にとって、この世で唯一の真実を共有できる絶対的な救いだった。
篝は、足を止めることなく、ただ一度だけ新藤を冷たく見下ろした。
「礼などいらん。……お前さんは、わしが助けたのではない。森が、お前さんのような『空っぽな魂』は肥料にすらならぬと判断して、吐き出しただけだ」
その言葉は、感謝を伝えることで自らのプライドを守ろうとした新藤の心を、再び深く抉った。
「……清算を済ませろ、若いの。お前さんの持ち込んだ欲のツケは、まだ払い終わっておらんぞ」
篝はそれだけ言い残すと、村の出口へと続く坂道を、霧の中に消えるように去っていった。
一人残された新藤は、震える手で、誰かに借りたスマートフォンを操作した。彼は、昨夜の惨劇を、そして篝が自分を救ってくれた真実を、世界に伝えなければならないという強迫観念に駆られていた。
しかし、彼が自身の活動グループ『フォレスト・ガーディアンズ』のSNSページを開いた瞬間――。新藤の口から、ヒュッという短い悲鳴が漏れた。
画面を埋め尽くしていたのは、彼への同情でも、怪異への恐怖でもなかった。そこにあったのは、凄まじい熱量を持って膨れ上がった純粋な殺意を孕んだ正義の炎だった。




