第4話・天使との茶会、そしてランダム
「動くのは大丈夫そうだな。それじゃあ次に行こう」
天使は言葉を続ける。
「次に決めるのは、この世界での貴女の種族だ。この世界には、様々な種族が存在している。人間はもちろん、獣人にエルフ、ドワーフに魔人などがいる。ということで、今から見せる画面の中から、好きなものを——」
「人間で」
セレネは天使の言葉を遮って答えた。
「最後まで言い切らせてくれないか?」
「人間以外を選ぶつもりはなかったから」
セレネは端的にそう答える。
天使は少しの間唸ると、諦めたような顔になった。
「それじゃあ種族は人間にしよう。次に行こうか」
天使がまた、指をパチンと鳴らした。
すると、今まで見えていた世界が、まるで本のページをめくったかのように、端から段々と変容していく。
真っ白だった地面には草花が咲き誇り、木々がところどころから生えている。
空虚だった空は青く澄み渡り、蝶や小鳥が優雅に羽ばたいている。
また、空と同じように空気も澄んでおり、遠くからは水が流れるような音が聞こえてくる。
セレネがその光景に圧倒されていると、いつのまにかセレネの前に、これからティーパーティーでもするかのようなテーブルのセットが飾られていた。
2つのティーカップが用意され、中央にはスイーツタワーが置かれている。
そして気がつくと、天使はテーブルのそばにある2つのイスの片方に座っていた。
服装も鎧から真っ白なドレスに変わっており、カップに注がれた紅茶のようなものをお淑やかに飲んでいる。
その様子はとても美しく、素晴らしく絵になっていた。
「………………?」
セレネは状況が理解できず、唖然としながらその様子を眺めていた。
すると、天使から声を変えられる。
「なぜ無表情のまま唖然としてるのだ? っと、そんなことより早く席に着け。ずっと立っていたから疲れているだろう。せっかくだし、お茶にしようではないか」
そう言うと、天使はもう一度カップを口に運んだ。
「……」
セレネは無言のまま、言われた通りに天使の正面にあるイスに座った。
スイーツタワーに目を向けると、マカロンやプチシュー、チョコにひとくちケーキなど、たくさんの小菓子が飾られている。
セレネは1つ食べようと手を伸ばし、途中で止めた。
「ねぇ、天使さん。手、綺麗にしたいんだけど……」
セレネは天使にそう尋ねる。
天使はカップをソーサーに置いて、セレネの方を向いた。
「そうか。これでいいか?」
そう言うと、セレネの体が少し輝き、光は一瞬で消えた。
今のはなんだったんだろうと不思議に思っていると、天使は口を開いた。
「今のは光魔術の1つ、浄化だ。汚れなんかを落とすことができる、清潔にするための便利な魔術だ。これでいいだろう?」
セレネはその言葉に頷き、ひとくちケーキに手を伸ばした。
手に取ったのは、チョコケーキである。
「……!」
あまりの美味しさに、セレネは目を輝かせた。
小さい頃から高級店のケーキなどは食べてきたが、その中でも1位2位を争う美味しさである。
セレネが感動していると、天使が喋り出した。
「美味しかったようだな、それは良かった。このお菓子を作ったのは、私の妹の『ノウェム』なんだ。天使も貴女に興味津々でね、今回、私が貴女の対応をすると知った時は、私のことをとても羨ましそうにしていたよ」
(妹さん、いるんだ……ワタシと同じ……)
「もし機会があるなら、ぜひ会ってやってほしいな」
「わかった……」
セレネの返事を聞くと、天使は微笑み、紅茶を一口飲む。
それに釣られて、セレネもカップを持って、口元に運んだ。
「……おいし」
カップに注がれていたのは、アッサムのミルクティーであった。
セレネは普段、ダージリンのストレートティーを飲んでいるため、とても新鮮に思う。
次のお菓子を食べようと、セレネはマカロンに手を伸ばした。
「そろそろ、この世界のシステムについて話そうと思う」
セレネがマカロンを口に放り込んでいる時、天使が話し始めた。
「この世界には、レベルやステータスという概念は存在しない。言ってみれば、ゲームのような世界ではないということだ。自身の強さを数字で見ることはできない。君たちのいる世界と同じだ。もちろん、スキルや魔術なんかは存在するさ。だから、これから行くのはゲームではなく、異世界だと思ったほうがいい」
そこまで言うと、天使はミルクティーを一口飲んだ。
「ということで、次に決めるのはスキルだ。貴女たち異邦人は、スキルを活用してこの世界で戦い抜いていくことになる。だから、最初が肝心だ」
セレネの前に、新たな画面が現れる。
そこには、スキルだと思われる単語が、10個並んでいる。
「最初に手に入れられるスキルは、全部で3つだ。今、画面には10個のスキルが並んでいるだろう。その中から、貴女にはスキルを選んでもらう。そして2回だけ、そのスキル一覧を再生成することができる。つまりは、全部で30個のスキルの中から、3つ選べということだ」
プチシューの甘さを味わいながら画面を観察していると、セレネは1つのボタンを見つけた。
セレネは躊躇いなくそのボタンを押す。
「もちろん、スキルにはいくつもの等級がある。だが、ここで出てくるのはコモンとレアだけだ。それに、コモンだからって弱いスキルというわけではない。等級などに惑わされず、しっかりと自身に合ったスキルを選べ。それと……もう1つ、ユニークという等級があるが、それは滅多に出ることはないし、扱いが困難なスキルだから、選ばない方がいいだろう。どうしてあんなものを追加したのか……」
プチシューを口の中から無くしたセレネは、ミルクティーを飲んでから、口を開いた。
「……もう選んだ」
「あぁそうか。もう選んだのか………………え?」
うんうんとセレネの言葉に頷いていた天使が、凍りついたかのように固まる。
天使は、ロボットのように首を動かしてセレネの方を向き、問いかけた。
「もう……選んだ、のか?」
「いえす」
セレネは右手で、天使に向けてピースしながらそう答える。
「なぁ、一応聞くんだが……『ランダム』と書かれたボタンを、押してないだろうな?」
セレネは、ピースした右手をぐいぐいっと見せつける。
そんなセレネの様子を見た天使は、大きくため息をついた。
「……それじゃあ、ステータスオープンと言ってみてくれ」
セレネはその言葉に頷く。
「……すてーたすおーぷん」
すると、セレネの目の前にまた新たな画面が現れた。