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6.ぶいちゅうばぁ……?

 ようやく定時のチャイムが会社に鳴り響いた。最近は残業開始を告げるチャイムに成り果てていたが、今日はぜっっったいに定時で帰るというオーラを出していたからか、上司から追加の仕事を頼まれることは無かった。


「お疲れ様です〜」

「お疲れ様!」


 ゆっくりと帰り支度を始めた桜田さんを横目に、俺は猛スピードで荷物をまとめると、逃げるように会社を飛び出した。


「はっ……はっ……」


 久しぶりにした全力疾走は中々辛いものがあった。帰宅ラッシュの中、奇跡的に電車で座れた俺は、普段みたいにスマホを触る余裕なんて無く、息を整えるので必死だった。


「あれ大丈夫かな……?」


「新手の痴漢じゃない……?」


「マジ? 通報しとく?」


(あー、やばい。完全に不審者扱いだ)


 普段の運動不足がたたった俺は、肩で荒い息を繰り返しながら、軽い嗚咽を漏らす。電車内ではどう見ても怪しい俺の様子は、通報されてもおかしくない。

 皆様方、お願いだから見逃してください。ただの体力無いアラサーなんです。


(この電車今日だけ各停じゃなくて、急行にならないかな……)


 そんな俺の願いも虚しく、乗客の視線が刺さる中で今日も各駅停車の電車はのろのろと進む。次の駅までがひどく長いように感じる。

 満員の電車でほぼ全員に注目されるのは、二度とごめんだ。


ーーーーーー




「ふぅ……とりあえずよかった」


 外から見た感じ、少なくともアパートの外観は無事だった。ただ、これで安心はできない。本当に心配なのは中身だ。

 不安を胸に鍵を回す。ドアノブを回す手にいつもより力が入って、手汗がにじんでくる。


ーーガチャリ。


「みなみなさまー! 今日も今日とてご機嫌麗しゅう〜!」


「……は?」


 玄関の扉を開けた瞬間、部屋の中から聞いたことのない女の子の声が聞こえてきた。しかも、明るく、どこか甘えたような甲高いその声は、押し入れに眠らせていたはずの俺のモニターから流れていた。

 心配していたミサはというと、なぜかそのモニターの前で正座をして、画面に向かって拍手を送っている。


「おぉー!!」


「ミサ……何してんだ?」


 家の存在自体を半分諦めていた俺の緊張感は、意外にも大人しく家で待っていたミサを見ると、みるみるうちに解けていった。


「なっ! 隼人帰っていたのか!?」


 俺が扉を開ける音にすら気づいていないほど、ミサはモニターに夢中だったみたいだ。


「ついさっき、誰かさんを心配してダッシュでな」


「……? まあいい、それよりこれを見ろ!」


 ミサは目をキラキラと輝かせて、俺の問いかけも心配も気に留めず、興奮気味にモニターを指差す。


(こいつほんと人の話を聞かないな……)


 しぶしぶ覗き込んでみると、そこには、YouTubeのライブ配信画面が映っていた。

 画面の中では、お嬢様のようなフリフリのドレスを着た二次元のキャラクターが元気よく喋り、視聴者のコメントが滝のように流れている。


「これって……Vtuberか?」


「ぶいちゅうばぁ……? はっ! 確かに、先ほどこの娘がそのような単語を口にしていた気がするぞ」


 Vtuberというおそらく初めて聞く言葉に、ミサは神妙に頷いている。

 ……とりあえずどこからツッコめばいいんだろうか。そもそもどうやってモニターとパソコンの電源をつけて、パスワード解読して、YouTubeを開いたんだ……


(まあ、それは神の力を使ったとか言われれば納得せざるを得ないけど、そもそもなんでミサはVtuberにこんなに夢中になってんだ?)


 それこそミサからすれば、モニターもパソコンもYouTubeもVtuberも、全てが初めて見る代物のはずだ。もう少し恐ろしく思っても不思議じゃないと思うが、


「ぶいちゅうばぁ……」


 相変わらず目をキラキラさせているミサを見ると、どうやらそうでもないらしい。


「それが、現代における神の呼び方なのだな」


「……は?」


 そんなミサはまた突拍子もないことを言い出した。


「現代において神への信仰など、とっくに薄れたと思っていたが、このような形で信者を集めているとは……感心したぞ」


 その言葉を口にするミサの横顔は、おちゃらけた調子とは打って変わって、どこか真剣に見えた。冗談を言っているのではなく、本気で目の前の光景に心を動かされているのだろう。


「あの……お前なんかすごい勘違いしてるぞ?」


「勘違い? どこが勘違いだというのだ」


 Vtuber=神とは……ミサはなかなか壮大な勘違いをしているみたいだった。まあ確かに江戸時代の人間がこんなものを見れば、神か妖怪かそういった類のものだと思うのも無理がない気がしてくる。感覚的にはそんなものに近いんだろう。


「1から10まで全部だよ。Vtuberはそんな高貴なものじゃ……」


 小さい子供に新しい言葉を教えるような気分で俺はミサにVtuberの意味を教えようとしたが、ミサはVtuber=神という持論を曲げようとしない。


「何を言う! この祝詞(のりと)を見よ!」


「……いや、それコメント欄」


「そしてこの信仰の証!」


「それチャンネル登録ボタンとメンバーシップな」


「何より、この供物料を見よ!! これほどの人間からこれだけの金を集める存在は神以外あり得ぬ」


「それスパチャぁあ!!」


 ノリノリで壮絶な勘違いをドヤ顔で語るミサを、俺は全否定した。もはやここまで勘違いしていると清々しいものがある。


「すぱっちゃぁ……? 隼人、貴様何を言っている」


「いや、だからスパチャな」


 なんで俺が変なこと言ってるみたいになってるのか不思議で仕方ない。あまり現代人を舐めないでいただきたい。


「……はぁ、今1から説明してやるからちょっと落ち着……け……んん!!?」


 相変わらず振り回してくるミサにため息をついて、改めてVtuberとはなんぞやを説明しようとしたその時、俺の目に入ったのは配信画面に映るスパチャの送信履歴だった。


「うぉい!! お前これっ! こ、これ!? このスパチャの金どっから出した……?」


 そのスパチャは間違いなく俺のアカウントから送られていた。見慣れたアカウント名と、見たこともない金額が並んでいる。混乱する俺はこの金の出所を恐る恐るミサに確認する。


「あー、よく分からんが色々と触っていたら、我輩もこの神に供物料を渡すことができることに気づいてな。楽しませてもらった褒美に我輩が渡しておいたぞ。なーに案ずるな、とりあえず、有り金全部いっといたぞ♪」


「それ俺のクレカの上限んんんんんんん!!!!!」


 ……吹き飛んだのは俺の部屋じゃなかった。俺の今月の給料だ。

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