ノイズ
「おい、何で来てんだよ、休めって言っただろ」
岡田部長が俺を見るなり怪訝な顔をした。
「え?この件が解決したら、って言ってたじゃないっすか」
「もう解決した、自供もしてるしもう大丈夫だから」
そう言うと引き出しから休暇申請書を取り出して胸に当てられる。
「1週間くらい休んで実家にでも帰れ、お袋さんに顔を見せてやれよ」
そう言われた俺は食い下がる気になれず、小さく頭を下げ、用紙を受け取る。
「飯食って寝ろ」そう言うと岡田部長は手を払った。
最近、よく言われる言葉だ。
取調室で取り乱してから。
「あ、佐伯っ」
申請用紙を持って歩いていると佐伯の姿を見つける。
「これ、借りてたハンカチ、返す」
以前、一緒に現場に行った時に借りていたハンカチをポケットから取り出すと、佐伯は体を反らせた。
「いらねぇよ、お前のゲロ拭いたハンカチなんて」
「ちゃんと洗ったわ」
「いいから、それはやる」
佐伯は俺の肩を軽く叩くと「実家に帰ってやれよ」と言って立ち去った。
みんなのさりげない無骨な気遣いが、少しこそばゆい。
互いを良く知る親しい仲だからこそ余計にそう思えるのだろう。
俺は上着を脱いでネクタイを緩めると、署を後にした。
「あ、」
Lサイズ買ったのに間違えてRのボタンを押してしまった。
コンビニのカウンターにあるコーヒーマシンの前で、寝癖の付いた頭を掻く。
寝過ぎて頭も体のように凝り固まってしまったのだろうか。こんなに寝れたのは久しぶりだ。
「いい子だねぇ、よーちよち」
自動ドアの開閉音を背に、カップに注がれる黒いコーヒーをぼんやりと見ていると、聞こえてきた客の話し声に思わず反応する。
「あんたそれやめなよ、イラっとする」
「なんで?褒めてるのに」
若い女性2人がそんな会話をしていた。
2人は飲み物を買いに来たのか、店内奥の壁面へと向かい、ガラス戸の中身を見ていた。
「…あれ、なんか入ってる」
1人がカバンを広げて目線を落とすとミネラルウォーターを取り出した。
「やば、全然記憶にない水、発見したんだけど、しかも開いてる」
「やだぁ、いつの?てかあんた記憶に無いってアレん時っしょ、その内本当に痛い目遭うよ?」
俺はそのやり取りが気になり、はまりの悪い蓋を紙コップに押し込むと2人に近づいた。
「あの」
後ろから話しかけると、2人は警戒したように肩を縮こませた。
威圧感を出さないよう、柔らかい声を出すように心がけ、一度咳払いした。
「突然すみません、ちょっと会話が聞こえて、その、ミネラルウォーター貰った時って、酷い事されませんでした?」
2人は顔を見合わせ、不自然に長いまつ毛を瞬かせながら返事に困っている様子だった。
「あ、大丈夫ですよ、俺もやるので」
そう言ってタバコを吸う仕草を見せる。
「それで、友達の妹があなたと同じような目に遭っているんです、もしかしたら同じ奴にやられたのかなってちょっと気になって」
すると、ミネラルウォーターを持っていた女性は不信感が拭えない様子を見せながらも、口を開いた。
鉄製の扉を手の平で叩くと鈍い音が振動して辺りに響いた。
青髭を生やした店主が寝むたそうな顔を覗かせる。
勝手口の扉越しに警察手帳を見せると「えぇ〜」と力の抜けた声を出した。
「防犯カメラの映像を見せてほしい」
俺がそう言うと店主は目も合わせず、重い扉を腕で押し広げた。
もう解決したと岡田部長は言っていたが俺の中ではまだスッキリしない部分がある。
何かしらの証明となる物を目にすれば納得できるのではないかと思い、先ほどのコンビニで女性から聞いた該当の店を訪れた。
狭く、壁にステッカーだらけのごちゃついた事務室に通されると、ホコリを被ったパソコンで防犯カメラの映像のファイルを開いた。
ほとんど人の出入りの無い日中は早送りで飛ばし、夜の場面になると再生ボタンを押して画面に食い入った。
作業を始めて30分ほどでコンビニで見かけた女性らしき人物を見つける。
勢い良く勝手口の扉から飛び出している様子と、ぶつかる寸前で回避した白石も映っている。
俺は、白石が画面に現れてから消えるまでを、巻き戻して繰り返し見た。
白石が去った後も、何かしらの動きがないかしばらく目を凝らしていた。
だか意味のない事をしていると気付き、巻き戻しボタンをクリックする手を止める。
「…」
ここで俺は真実を受け入れる。
白石は俺に嘘を吐いていた。
あいつは誰も殴っていないし、誰も殴られていない。
確かに、女性は白石の頭に手を当てて『イイコイイコ』している場面はあるが、白石はそれに対して膝がガクリと崩れる様子を見せるも、そのまま走り去っている。
その後女性は何事もなく室内に戻っている。
暴行に関しては白石の記憶違いの可能性も考えたが、それは蓋然性が低いように思えた。
何故、あいつは嘘を?
画面を睨みながら頭を巡らせるも、納得出来るような結論には結び付かず、俺を悩ませ、目付きを悪くさせていく。
でも、何処か息の通りが良くなったようにも感じる。
何故なら華奢な体をした白石が骨を砕くほど人を殴れるのかと疑問に思っていたからだ。
その後早送りで映像を見ていると、気になる場面が目に留まり、再生ボタンを押す。
それは、雨の夜、黒い雨合羽を着た人物の右下半身だけが画面の右上に写っている映像なのだが、動きが普通では無いのだ。
何かを地面に叩きつけているように体を動かしている。
それは暴力を振るう人間の動きそのものだった。
俺は画面に顔を近づける。
そいつはポケットから何かを落とすとそれを拾った。
体を屈ませるも、フードを被っていて顔を確認する事は出来なかった。
次の日、俺はタクシー会社を訪れた。
街から少し逸れた場所にあるその会社は、白石が2人目の被害者を遺棄した山まで向かう際に使うルートに沿っている。
会社正面出入り口の防犯カメラの映像を見せて貰うも、通りの道路までは映り込んでいなかった。
諦めのつかなかった俺はドラレコの映像を見せて欲しいと頼んだ。
「いいけど、かなりの量だよ?」
タクシー会社の社長が呆れとも取れる顔をしている。
「大丈夫です、おおよその日時は把握しているので絞れます」
20台以上あるタクシーのドラレコを1人で一つ一つチェックしていくのは根気のいる作業だというのは覚悟のうえだ。
それでも、魚の骨のように引っ掛かった異物感が取れるなら、休暇を潰す事を惜しいとは思わなかった。
パソコンの前に座り、タクシーに搭載された360度全方位で録画した物を、画面上で四分割したドラレコの映像を見ていく。
すると、白石の白の軽バンと思われる車を捉えた映像を見つける。
深夜の暗い中、後方で走り去る車を捉えた映像は予想以上に不鮮明で、俺は何度も一時停止をしながら白石の姿を見出そうとした。
動画をコマ送りのように進めていくと、ハンドルを握る人物が確認できた。
顔は見えないが、髪の長さからして白石で間違いなさそうだ。
そして今のが“行き”だとすると“帰り”もあるはずだ。
カチカチと休まずマウスを操作していると、再び白の軽バンを見つける。
道路の反対側を走っている、今度は帰りだ。
ノイズだらけの画面にはサイドドアの窓枠に腕を掛けているのが見えた。
これは白石だろうか。
でも、そこに腕が見えるのはあり得ないはずだ。
何故ならそこは、助手席だから。




