8.光を描いた日
「我輩の辞書に不可能という文字は無いのだ!」
「どこの皇帝だよ……不可能は無いって言っても、周りの機材のこととかお前よく知らないだろ? さっきも言った通り、Vtuberは色々と準備が必要なんだ」
「我輩、神だぞ? その辺はなんとかしてみせるさ」
不安がる俺とは違って、胸を張って自信満々なミサ。
……こういう時の何とかしてみせようは、なんとかならないやつだ。
「何とかって……じゃあ、まず立ち絵どうするんだよ」
「立ち絵?」
Vtuberの準備として初歩的なもので言うと、まずは立ち絵だろう。文字通りそのキャラの顔になる立ち絵は、キャラの第一印象になることもあって重要視される。キャラ設定を考えるためにも立ち絵は必須だ。
「ほら、さっきミサが見てた配信も女の子の絵が動いてただろ?」
「そうなのか!? あの女子たちが絵とは……人間め、中々やりよる」
「んん? あっ、そうか……! ミサは2次元っていう概念も知らないのか」
盲点だった。冷蔵庫すら知らないミサが、2次元の概念なんて理解してるわけがなかった。
「2事件……? なんだ、何があったのだ?」
……これは、説明するのに骨が折れそうだ。
「まあ2次元は後で説明するとして……。その動いてた絵の元になるのが立ち絵ってものだ。例えるとなんだろ、配信する時にだけ付ける仮面的な?」
「……偶像崇拝ということか?」
偶像崇拝って……中々個性的な捉え方だな。そうやって信仰とつなげるのはさすが神だ。
「うーん……?? 多分ちょっと違うけど、まあそういうことにしとこう」
「つまり自分を模した絵があればいいんだろう? 任せておけ。紙はあるか?」
「紙? コピー用紙でいいならこの辺に……あ、あった。これでいいか?」
「うむ、十分だ。我輩をイメージしつつ、先ほどの女子たちのような絵だな……」
俺から紙を受け取ったミサはスッと目を閉じて、小さな声で何かを呟いている。その目は真剣そのものだ。
そしてゆっくりと紙に手をかざしたと思った次の瞬間、
「なっ……!」
ミサの手が光始めて、その光を浴びた紙に色彩がにじみ出てきた。
その光景は、まるで色の妖精が紙の上で踊ってるみたいで神秘的だった。ミサは絵を描いているのか……?
「……っ! よし! これでどうだっ!」
「どうだって一体何が……って! こ、これ立ち絵か!?」
白紙のはずだったその紙に描かれていたのは、和装を基調とした巫女のような少女の立ち絵だった。
腰まで届く銀髪がゆるやかに波打ち、大きな瞳は淡い琥珀色に彩られている。
袖はよく見る巫女服よりも広く、風を浴びるたびにふわりと舞いそうだ。
胸元には金色の小さな勾玉と鈴の飾り、そして頭にはなぜかヘッドセットがちょこんと乗っている。
神々しさとが現代感が絶妙に混ざり合って、つい見とれてしまうほどの完成度だった。
「クオリティたっか……」
衣装のデザイン、線の柔らかさ、色の使い方。どれをとってもプロが描いた絵と遜色がない。
「ふっ、なんとかなっただろう? こんなもの我輩の念写を使えば造作もないことだ」
「念写……?」
「その名の通り、念じたものを写す力だ。これもまあ神の力の1つだな」
自慢げに腰に手を当てるミサ。悔しいけど、これはさすがに神としての凄さをひしひしと感じてしまう。ただ、実物より立ち絵の方が神々しいのはどうにかならないものか。
「凄いな……しかも、ちゃんと最近の絵柄だし」
「まあ、今日1日でぶいちゅうばぁはたくさん見たからな。それを活かしたのだ」
まさかこの半日でVtuberの絵柄のトレンドを学んでくるとは……ミサの観察眼と吸収力は、さすが神と思わせてくるほど人間離れしている。そこに怠惰の神としての怠惰さは感じないが……
「っ……」
「どうした?」
「いや……そうやって人間の文化に対する前向きな姿勢がやっぱりすごいなって思って」
「我輩がこの家に来た時も同じようなことを言っていたな」
「だって……ミサの大事な神社を……」
産まれた時から住んでいた自分の家を急に取り壊してきた相手を尊重することなんて、人間である俺にはできない。
「言ったであろう? 怠惰の神として、我輩はだらだらと放浪しているくらいがちょうどいいのだ。貴様が気に病むことはない。それに……」
うつむく俺を元気づけるようにミサは少しだけ柔らかく笑って、紙に描かれた自分の立ち絵を愛おしそうに指でなぞった。
「社が取り壊されたから、我輩はこうして隼人と出会えたのだ」
「ミサ……」
出会ってまだ間もないけど、分かったことがある。
「?」
ミサは感情表現が素直だ。笑うときも怒る時も、ミサは表情と仕草でそれを全力で示してくる。……だから、ミサが俺との出会いを喜んでくれてることが伝わってくる。
「……俺、お前のそういうところ好きだぞ」
「……は?」
ミサが瞬きを1つ。
そして、まるで時間が止まったみたいに空気ごと静かになる。それと同時に俺の脳もフリーズした。
俺は今何を言ったんだ? 何か言っちゃいけなことを言ってしまった気がする。
「っ!? 待て! 今のはっ!!」
自分の発言のやばさに気づいて慌てて手をぶんぶん振る俺を、ミサはジト目で見上げてくる。
口角がじわじわと吊り上がってくるのが見える。
「……貴様やはり我輩のことを女として見ているのか……?」
「違う違う違う違う!! 今のは言葉の綾っていうか……とにかく違う!」
「ふふっ、うぶな奴め。顔が赤いぞ~。そんなに我輩の姿が好みか~?」
ミサはグイっと1歩近づいてきた。
そして、両手を頬の前で組み、わざとらしく上目遣いでからかってくる。まるで年下の小悪魔系Vtuberがファンサをしているみたいな仕草だ。
1000歳超えてるくせに、その様子が妙に様になってやがる……
「人をロリコン扱いしやがって……そんなこと言ってたら、Vtuberになるの協力してやらねえからな」
「なっ!? それは卑怯だぞ隼人!」
俺の反撃に、ミサはむすっと頬を膨らませて抗議してくる。ミサは神様なのに、たまに人間より人間らしい。
……それにしても、神が”ぷんすか”って効果音が似合うのは、どうなんだろうな。
「神である我輩の目標を拒むとは、貴様は悪魔かっ!」
「小悪魔みたいなことしてくるお前に言われたくねえよ」
「小悪魔……? 我輩は神だぞ」
「いや、そういうことじゃ……あぁもう、調子狂うな」
くだらない言い合いをしながらも、気づけば俺もミサも笑っていた。
まったく、この神は俺のことを振り回しすぎだ。
「ふふん、我輩に翻弄される気分はどうだ?」
「……最悪だよ。明日から翻弄の神にでも改名してくれ」
「それはそれでカッコいいかもしれんな!」
「褒めてねえよ!」
「なにー!?」
くだらない言い合いがまた始まる。
……でも、このくだらない言い合いも、ミサに振り回されるのも、不思議と嫌じゃなかった。




