11.配信前夜
仰々しく【精密機器注意】と書かれたシールが貼られた段ボールを開封すると、梱包材に丁寧に包まれた機材がいくつも顔を出した。
「っ……!」
新品特有の、どこか無機質で、それでいて高級感のある光沢。
それを目にした瞬間、思わず息を呑む。
(高校のとき、初めて自分のパソコンを買った時もこんな気分だったな……)
何歳になっても、新しい機械に触れる瞬間というのは胸が高鳴るものだ。
もしかすると、ミサが人間の文化に触れていく感覚も、これに近いのかもしれない。
「おぉ……これが、ぶいちゅうばぁになるための道具か」
隣でミサが、小さく感嘆の声を漏らす。段ボールを開ける前はあれだけはしゃいでいたのに、今はやけに静かだ。
だけど、その瞳はさっきまで以上に輝いている。興奮というより……これはきっと、感動だ。
「これは……」
俺が最初に手に取ったのは、楕円形の小さな黒い機材。
「webカメラか」
パソコンに接続するだけで簡単に映像をソフトに取り込める、配信における必需品だ。
「カメラ? 我輩が知っているものとは、ずいぶんと形が違うな」
「なんだ、カメラ知ってるのか?」
「うむ。我が社でも七五三参りがあったからな。人間が家族で集い、よく写真を撮っておった」
「怠惰の神に七五三参り……?」
思わずこぼれた俺のツッコミに、ミサは鼻を高くして誇らしそうに語った。
「何を言う。怠惰に過ごせるということは、それだけ日常が平和である証だ。つまり我輩への願いは、平和祈願ということになる」
「おぉ〜……なるほどな。なかなかトンチが効いてるな」
「そうであろう〜?」
神らしさを自慢できて満足げに胸を張る姿に、思わず笑みが漏れる。
「で、このカメラも写真を撮るものなのか?」
「写真も撮れるかもしれないけど、Vtuberがwebカメラを使う用途は主に動画だな」
「どーが?」
ミサは一気にきょとーんとした顔になる。
「あー……写真が一瞬を切り取るものだとしたら、動画は時間ごと残すものだ。ミサが見てた配信も、その動画ってものになるんだよ」
「なるほどな……分かりそうで分からんな」
分かったような顔をしながら、全然分かっていない顔でもある。素直で大変よろしい。
「まあ、機材とかは口で説明するより、実際にやってみた方が早いかな」
「それもそうだな。では次の道具を見るか」
「……っ」
「どうした?」
「……お前今日ほんとびっくりするくらい素直だな」
「何を言う。我輩はいつでも素直だぞ?」
「…………そうだな」
それはそれは真剣に自分のことを素直だと言うミサに、今度は俺がきょとーんとしてしまった。
「……なんだその、含みのある間は」
「いや……別に何でも」
誤魔化そうとする俺に、ミサの鋭い視線が刺さる。
「次はマイクだな」
「おい、誤魔化したであろう」
ジト目が痛い。
「……そんなことないです」
「ほう……」
その疑いの目は、なぜか桜田さんを思い出させる。
あの気まずさを反射的に思い出して、俺はつい敬語になってしまった。
「まあ良い。後で問い詰めてやる。それより今は道具の説明だ」
問い詰められるのは桜田さんでお腹いっぱいだから勘弁してほしい……これ以上は胃もたれする。
「お、おう……これはマイク。音を綺麗に記録するための道具だ」
「音? 音はどーがでも記録できるのではないのか?」
「できるけど、動画は映像も一緒に拾うだろ? だから雑音が入りやすい。配信ではそれが結構致命的なんだ」
「確かに……我輩が見ていた配信では、余計な音はほとんど聞こえなかったな」
「だろ? 配信はイヤホンで聞かれることが多いから、ちょっとした雑音でも目立つんだよ。だから音専門のマイクが必要になるって感じだな」
「ふむ、なるほどな。いやほん……とはなんだ?」
「あー、そうだよな。そこも説明しないとだよな」
ミサの素直な疑問に答えているこの瞬間が、俺は結構好きだ。俺の説明で、神であるミサがスポンジみたいに人間の文化を吸収していくのは見ていてなんか嬉しい。
「……つまり、音を記録する道具がマイク……その音を綺麗に聴く道具がイヤホンというわけか」
「そうそう」
(だんだん現代のことを理解するのも早くなってきたな……)
この適応力こそ色んな時代を生きてきた証なんだろうと思うと、ほんの少しだけ敬意の念が生まれる。
「……ふふ」
「っ? どうした?」
ミサは机に並んだ機材を見渡しながら、静かに微笑んだ。
「いや……ぶいちゅうばぁが使っている道具が、今こうして我輩の目の前に揃っているのだと思うと、どうにも胸が高鳴ってな」
その声音はいつもの子供っぽさがある騒がしいものではなく、1000年以上生きた神としての落ち着きのあるものだった。
「これまで数多の供物を捧げられてきた。それはそれは美味な果実、心安らぐ装飾……どれも素晴らしいものであった。だが」
妙に落ち着き払ったミサは一度言葉を区切り、俺を見る。
「ここまで胸が躍る供物は……これが初めてだ」
そして、一言。
「感謝するぞ、隼人」
それはからかいでも、冗談でもなく、ただまっすぐな言葉だった。
「っ……」
そんなミサの素直な言葉に一瞬、息が詰まる。
「……別に。俺がやりたくてやっただけだし」
我ながら、ひどい照れ隠しだった。
素直なミサに反比例でもしているかのような自分の言動に心が痒くなる。
「ふっ、素直ではないな」
そんな俺をみてミサはまた小さく笑う。
「それでもだ。これは我輩とお主の、ぶいちゅうばぁとしての最初の一歩であろう? その大事な一歩を踏み出せたことに我輩は感謝をするぞ」
「……まあ、その気持ちは素直に受け取っておくよ」
「うむ、よろしい。ではっ!」
ちょっと和やかな空気になったと思った次の瞬間、ミサはモニターとパソコンの前に勢いよく座った。
「ぶいちゅうばぁ! 今すぐ始めるぞ!!」
「待て待て待て待て」
そのまま「出航だァ〜!!」とか言い出しそうな勢いのミサを俺は一旦静止する。
「何だ? 我輩はいつでも配信できるぞ?」
「その気持ちは分かってやれる。けど……まだまだ配信できないんだよ」
「なっ! なにゆえ!? 配信をする道具は揃ったのだろう!?」
「……チャンネル作成、配信ソフト設定、各種連携、アイコン、バナー、概要欄、サムネ、テスト配信……その他諸々」
「…………呪文か?」
俺が羅列した言葉にミサは軽く目を回しそうになっている。
「今から俺がしないといけないことだよ。要約するとだな……配信できるのは早くて明日かな」
「ぁ……あしたぁ?」
ミサは力無く呟くと、スローモーションのようにゆっくりと机に突っ伏した。
「我輩のやる気をどうしてくれる……怠惰の神のやる気だぞ〜? 貴重なんだぞ〜?」
「頼む、温存しといてくれ。明日こそ初配信できるから」
「……ぬぅ」
顔を机にうずめたままミサは小さく唸っている。
「とにかく、こっからは俺の仕事だからさ。ミサはご飯食べてゴロゴロしてていいぞ」
「ふんっ……怠惰に過ごせるというのなら1日だけ我慢してやろう」
「おう、あとは任せろ」
そう言って俺も改めて机の上を見る。そこには梱包材から取り出したばかりの新品の機材が静かに並んでいる。
まだ配信はできない。準備は山ほど残っている。
それでも、ミサの言っていた通り俺たちは「ぶいちゅうばぁ」としての最初の一歩を確かに踏み出したんだろう。
「うむ、任せたぞ」
ミサの声を世界に届けるのは明日。
今夜はまだ、配信前夜だ。




