第3話・キャラクタークリエイト
ゆっくりと意識が浮上し、最初に雪華が感じたのは、地面に立っているという感触であった。
雪華はそっと目を開ける。
そこに広がっていたのは、先ほどまでと同じの真っ白な空間であった。
しかし、立っている感触があるという明らかに違う点がある。
下を向くと、リアルと同じように自分の足が見える。
手を前へと突き出そうとすれば、雪華の両腕が前に動いた。
少しの間、体を動かしてみると、リアルと同じように感じることができることがわかった。
ちなみに、裸ではなくサイズがあったワンピースを着ている。
「これが……フルダイブ……」
雪華が感動していると、前方が白く光り、耳で聞き取ることができる声が聞こえてきた。
「ようこそ、『Another World Mythology』の世界へ。私たちは貴女を歓迎する、異邦人よ」
光の中から現れたのは、1人の女性であった。
背中から3対の純白の羽根が生え、頭上には黄金に輝く光輪が浮いている。
身体には鎧を纏い、肩で揃えられた金髪は光の粒子を放っている。
そして、非常に整った顔は、穏やかな表情をしており、慈愛の籠った眼差しをワタシに向けている。
(こういうのって、『私はナビィっていうの! よろしくね!』みたいに言ってくる妖精みたいなのが出てくると勝手に思ってたけど……まさか、ゲームでワタシを最初に出迎えてくれるのが天使だとは……)
「まず、貴女にはこの世界での名前を決めてもらう必要がある。残念なことに、母からもらっただろう大切な名前は使えないがな……」
天使がそういうと、雪華の目の前に画面が表示される。
そこには、『名前を入力してください』と書かれており、その下には入力する場所がある。
雪華は、いつもゲームをする時なんかに使う名前を入力した。
すると、雪華の前にあった画面が、天使の前にまで移動する。
「『セレネ=スノウローズ』か。お洒落で美しい、いい名前だな。あ、そういえば、まだ名乗っていなかったな」
天使は画面を見ながらそう言うと、雪華の方に向き直した。
「私の名前は『ウーヌス』。創造神により生み出されし、原初の天使の1人だ」
「おー」
「……反応が薄くないか? まぁいいが」
天使は少し残念そうな素振りを見せる。
AIなんだろうけど、完成度が恐ろしく高い。
まるで、現実世界で天使と相対しているような気分になる。
「それじゃあ今から、異世界アルカディアに転移するための準備を始めたいと思う。まずは肉体だ」
指をパチンと鳴らすと、天使と雪華の間にもう1人の雪華が現れた。
「アルカディアに転移するには、憑依するための肉体が必要である。今の貴女は仮初の肉体、言ってみれば精神体だ。だから今からするのは、憑依する肉体の造形、貴女たちの言葉でいうと、キャラクタークリエイトだ」
天使は一息つくと、言葉を続けた。
「出来ることは色々ある。身長を高くしたり、足を伸ばしたり……他にも髪型を変えたり、色も変えたりしてね。ある程度の範囲であれば、ほとんどが自由だ。だから、今から貴女の好きにやってもらって構わない。何かあったら質問をしてくれればいいよ」
天使が言い終わると、雪華の前に、先ほどとは別の画面が現れた。
そこには雪華の3Dモデルと、たくさんの項目が書いてある。
「わかった。がんばる」
雪華は意気込んで、画面を操作し出した。
「ふぅ……会心の出来」
30分もの間、ずっと画面をいじり続けていた雪華は、一切汗をかいていないおでこを拭いながら、そう呟く。
「えーと、現実と同じ顔立ちだけど、それは、あまりお勧めしないぞ? 身バレの危険性があるからな」
「大丈夫。ワタシ、リアルに知り合いいないから」
天使の助言に対して雪華がそう言い切ると、天使はなぜか苦笑いを浮かべていた。
「それじゃあ、確認していくよ」
雪華と天使の間にあった3Dモデルが、一瞬で変わっていく。
そして、雪華が作り上げた傑作が姿を現した。
腰にまで伸びた、月白色の髪。
リアルよりも10センチも盛った、168センチもある身長。
まるで血で染まったような、鮮やかなのに薄暗い、真っ赤な瞳。
そして、いつも通りのぺったんこな胸。
……完璧である。
「でもこのモデル、顔が無表情だからちょっと怖——」
「貴女も全く同じ顔してるよ⁉︎」
「え?」
不思議なことを言う。
雪華はこんなにも可愛い顔をしてるのに……
一応、両手でほっぺたを押したり伸ばしたりしてみる。
「それにしても貴女、元々の顔立ちがすごく美しいな。それに、誰もが羨むような真っ白肌で、良いスタイルをしている」
「踊ったりするの好きだから、太ることはない。それに、家からも出ないから日を浴びることもない」
雪華は腰に手を当てて、自慢げに胸を張った。
「……それじゃあ、これで肉体の造形は完了だ。では今から、この肉体に貴女の精神を移す。準備はいいか?」
その言葉に、雪華はコクっと頷いた。
「では始める……」
天使がそう言うと、雪華の意識は一瞬にして落ちる。
そして目を開けると、すぐ目の前に、セレネの顔を覗き込む美天使がいた。
これだけだと、気絶していたヤンキー系主人公が目を覚まして、自身のことを覗き込んでいたヒロインを見た時に心の中で思うこと、のような言い回しに聞こえる。
「気絶していた時間が長かった。普通なら5秒もせずに意識を取り戻すはずだが……貴女は少々特別なのかもな」
天使は、セレネが目を覚ましたのに気付くと、ホッとしたような表情をしながらそう言った。
「だいたい……どのくらい?」
「ん? あぁ、気絶していた時間か。えーと……1時間弱ぐらい……か。そのくらいだ」
想像していた時間よりも長い間、セレネは気絶していたらしい。
天使に心配をかけてしまったみたいだ。
「ワタシは大丈夫」
「それならよかった。それで……どうだ? 動けるか?」
そう言われて、セレネはぎこちなく体を動かし出す。
先ほどまで気絶していたからか、若干動きが鈍いのだ。
少しすると、現実と同じように体を動かすことが出来るようになってくる。
セレネは腕をブンブン振り回したり、ぴょんぴょん跳ねたりしてみる。
そんな様子を見て、天使が声をかけてきた。
「動くのは大丈夫そうだな。それじゃあ次に行こう」