初恋
「きれい…」
何度も呟いた。
草木に囲まれた小川で、女の人が浮いている。
ふんわりとドレスを浮かせ、その横にはカラフルな花も一緒になって浮いてて、女の人は気持ち良さそうに泳いでいるように見えた。
口と目を薄く開けて、うっとりしているみたいだ。
水の冷たさに少しびっくりしているようにも見える。
その絵を見ていると寂しいような、不安になるような、そんな気持ちになる。
感情を揺さぶるその絵に僕は釘付けになった。
本を持つ手に力が入ってしまい、吸い込まれるように顔を近づけた。
「お、ふい…りあ」
僕は学校でカタカナを習ったばかりだ。
まだ学校に行き始めたばかりだから読めない字もあるけど、この絵の名前は読めた。
葉っぱの一枚一枚、木のでこぼこ、花の一つ一つ、女の人の肌の感じ、あちこちに目を動かして何度も繰り返しその絵のキレイさを確かめた。
それなのに本を持つ僕の手は汚くて恥ずかしくなってくる。
ずっと見ていると、走った後みたいに胸がドキドキしてくる。
トイレを我慢している訳でもないのに僕は足の指をモゾモゾさせた。
学校の子に漫画の事を聞いて、本屋さんに寄って漫画を探していたらこの本が目に留まった。
何だか本に呼ばれたような気がしたんだ。
この本が漫画なのかどうなのか僕には分からない、けど、この本が欲しい。
でも僕はお金を持っていない、けど、これが欲しい。
この本が、この絵が、すごく欲しい。
キョロキョロと周りを見て誰も見ていない事を確かめてから服をめくってお腹の中に隠した。
この本は僕が持つべきだと思った。
本もきっと僕に連れて帰って欲しいって思ってるはずだ。
だからお店に入った時に“ここだよ”って僕を呼んだんだ。
それに、初めて見るのにずっと探していた物を見つけたような、そんな感じがしている。
大きな本だったけど、大丈夫。
僕は大きいから、小学5年生だから。
お店の外に向かって歩いていると、シャツに空いた穴から本の角がはみ出てしまった。
僕は慌てて腕で隠した。
周りの大人達は静かに本を見ている、大丈夫、誰にも気付かれていない。
帰ったらこの絵を描いてみよう。
上手く書けたらお母さんは見てくれるかな?褒めてくれるかな?
声を掛けるのは“ゴキゲン”な時にしよう。




