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3.新たな祭壇

「着いたぞ」


「お、ふぉうふぁふふぁ」


 アパートの前に立ったミサは、まだチキンを頬張りながら感心したように建物を見上げていた。


「食い切ってから喋ってくれ」


 結局コンビニでチキンを3つ選んだミサは、家に着くまでの5分間小さな口をもぐもぐさせっぱなしだった。まだ2つ目を食べ終わってない辺り、欲張りすぎたんだろう。


(やっぱり美味そうに食べるな)


「ようやく着いたか。狭いと言っていたがなかなか広いではないか」


 ごくりとチキンを喉に通したミサは、俺の住んでるアパートを見て感心している。


「入る前からそんなの分かるのか?」


 うちの間取りは8畳の居間がある1Kだ。二階だから虫も出ないし、東京の一人暮らしにしては十分な条件をしている。ただ、2人で寝泊まりするってなるとちょっと狭いと思ったけど、ミサは意外とそういうのは気にしないみたいだった。


「何を言っている、こんなもの見れば誰でも分かるだろ」


「いや、分からんだろ」


 普通はアパートの外観だけ見て間取りなんて分からない。けどそれが分かる辺り、そこら辺はさすが神って感じだ。


「で、あの中のどれが寝床なんだ?」


「……あの中?」


「だから、あの全て合わせて10個ある部屋の中で寝床はどこだと聞いているんだ」


 そう言ってミサは俺の部屋ではなくて、アパートそのものを指差す。


(……もしかしてこいつ、変な勘違いしてるな)


「……その10個のうちの1つが、俺の家そのものなんだけど」


 そもそも神であるミサからすれば、アパートの一室が住居なんてことが前提としてなかったんだろう。


「…………マジか」


 前提が崩れたミサは絵に描いたようなぽかんとした顔をしている。期待外れってのが、もう顔に書いてある。


「いや、お前東京の家賃舐めんなよ!? これでも一人暮らしで住むには立派な方なんだからな!?」


 世間知らずなミサへの俺の心からの叫びは、


「そ、そうか……凡人も大変だな……」


 ミサを軽く引かせるくらいの威力はあったらしい。


ーーーーーー




「邪魔するぞ」


「靴はそこに……って、言う前にもう脱いでるし」


 玄関を上がると、ミサは堂々と部屋の中を歩き回り始めた。下駄を脱ぐのも、俺の合図を待つ気配すら無い。


「凡人の住処にしては整っておるな。もう少し散らかった怠惰な部屋でもいいんだぞ?」


「部屋に置くもの無いだけだよ」


 我が家はいわゆる白物家電しか目に入るものがない殺風景だ。強いて言うなら小6の夏休みに作った不細工なイルカのオブジェが、テレビの横に置いてあるくらいだ。


「確かに質素だな。祭壇の1つもないのか?」


「一般家庭にそんなもんねえよ。怖いだろ祭壇ある1K物件」


 そんなお手軽に我が家をカルトチックにしないで欲しい。


「そういうものなのか……昔はどの家にも神棚ぐらいはあったというのに、時代は変わるものだな」


 ぽつりと呟く声には、ほんの少し寂しさが混じっていた。

 けれど次の瞬間、ミサは冷蔵庫の扉に手を掛けていた。


「これはなんだ?」


「おーい! 勝手に開けながら言うなよ!」


 家主である俺の許可も取らずに冷蔵庫を開けたミサは、冷気にびっくりしたのか少し怯んでから中を覗き込む。恐る恐る取り出したオレンジジュースの紙パックをじっと見つめ、何か考え込む姿は妙に板についていた。


「冷たい……なるほど、供物を安全に保管しておく物か」


「冷蔵庫知らないのか……?」


「我輩が社を追われたのは2日前だ。数えるのも気が遠くなる年月をあの社で過ごしていたのだ。最近の俗世のことなど知ったことか」


「そうか……」


 だからなのか、ミサはさっきコンビニで物珍しそうに店内をキョロキョロ見ていた。感覚的には数百年、下手したら千年以上タイムスリップしたようなものなんだろう。


「大変だよな……?」


「んー、案外そうでもないぞ」


 また嫌なことを思い出させたんじゃないかって肩に力が入る俺をよそに、ミサはケロッとしている。


「新たな人間の世界に触れるというのは、楽しいものだぞ」


 俺に気を遣ってるわけじゃない。本当にミサは楽しそうに笑っている。


「……すごいな」


「何がだ?」


「2日前に自分の家を人間に壊されたってのに、人間の文化を褒めれるその器のでかさだよ。素直にすげえって思う」


「器がでかいなど当たり前だろ。なんせ神だからな」


「……そうだな、神だもんな」


 ふと肩の力が抜ける。今はミサの尊大な態度がどこか嬉しかった。


「そんなことより、これは飲み物か? 我輩が凡人の家に来た祝杯でもあげようではないか」


「お、いいな」


 誇らしげに掲げられる紙パック。どう見ても安物のオレンジジュースだけど、神であるミサが持つとまるでご神酒だ。……神パックってか?


「では…………ん? 待て、祝杯を上げる前に、そういえば我輩は貴様に名乗ったが、貴様は我輩に名乗っておらん」


「……そういやそうか」


 くだらないことを考えていると、ミサは急に真面目な顔になった。そういえば確かにあの時色々あったせいで、自己紹介をしたのはミサだけだった。


「うむ、無礼であるぞ。名乗るがいい」


 真剣な水色の瞳に、思わず背筋が伸びる。


「じゃあ……改めて、桐生隼人26歳。映像関係で働いてる。よろしくな」


 ミサに促された俺は、神ほど大層な肩書きは無いけど、自分の唯一の肩書きを名乗った。


「隼人……良い名だな。では、祝杯を上げようではないか、隼人よ」


「だな、ミサ」


 そして、早く注げと言わんばかりにミサから手渡された紙パックを開けようとしたその時……2日前の日にちが記載された賞味期限が目に入った。


「ミサ……ごめん、このジュース賞味期限切れてるから飲めないや……」


「隼人……貴様」


 さっきまで誇らしげな顔をしていたミサは、堂々と掲げていた紙パックを下ろして、一気にキョトンとしている。


「なんというか……怠惰だな」


 ミサは呆れ半分、笑い半分だった。気づけば、この神様となら騒がしい日々も悪くないって、少しだけ思っていた。

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