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森喰いの核木(もりぐいのさねき)  作者: 都桜ゆう


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第五章 森返しの救出と“返す儀式”(後半)

 篝の「返し刃」が、白く発光する核木の中心部へ深々と突き刺さった。

 一瞬、時が止まったかのような静寂が訪れた。直後、核木の奥底から、数千の命が一度に砕け散るような、凄まじい衝撃波が放たれた。森喰いの全身を構成していた黒い根が、痙攣するように激しくのたうち、篝を閉じ込めていたドーム状の壁が内側から爆ぜるように崩壊した。


「ギ……ガ、ア……ッ!」


 森喰いの巨躯が、音を立てて崩れていく。核木という芯を失ったことで、無理やり繋ぎ止められていた山羊の頭蓋、老人の生首、そしてタカシの腕といった借り物のパーツが、腐った果実が落ちるように次々と泥の上へ零れ落ちていく。


 篝は、核木を刃の先に突き刺したまま、ゆっくりと引き抜いた。それは拳ほどの大きさの、複雑な年輪が刻まれた「生きた宝石」のようだった。核木は、篝の血を吸って赤黒く明滅し、未だに獲物を求めるようにドクドクと脈打っている。


「……新藤。火を(おこ)せ。……今すぐにだ」


 篝の声が、瓦礫の向こうから響いた。泥を啜り、自身の足首を這う繊維に怯えていた新藤は、その声の冷徹さに弾かれたように動いた。彼は震える手で、投げ出されていたキャンプ用のバーナーと、予備のガソリン缶を這いずるようにして手繰り寄せた。


「は、はい……火、火ですね……!」


 新藤が焚き火台にガソリンを注ぎ、火を点ける。冬の乾いた空気に、猛烈な勢いで火柱が上がった。そのオレンジ色の光が、無惨な肉塊と化した森喰いの残骸を照らし出す。

 篝は火の前に静かに膝をついた。彼は、刃の先の核木をじっと見つめ、古びた祝詞のような、あるいは単なる事務的な確認のような言葉を呟いた。


「お主は、食いすぎた。奪い、溜め込み、循環を止めた。それは森の(のり)に背くことだ。……さあ、溜め込んだ分を、全て利息をつけて返してもらうぞ」


 篝が核木を、轟々と燃える炎の中へと投じた。

 瞬間、炎の色が、あり得ないほどの鮮やかさを持つ蒼へと一変した。火柱は天を突くほどに伸び、周囲の闇を一掃した。核木が焼けるパチパチという音と共に、これまで村を包んでいたあの吐き気を催す死臭が、一瞬にして消え去った。


 代わりに漂ってきたのは、雨上がりの深い森のような、あるいは太古の針葉樹林が放つような、どこか懐かしく、そして肌を刺すほどに清らかな香りだった。


「……あ、ああ……」


 新藤は、その光景を凝視した。

 蒼い炎の中から、光の粒子が立ち上がっていく。

 それは、森喰いに取り込まれていた魂たちの残滓だった。山羊の形をした影、子供の形をした影、名もなき村人たちの影。彼らは苦悶の表情から解き放たれ、柔らかな光となって夜空へと、そして彼らが本来還るべきだった森の奥底へと、吸い込まれるように消えていった。


 それは、新藤がこれまでカメラ越しに探し求めていた、どんな映像よりも神聖な瞬間だった。しかし、今の彼の手元に、それを記録する端末はない。彼が世界に見せびらかそうとした「自然の神秘」は、皮肉にも、彼がすべてを失い、ただの「震える肉塊」になった瞬間にのみ、その真実の姿を現したのだ。

 篝は、炎が元のオレンジ色に戻るまで、一歩も動かずに頭を垂れていた。


 彼が行ったのは、救済ではない。それはあくまで清算であり、歪んだ貸借対照表を、元のゼロに戻すための冷酷な手続きに過ぎない。


「……終わった。これ以上、山は追ってこん」


 篝が立ち上がった時、東の空が微かに白み始めていた。

 足元の泥の上には、もはや化け物の姿も、肉塊もなかった。ただ、不自然に肥沃な、黒い土だけがそこに残されていた。


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