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おまじない


あの日、中山はクラブでの配置が階段下だった。


雨の日に落とした物、車の助手席に座る人物の手首には茶色の数珠が映っていた。


沈黙の中、中山は立ち上がる。

ひっくり返った空の弁当箱を拾うと淡々と言った。



「俺、嫌いなんすよ、薬中の女が」




————————————




「お前んちの親、薬中だろ」


あいつとの出会いは小5の時だった。


特別学級に通い、同級生の俺達とはなかなか交流がないから、学校側は淳との距離を縮めるという狙いで帰りの方向が一緒のグループを集団下校させていた。


その日はたまたま俺と淳の2人だけで、だから俺は気になっていた事を思わず口にしてしまった。


淳はアザのある手でランドセルの肩紐をぎゅっと握って黙っている。

いつも俯いてて誰かと話してても目を合わせない奴だったが、分かりやすく気まずそうな顔をしていた。


「なんか、お前っていつも甘いお香の匂いしてるし、そうかなぁって思ってさ」

「…神崎くんは、それだけでそう思うの?」

「いや…あぁ〜…」


本当はそれだけでは無い、ボロい服に最小限の持ち物、大人の関与を感じない淳の身なりには、自身にも覚えがあったからだ。

そして、墓穴を掘ったと思った。

誰にも知られたく無い事を、自分から言う状況を作ってしまったから。


でも、俺は前から淳に興味があった。

居ないと思っていた“同志”に出会えて、他人とは分かち合えないモノを吐き出して、共感してくれるのではないかと期待していたんだ。


「…俺の本当の母ちゃん、薬中でさ、今は刑務所なんだ、多分、もう会えない」

そう言うと淳は顔を上て俺を見た。

色が白く、しおらしさの滲んだ表情は女の子と間違えてしまいそうなほど可愛い顔をしている。


「今、1人で暮らしているの?」

その質問に思わず吹き出す。


「そんな訳ねぇだろ、今は里親と一緒に暮らしてるよ、“父ちゃん”もいるし、2人ともいい人でさ」

「…僕も、一緒に、その家に行ってもいい?」

質問の意図がすぐに理解できず、えっ、と言った後に少し考えた。

淳は世間知らずの無知で純粋すぎて、たまに困る事を言う奴だった。


「それはダメだよ、自分の家があるだろ?」

「そっか、そうだよね…」


「…なぁ、ずっとこのままじゃ無いからな、絶対今の暮らしは変わるから、それまでの我慢だから」

「…うん、」


「それと、今の事は秘密にして欲しい、俺の母ちゃんの事、俺の1番の秘密だから誰にも言わないで欲しいんだ、お前の事も言わないから」

「うん、分かった」

「じゃあ、指切りしようぜ」

「ゆび、きり?」


俺は淳の手を取ると小指を絡めた。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った」

手を上下に揺らすたびに淳の目も動いて、何処かワクワクするものを見ているかのように目を輝かせていた。

小指を振り切ると、笑顔を見せる。


「約束のおまじない」


淳は約束を守り、俺の事を誰にも言わなかった。


そして、大人になってからも、あの時の“指切り”はまだあいつの中では有効だったんだ。




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