第2話・妹、襲来
『〜〜♪』
「う〜ん……」
雪華は自分の眠りを妨げる音楽が聞こえてくる方に手を伸ばし、なんとか止めようとする。
ベッドの上でゴソゴソと右手を動かし、手に触れた何かをそのまま掴んだ。
掴んだ物を顔の前にまで持ってきて、薄らと目を開けると、そこにあったのは、『美月』と画面に表示されたスマホだった。
「……ん?」
雪華は寝ぼけた目を擦り、もう一度画面を見る。
しかし、そこに表示される名前は変わらない。
雪華は恐る恐る電話に出る。
「はい゙、も゙しも——」
『もしもし……私、メリーさん。今、貴女の家の前にいるの……』
(……嫌な予感がする)
雪華は確認のため、メリーさん(仮)に聞き返した。
「も゙う一度言ってもらえ゙る?」
『……私、メリーさん。早く開けないと○すよ? 私、30分くらい前から待ってるの」
「はい゙……」
(拒 否 権 は な か っ た……)
(ワタシは今、正座させられています……一体どうしてなんでしょうか……ワタシは何も悪くな——)
「お姉ちゃん? 今変なこと考えてたよね? 正座30分追加ね」
「ワタシ、悪いことしてないでしょ……」
(そう、ワタシは何も悪くないのだ。ただ、愛しの妹の電話に寝てて気付かず、予定通りに来ていた美月を外で30分ほど待たせただけである………………ワタシが悪いです)
雪華は黙って罰を受け入れた……
「はい、これお姉ちゃんの分」
「ん、ありがと」
正座から解放された雪華は、美月からお昼の施しを受けていた。
ちなみにメニューは、『お家で作れる簡単照り焼きチキン(美月自作レシピ)』である。
そして、雪華はこれも作ることができない。
美月の近況報告を聞きながらご飯を食べ進めていると、美月が突然話題を変えた。
「私の話なんてどうでも良かったんだっけ。お姉ちゃんさ、最近荷物届いたでしょ?」
「荷物? んー、あ、うん。昨日届いたよ。VRゴーグルのことでしょ?」
「WONDERね」
「あれを持った時、すごい興奮した。なんか、こう、新技術だー! って」
「お姉ちゃん、ほんとにそんな嬉しかった?」
なぜか美月は、首を傾げながらそう尋ねてくる。
「もちろんだよ? 今もニコニコしてるじゃん」
「1回鏡見て来い。私からはどう見てみても無表情にしか見えないから」
「そんなことないと思うけどなー」
雪華は箸を置いて両手でほっぺたをムニムニする。
「そう、それでさ、WONDERのことなんだけど……『Another World Mythology』のキャラメイクが、今日の正午からできるようになるよ」
美月の言葉に、雪華の頭の中はハテナで埋め尽くされた。
雪華が首を傾げると、美月は雪華のことを残念な人を見るような目で見てきた。
「覚えてないの? お姉ちゃん」
「いえす。ゴーグルのことも、ダンボールを開けるまで忘れてた。今は存在だけ思い出した」
「……はぁ」
ため息を吐かれてしまった。
「WONDERが入ってた箱にさ、書いてなかった? 『異世界アルカディアに行こう!』みたいなの」
昨日、ゴミ箱に放り込んだあの箱のことを思い返してみる。
「あー、書いてあったかも。で、それが?」
「なんでその文字を見て思い出さないの……スマホ見てよ、ネットニュースにもなってるから」
「ほんとに……?」
雪華は美月のことを疑いながら、スマホを手に取って調べ始めた。
「あ、あった。えっと、なになに……?」
すると、すぐにその『あなざーわーるどみそろじー』というものの記事を見つけた。
——フルダイブ型VRMMORPG遂にリリース!
株式会社ワンダーゲームズが開発した、フルダイブ型VRゴーグルーWONDERでプレイすることのできるMMORPG、『Another World Mythology』が、明日の午前9時から遂にリリースされます。
およそ1年前に、抽選に当選した50名のみがプレイできたベータ版では、『本当に異世界に行ったようだった』、『ゲームとは思えないほどのクオリティ』と、大好評でした。
今回のリリース版では、第一陣として500人がプレイすることができ、数ヶ月後には第二陣、第三陣とプレイできる人が増加するようです。
また、本日の正午から、事前にキャラクターの作成が行えるそうです。
そして……
「あー、思い出したかも。確か、美月がこれのベータ版をプレイしたんだっけ?」
「そうそう。それで、ベータテスターはその特典の1つとして、自分用のWONDERにプラスしてもう1つWONDERをもらえるの。で、それをお姉ちゃんにプレゼントしてるわけ」
「なるほど……」
雪華はスマホをテーブルの隅に置き、コップに入った水を飲み干して一息吐いた。
「つまりワタシは、美月のおかげでそのVRMMOをプレイできる、ってわけね」
「その通り」
「……美月様ありがとうございます!」
ガンッ!
雪華は勢いよくテーブルに頭を叩きつけ、全力で妹様に誠意を示した。
「お姉ちゃん、頭大丈夫?」
「痛い……」
雪華は頭を伏せたまま返事をする。
「私も頭が痛いよ……」
「……?」
「なんでもないよ……」
顔を上げると、美月はなぜか呆れ顔で雪華のことを見ていた。
「それで……さっき言ってたキャラメイクって何?」
雪華はおでこをさすりながら質問する。
「どんなゲームで最初にやるでしょ? キャラクタークリエイトのことだよ」
「髪型とか、目の色とか?」
「AWMだと……あぁ、AWMは『Another World Mythology』の略のことね。それで、AWMだと、作るキャラって自分が操作するでしょ? だから、みんなすごい時間をかけるの。かっこいい可愛いキャラを作るためにね。それで、ベータ版のときに色々あってね。キャラクターは事前に作れるようになったの」
「ふーん」
雪華は美月の説明を聞きながら、ご飯を頬張る。
口の中のものを全部飲み込むと、雪華は口を開いた。
「それで、正午からそのキャラメイクができるんだ」
「その通り。お姉ちゃんもやるでしょ?」
「もちろん……でも、美月はやらなくていいの?」
その質問に、美月はこう答える。
「私、今忙しいから、第二陣からにしようと思ってるんだよね」
「そうなんだ………それじゃあお先にプレイするね。ご馳走様でした」
「お粗末様でした。もう準備したほうがいいと思うよ。あと10分で12時になるから」
そう言われて雪華は壁にかかってる時計に目をやる。
「ほんとじゃん。ぱぱっと支度しちゃお」
雪華は席を立つと、食器を運んでから洗面所の方に向かった。
「準備完了」
歯磨きとか諸々の準備を終えた雪華は、寝室で、ゴーグルを持ってベッドに座っていた。
ゴーグルを装備すると、ゆっくりとベッドに寝転がる。
そして、電源ボタンを押してゴーグルを起動した。
『ようこそ、如月雪華様』
前回と同じように、目を開けると真っ白な空間が広がっている。
「セット・『Another World Mythology』」
『ゲームが選択されました』
「……ダイブイン」
『ゲームに接続しています………………接続に完了しました。ダイブを開始します』
その言葉が聞こえると、雪華の意識は、ゆっくりと暗転していった……