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9.感謝の気持ち

「まだかー?」


「あと……30秒くらいかな」


 さっきまで散々うるさかったミサは、自分のお腹が鳴った音で静かになった。その音で自分のお腹が空いていたことを思い出したんだろう。


「このままでは腹と背中がくっつきそうだ……」


「もうちょっとだ、頑張れ」


 どうやらミサは昼ごはんを食べることすら忘れてVtuberの配信に夢中になっていたらしく、俺が作り置きしていた野菜炒めはラップがかかったままだった。

 ミサが食べ忘れて、こうして俺が電子レンジで温めることが出来たからこそ、我が家が爆発する危険性は無くなったと思うと、結果オーライと言えば結果オーライだ。


「ほら、お待たせ」


「おぉ、本当に少し待つだけで食事が温まるとは。人間の発明は凄いな」


 ミサは湯気の立つ皿をのぞき込み、目をまん丸にして感心している。

 その表情を見ると、小学生に最新家電を初めて見せているみたいで、不思議な気分になる。


「電子レンジっていう家電だ。……ミサが使うと危ないから、使いたい時は俺に言ってくれると助かる」


 ミサは物珍しそうに電子レンジを見ながら、素直に頷いている。未知のものに触れる時は身構えるのは、神も人間も変わらないみたいだ。


「あと確か、こういう時は……いただきます。……だったか?」


「えっ……?」


 俺が皿を机の上に置くと、ミサは姿勢を正して、皿の前で静かに手を合わせた。

 その瞬間、ほんの一瞬だけ空気がふっと澄んだように感じた。

 ミサが合掌する姿は、こじんまりとはしているのにどこか背筋を正したくなるような神秘さがあった。


「人間は食事をする時こう言うのだろう?」


「そうだけど……よく知ってたな」


「境内で人間が食事をする時に言っていたのだ。それこそ、我が社も10年ほど前までは祭りをやっていたからな」


「……なるほどな」


 ミサの声には、ほんの少しだけ懐かしむような響きがあった。

 失ったものを思い出しているのか、それとも今を楽しんでいるのか……俺にはその両方に聞こえた。


「……」


 何を思っているかは……ミサにしか分からないけど。どちらにしても、俺は頷くことしかできなかった。


「自らの血肉となる食に対して感謝をする……とても良い心がけだ。不思議とこれを言った方が食事を美味く感じる」


 ミサは本当に人間へのリスペクトが凄い。普通、神ってもっとこう……人間なんて気にも留めない存在なのかと思ってたけど。


「なんだジッと見てきて……やはり貴様」


 俺がミサの目を見ると、ミサはそう言ってわざとらしく身をすくめる。


「だから違うって言ってんだろうが!」


 こいつ……俺がちょっと真面目な顔で見るとすぐこれだ……この調子だと3日後には、ミサと目が合うだけでこのムーブをしてきそうだ。


「じゃあ、何の視線だと言うのだ」


「その……ちょっと考え事してただけだって」


「ふっ、まあそういうことにしておいてやろう」


「お前な……」


 こんなイタズラ娘が奉られていたとは……昔の信者がこの姿を見たら何を思うんだろう。……ある一定の人間はもっと崇めるんだろうな。


「む? そういえばこんなことをしている場合ではなかったな。また食事が冷めてしまう」


「お前が言い出しといて……」


 ミサはまるで何事もなかったかのように箸を手に取った。こういうマイペースすぎるところは神っぽいな……


「なんだ? 貴様は食べないのか?」


「……はぁ、言われなくても食べるよ」


 色々言いたいことはあるけど、俺は夜ごはん用に作り置きしていた野菜炒めを温めて、ミサの前に座った。


「うむ」


 すると、ミサは改めて姿勢を正した。


「どうせなら……一緒に言うか?」


「ん? 何を?」


「感謝の気持ちだ」


「っ……」


(そういえば……最近忙しすぎてご飯食べるのも作業みたいになってて……最後にちゃんと『いただきます』って言ったの、いつだっけ……?)


「感謝の気持ち……か」


 神であるミサの方が、人間の俺よりよっぽど人間らしい。子供の頃に親から教わったことすら、最近はできてなかったのか……


「いいな。一緒に言うの」


「ふふっ、だろ?」


 俺が手を合わせると、ミサは嬉しそうに笑いながら手を合わせた。


「では」


「「いただきます」」


 一口食べると、俺の野菜炒めは電子レンジで温める時間が甘かったのか、少しだけぬるかった。


「っ……確かに美味いな」


 ……でも、なぜか今まで食べた野菜炒めの中で1番美味かった。


「……感謝っていいもんだな」


「ふふっ、そうだろ? もっと我輩に感謝してよいのだぞ?」


「それはなんでだよ……」

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