番外編・メイドさんは見た!
契約王妃をたくさん読んで、たくさん応援してくださってありがとうございますSSです!
どうか楽しんでいただけますように!
……ラブくは!ないです!!
ウィンダム王城で王妃付きになっているメイドには、それぞれ専用の役目がある。
お茶を淹れるメイド、ドレスの着付けをするメイド、謁見相手のことを王妃に説明するメイド、などなど。故国であるテハルからなんとお付きを一人も連れず輿入れしてきたクラウディア妃の為に、選りすぐりの優秀なメイド達が甲斐甲斐しく妃の周囲を常にサポートしている。
そしてミュリエルは、お茶を淹れるメイド、を仰せつかっていた。
これは、ほぼ王妃に付きっきりと言ってもいい役目だ。
「……ラス、そこ邪魔。腕をどけて」
「ディアにとって邪魔ってことは、俺にとっても邪魔だとは思わないのか? そっちがどいてくれ」
「はー? レディファーストでしょ。アイアム、レディ!」
「こんな時だけレディ面するな。俺の方が急ぎの用だ」
「ああん? こちとら、頭のてっぺんから足の爪先まで徹頭徹尾常にレディよ! あったまきた! テコでも動くもんですか」
「ヨイショ」
「力づくで退かすの反対! もう一緒に遊んであげないからね! 絶交よ!」
「…………」
「それは困るのか、オイ。可愛いわね」
こぽこぽこぽ。
今時絶交とか七歳のうちの弟でも言わない、と思いつつミュリエルは静かにお茶を淹れる。
休憩時間とあって、国王陛下はラフなシャツとズボン、王妃殿下も吸水性のある布地で作られたゆったりとしたドレスを着ていた。双方、いつもは隠されている襟元や手首が露わになっていて、いかにも寛いだ様子だ。
ウィンダムは、短い夏を迎えていた。
気温は南国テハルほど高くならないし湿度も低いので過ごしやすい日々が続く為、クラウディアは随分と快適に過ごしている。しかし、テハル出身の彼女が冬の寒さにあれほど弱ったように、暑さに耐性のないウィンダム育ちの者にとっては十分に酷暑だった。
城で働く使用人達は勿論それを心得ていて、頻繁に空気の入れ替えをしたり冷たい飲み物を用意したりと高貴な方々が過ごしやすいように努めている。
ミュリエルは、濁らないように作っておいたアイスティを淹れたグラスに飾り切りをしたオレンジを挿して、国王夫妻がやいやい言い争っているテーブルへと静々と歩み寄った。
やいやいは、まだ続いている。
「ねーこのディッカ伯爵の避暑地? への招待受けようよー深い森林と澄んだ川が魅力だって。行ってみたい」
暑い暑いと言う割に、何故かこの夫婦は二人で小さなコーヒーテーブルにて向かいあってそれぞれの作業をしているのだ。クラウディアは王妃としての彼女に届いた手紙の仕分け、ラスティンは優先順位の低い陳情書に目を通している。
今は公務の時間ではないので、二人とも急ぎではない書類仕事をしている、というところだろうか。
「遠いからダメだ」
「ふっふーん。あんたらしくないお粗末な言い訳ね、この避暑地がそう遠くないことは調べ済よ! 本当の理由はなに?」
ラスティンがにべもなく却下すると、クラウディアは唇の端をつり上げて悪党のように笑って勝ち誇った。夫の方は、表情を険しくさせる。
「…………」
「ちなみに、本当の理由も調査済です。女の情報網を甘くみないでよねホホホ」
黙秘の気配に、クラウディアは追撃した。
「ウィンダムの社交界にとても馴染んでいて、頼もしい限りだ」
「話逸らさない! このディッカ伯爵が、美女ならデビュー前の子でも人妻でも手を出す下半身脳直結クソ野郎だから、美人妻である私を近づけたくないんでしょ?」
ばん! とクラウディアは招待状をテーブルに叩きつけてキッパリと言った。
ミュリエルは、そのクラウディアの手が離れたのを見届けてからそっとグラスをテーブルに置く。せっかく美味しくいれたオレンジティーなので、衝撃でひっくり返されてはたまらない。
そして妻の指摘は図星だったらしく、ラスティンは苦々し気に唇を開いた。
「……良識のある夫ならば、通常反対するだろう」
「はーん、私の可愛い堅物岩男ちゃん! でもこんなクソ野郎をのさばらせてたら、害悪以外の何ものでもないでしょ! ここは一発ビシッと美人王妃が成敗してあげるから、ねっ避暑地いこ!」
「気軽にバカンスのノリで誘うな。何故ディアが囮になる必要がある?」
「適材適所。アイアム、美女。あと自分より地位の高い女を屈服させる性癖があるらしいから、更に条件リーチ。あとは身も心も無防備な夏、とくれば極上の囮is私の出来上がり! クソ野郎の一本釣りよ!」
ぐっ! と勇ましくクラウディアは拳を掲げる。
最初は真剣に妻を心配していたらしいラスティンだが、今はちょっと飽きた様子でペン回しをしていた。当然、すぐにペンは取り上げられる。
「可愛い美人妻が文字通り絶好調なんだから、話聞こ? 会話不足は離婚への第一歩よ?」
「で、ディアは身も心も無防備なのか?」
ラスティンが言うと、クラウディアは大笑いをした。心なしか、彼の唇が尖っているように見える。
どうやら、ディッカ伯爵に対して彼女がミイラ取りがミイラになってしまわないか不安らしい。この女に限って、それはない。
「引っ掛かったのそこなの? 南国育ちなので、ウィンダムの夏程度じゃ通常営業よ。あとこう見えて、私は身持ちが固いの」
「それは知らなかった」
「旦那様一筋だからね、旦那様にだけはガードが甘いの」
「それは、知っていた」
「そうでしょうとも」
クラウディアは素早く身を乗り出して、チュッ、と音をたててラスティンにキスをすると、椅子に座りなおして何事もなかったかのように微笑む。
ミュリエルは静かに壁際でティーワゴンと共に控えているが、王妃の耳が赤いことは目視出来た。
「で、ねぇ? いいでしょ。いこ!」
「…………一個小隊連れて行くからな」
「過保護か! まぁいいや。私結構釣りは得意なの! 避暑地で超高速クズの一本釣りキメて成敗したら、川釣りしたいのよねぇ」
ようやく夫の許しを得て、クラウディアはむふふ、と含み笑いをする。それまでとは違う種類の笑みに、ラスティンが首を傾げた。
釣りとは、悪党退治の比喩ではなかったのか。
「川釣り?」
「だって島国のテハルじゃ海釣りしか出来ないんだもん。ねぇ、この本見て? アユっていう川魚を塩焼きにすると美味しいんだってぇ」
ご機嫌の彼女は、豊満な胸元のドレスの隠しから小さな本を取り出して広げた。ミュリエルにチラッと見えた限りでは、地方のガイドブックのようだった。
「……本当に、ディアが通常営業で、非常に脱力している」
「なに、その現状報告。まあ、堅物のあんたはちょっと脱力するぐらいがちょうどいいわよ。私の手柄ね、気兼ねなく崇めていいのよ?」
「…………」
「あー楽しみ! マッチするお酒って冷酒かなぁ……地酒ってどんなのがあるかなぁ……ラスと一緒に呑むの、楽しみ……」
ほう、とクラウディアは恍惚の溜息をつく。ラスティンのやけにじとりとした視線は、わざと無視しているらしい。
そこで、さすがに暑かったのか扇ではたはたと仰ぎ、彼女はオレンジティのグラスを手に取った。一口飲んだ途端、表情を輝かせる。
「ん-! ミュリィ! これ美味しい! ほら、ラスも飲んでみて!」
「……ああ、確かに美味いな」
突然国王夫妻にお茶を褒められて、お茶くみメイドたる最大の誉れにミュリエルは慌てず騒がず、にっこりと微笑んで綺麗な礼を執った。
「ありがとうございます、身に余る光栄です。陛下、妃殿下」
王妃付きのメイドたるもの、これぐらい落ち着いてなくてはやってられないのだ。
特に、この国王夫妻のお傍では!
その後、避暑地にバカンスへと向かった国王夫妻の釣果は、大漁だった、とだけお伝えしておこう。
……。
家政婦は見た!的に、いつもわちゃわちゃしてる夫婦がドキッとするようなラブな光景を繰り広げているところをメイドが見ちゃう話を書こうと思っていたのに、ディアが元気過ぎて水戸黄門的になりました(???)世直しSS……
読んでくださって、ありがとうございました!!!