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乱れる


噛ませた布越しに悲鳴を上げているのが聞こえる。


フェンタニルには強力な鎮痛作用がある筈だから意識があっても痛くないと思ってたけど、痛みを感じているのだろうか。

それとも恐怖で声を上げているだけなのか。


彼女は反抗的な目を僕に向けながら黒い涙を流している。


あぁ、やっぱり、この子はそっくりだ。


母さんに。




————————————




少しづつフラフラし出し、車に着く頃には意思疎通が難しくなっていた。


後部座席に女の子放り、運転席に座ると後頭部を引っ張っていたヘアゴムを取る。

縛っていたものから解放され、本来の自分に戻った安堵でため息が出た。


バックミラーを捻って後部座席を写す。


今回は何だかじっくり、丁寧に時間を掛けたい気分だ。


彼女が意識を戻した時にまず最初に目にするのは僕の家の天井になるだろう。

そして手足を縛られ、口には猿轡を噛まされている、そんな状態になったら彼女はどんな気持ちになるのだろうか。

想像するだけで胸に優しい気泡が込み上げ、僕の顔は綻んでいく。





彼女が意識を戻したのは東の空がほんのり明るくなった頃だった。

そして自分の状況が理解出来ない様子で周りを見渡しながら「んー」と声を上げている。


薄暗いから部屋の隅に居る僕の存在に気付いていないのだろう。


「おはよう」

そう声をかけるとこちらを向き、目を凝らした。


スケッチブックを閉じて彼女に近づき、横に座る。

髪の毛を片耳に掛けて顔を出すと、僕だと認識して眉間に皺を寄せた。

なぜこんな事を?みたいな顔をしている。


僕は部屋の隅に置いてある工具箱に手を伸ばした。

金槌と釘を手に取り、彼女に見せる。


「これから君にこれを打ち込むよ、血は出るけど、大丈夫、水で流れて綺麗になるからね」

それを聞いた彼女は目を見開き、胸を大きく上下させた。


「大丈夫だよ、僕はそこまでサディストじゃ無い、ちゃんと医療用の鎮痛薬があるからね、安心して」

僕はポケットから小袋を出すと、小指を舐めてフェンタニルを付着させた。


「もう一回舐めて?」

そう言うと仰け反って逃げようとする彼女の口に押し込んだ。

温かく柔らかな舌に塗り付ける。


そして、正直に言った。


「ごめんね、今の、致死量なんだ」


すると彼女は顔を歪ませ、涙を流した。

ドレスのチュールが激しく擦れる音がする。


ダメだと分かってても笑ってしまう。


今、彼女が感じている絶望は、どんな感じなんだろう。

僕が犯された時と同じくらいかな。


僕は女の子の横に座ってしばらくその表情を眺めていた。

ぼーとしていた、と言う方が正しいかもしれない。

たまにあるんだ、“どっかに行っちゃう”事が。

僕だけ静止画のように止まってしまって、気付くと時間だけが過ぎている。

無意識に幽体離脱みたいな事して、魂がどっか行っちゃうのかもしれない。




しばらくすると、彼女の動きは鈍くなっていった。

瞼が半分閉じ掛け、唸り声を上げている。


僕は彼女の肘に釘の先端を当てて金槌を振り下ろした。

柔らかな肉を裂きながら釘を埋めていく、生身の肉体に無機質な釘を打ち込むという行為は、相反する物同士を無理やり融合させている。

これには、芸術性を感じずにはいられない。


女の子は切れ切れに悲鳴を上げている。

ハンカチをきつく縛っておいて良かった。

断末魔なんて聞きたく無いから。


顔を横切りながら流れる涙が黒い線となって彼女の顔を汚している。

そして風前の灯火のような意識の中で、僕を睨んでいた。


その姿には見覚えがあった。

よく見ていた顔だ。


その緩み切った貞操観念、強気な態度、派手な化粧と服装。

本当に、良く似ている。


僕は口角を上げると優しく微笑んだ。

そして釘を手に持ち、黙々と作業を続けた。


すると、一瞬、乱れた母の顔が頭を過ぎった。


今までは輪郭のぼやけた人物像だったのが、この時は妙に鮮明だったんだ。

脳が揺れるような眩暈がする。

僕はそれを無視して手を動かし続けた。


制作作業していると、手が震え出す。


視線を定めていた金槌の上に水滴が落ちた。

力が入らなくなり、金槌を離した。


女の子は不安が色濃く反映された目を僕に向けている。


彼女に背を向けると服の袖で顔を拭いた。




…波が押し寄せてきたんだ、すごく、高い。


心がねじれて、千切れそうな。





僕は、ただの道具で、操り人形だった。


母さんは僕の事をなんだと思っていたんだろう。

僕が女の子だったらあんな事しなかったよね?

聞きたくても、もう、居ない。


あの時、一気に壊れたんだ。


この手で殺したかった。

あなたの事を。


毎日、毎日だよ、溺れてるみたいに息苦しくて、浮き輪もなくて助けも来なくて、辛いんだ。

必死に息継ぎしようと足掻きながら生きている。


僕は弱くて惨めな人間だ、あなたと一緒で。





「…はぁ」

大きくため息を吐くと、女の子に近づいた。

そして彼女の上に跨ると首に手を乗せ、ぎゅっと力を込めていく。

女の子は顔を赤くしてこめかみに血管を浮き上がらせている。

僕はただ、それを見下ろしていた。

手に力を込める事だけを考えて。


皮膚を滑らせながら骨を掴み、力を加えていく。


そして、彼女は動きを止めた。



あぁ、またやってしまった。

違うんだよ、

オフィーリアはそんな表情じゃないのに。



その後、僕は作業を続けた。

何も感じなかった。

というより、何も考えないようにした。

虚無が胸に穴を開けようと背後から僕の事を見ている、それに気付いてしまっては駄目だと思ったんだ。


彼女を車に乗せて、決めていた場所まで連れて行き、川の中心部まで引っ張ってオフィーリアを見た。


…何だか、しっくりこない。

もう僕は飽きてしまったのだろうか。

そんな風に考えながら俯いていた。


すると、水面に映る光が動いたような気がして、夜空を見上げた。


星が長い尾を引いて空を横切ったのだ。

一つではない、次々と幾つもの星、正しくは大気圏のチリたちが流れて行く。


それを見て僕はまた涙を流した。

これは感動の涙だ。


降り注ぐ光の雨が、歓声を上げて祝福してくれているように思えて、お疲れ様って言ってくれているように思えて。


僕は両手を広げて全身でそれを感じた。


オフィーリアにも見せようと、彼女の上半身を起こして夜空を見せた。

でも、彼女の目には映ってなかったんだ、眩ゆい星達が。


今思えばあれは僕の幻覚だったのかもしれない。






「…復讐じゃないって、言ってたよな?」

「そうですね」

「じゃあ何の為に薬中の女性ばかり狙って殺したんだ?」

「…何でしょうね、美しい作品を作りたかった、って言ったら、綺麗に着地出来るんだろうけど、何だか、もう、よく分からなくなって来ました」


少しの沈黙の後、大澤さんは組んでいた腕を解くと、僕を指差した。


「最初、岡田部長との会話は支離滅裂だったよな?あれは演技か?」

「…いえ、混乱してたんです、絵が描けなくて、人々がお酒を飲んだり、タバコ吸って自身を保つように、僕は絵を描く事で、自分を保っているんです、それが出来ないから、落ち着かなくて、手を引っ掻いたりしてしまう」


「じゃあ、お前はフェンタニルの危険性を知っていて、殺意を持って女性を殺した、犯罪だと認識もしていた、そうだな?」


「はい、僕は計画性を持って、犯罪を犯しました、全部、大澤さんの言う通りです」


そう言うとニコリと笑って見せた。

この笑顔は約束を果たせたことへの安堵でもある。



そうだよね?

僕はちゃんと果たせたよね、神崎かんざきくん。



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