第1話・フルダイブ型VRゴーグルーWONDER
今日はゴールデンウィーク初日ということで、雪華は朝からずっとベッドでゴロゴロしている。
ベッドに寝転びながらスマホを眺めるのは、1番有意義な時間だと思う。
(まあ、ワタシの個人的な意見だけど……)
「あ、ニャル様の擬人化イラストだ……いいねしとこ……」
そんなことを呟きながらスマホをいじってると、唐突にインターフォンが鳴り、雪華への来客を告げた。
『ピンポーン』
「はーい、今行きまーす」
のそのそとベッドから抜け出し、玄関に向かってドアを開ける。
そこにいたのは、猫がちょうど入りそうなくらいのダンボールを抱えた、宅配便の男の人だった。
「——ッ! えと、如月様で、お、お間違い無いで、しょうか?」
男の人は息を呑むと、なぜかしどろもどろになりながらそう言ってきた。
「はい、そうですが」
雪華は頭にハテナを浮かべながら返事をする。
「こ、これ、宅配です……は、ハンコ、お願いします……」
「ハンコですね……わかりました」
(えーと、ハンコね、ハンコ……どこにあったっけ?)
雪華は家の中に入ると、色んな小物を詰め込んでいる机の引き出しを漁りだした。
「これも違う……これじゃないしこっちでもない……どこ?」
見つからないことにイライラしながら3分間ほど探し続け、やっと引き出しの奥にハンコを見つけた雪華は、急いで玄関に戻った。
雪華が戻ってくると、どうしてか男の人の顔が青ざめていた。
「はい、ハンコです」
不思議に思いながらも、雪華は伝票にハンコをポンっと押した。
「あ、ありがとうございました……では失礼いたします!」
言い終わると、男の人はワタシにダンボールを渡し、逃げるかのように去っていった。
(どうしちゃったんだろう? ワタシの顔、そんなに怖かったかな?)
雪華はダンボールを片手に持ち、もう片方の手で顔をムニムニしながら家の中に入った。
「ワタシ、最近なんか頼んだりしたかなー?」
ベッドの近くの床にダンボールを放り投げ、雪華はベッドの上からそれを眺めて唸っていた。
ここ1ヶ月くらいを思い返しても、ネットで何かを買った記憶が見当たらない。
「ま、開けてみればいっか。カッターどこだったかなー」
雪華は意気揚々とカッターを探し始めた。
〜〜カッター探し中〜〜
「やっと……見つけた……」
結果として、ハンコ探しよりも5倍近くの時間がかかった。
(今度、小物とか文房具の整理をしよう)
雪華は心の中で決意した……
「よしっ、それじゃあ開けてみようではないか」
カッターを右手に握り、そのままダンボールに振り下ろす。
「あ、そういえばシール見てなかった」
雪華はカッターをダンボールに刺しながら、側面に貼ってあったシールを見てみた。
そこには、『株式会社ワンダーゲームズ』という文字が書いてある。
「………………なんだっけ」
どこかで聞いたことはある、気がする。
具体的にいえば、1年くらい前に愛しの妹の口から聞いた気がする。
(……まあいいや)
雪華は思考を放棄してカッターの刃を滑らせた。
ダンボールの蓋を開けると中に入っていたのは、重厚に梱包された物であった。
「え、割れ物?」
『株式会社ワンダーゲームズ」という、いかにもゲーム会社な名前のところから、なんで割れ物が?
雪華は再びカッターを使って、梱包を開封していく。
重厚な梱包の中から姿を現したのは、1つの箱であった。
その蓋には、通常のものよりもメカメカしい見た目をしたVRゴーグルの写真が貼ってあり、その横には、
『遂に実現! フルダイブ型VRMMORPG! WONDERを装備し、異世界アルカディアへと飛び込もう!』
という売り文句が書いてある。
「………………ってこれ投げたり雑に扱ったりしちゃダメなやつじゃん⁉︎」
雪華は丁寧に扱いながらも、大急ぎで箱を開ける。
そして、さらに梱包されているVRゴーグルを取り出し、梱包もしっかりと剥がした。
「おぉ……これがフルダイブ型VRゴーグル……!」
雪華は両手でそ〜っとゴーグルを持ち上げ、目を輝かせながらまじまじと見つめた。
「まだ午前中だし……せっかくだから、初期設定を済ませちゃおうかな」
ゴーグルをベッドに置き、箱の中から分厚い冊子を取り出した。
ちなみに、普段の雪華だったら取り扱い説明書なんて一瞬でゴミ箱行きである。
雪華は、ペラペラと冊子をめくり、使い方をなんとなく把握していく。
「……これで大丈夫」
一応、全ページに目を通した雪華は、閉じた冊子をフリスビーのように投げて、ゴーグルに手を伸ばした。
ベッドに仰向けに寝転がり、慎重にゴーグルを装備する。
「あぁ……すっごく緊張する……」
恐る恐る、雪華は電源ボタンのある方へと指を伸ばす。
「ふぅ……よし。行くぞ……ダイブイン!」
雪華は、フルダイブといえばのセリフを口にして、電源ボタンを強く押した。
『ようこそ。ここは、フルダイブ型VRゴーグルーWONDERのホームです』
(こいつ、直接脳内に……!)
というのは鉄板ネタだと思うが、今は、まさにその状態である。
脳に直接響く声を聞き終えると、雪華はゆっくりと目を開けた。
そこに広がるのは、何もない、ただ真っ白な空間だった。
(思ったより感動が薄い……)
ゲームをプレイするわけでもないから、そこまですごい空間が広がるとは思っていなかったが、ここまで殺風景だとも思っていなかった。
それに、視覚と聴覚以外の感覚は現実世界と同じままだ。
雪華がそんなことを考えていると、再度、声が聞こえる。
『所有者登録が完了していません。初期設定を行い、所有者登録を完了させてください』
雪華の目の前に、初期設定を行うための大きな画面が表示される。
声に従って、雪華は初期設定を始めた……
『——。またのご利用を、お待ちしております』
ゆっくりと視界が狭まっていくと、最後には目の前が真っ暗になった。
雪華はゴーグルを頭から外し、時計を確認する。
「もう12時か。お昼ご飯にしよっと」
所有者登録を無事に完了した雪華は、ゴーグルの片付けというめんどくさいことを忘れ、悠々とキッチンへと向かった。
「あれ? そういえば、何でゴーグルがワタシのとこに届いたんだろ……まあいいや」