7.溺愛ではないけど、
こうして、なんとか無事社交シーズンも幕を閉じ、ウィンダムはごく短い夏を迎えようとしていた。
南国育ちのクラウディアにとって一番過ごしやすい季節であり、彼女は日に日に元気を増している。そう、彼女はいつも以上に元気なのだ。
コートル伯爵の逮捕によってラスティン陛下の平和な治世の盤石さをよりアピール出来たし、政治浄化に拍車をかけた。
これまで見縊られていた王妃クラウディアが解決したとあって、やっと大臣達も彼女の存在を認めるようになり、国王夫妻の信頼関係が強固なことが周知されて第二妃の話もすっかり立ち消えとなった。
いいことづくめである。
事が落ち着いた頃に、二人はまたいつもの居酒屋に来ていた。
店員もすっかり二人のことを仲良し夫婦と認識していて、二人が店にやってくると何も言わずにまずビールを出してくれる。
「はー! 美味しい!」
ぐびぐびと豪快にジョッキの中身を飲み干して、クラウディアは元気いっぱいに感嘆した。
街娘みたいな軽装に、赤金色の髪はポニーテール。彼女がまさか今評判の『南国から来た王妃様』とは、王族の顔を知らない平民達は夢にも思うまい。
「お料理お待たせしましたー!」
「わぁ、美味しそう! あ、あとおかわりください!」
「承知しました!」
ちょうど料理を運んできた店員にビールのおかわりを注文すると、クラウディアはテーブルに並んだ料理を見て目を輝かせた。
豚肉の串焼きに、肉団子のミルクスープ、蒸した野菜、柔らかいパンと乾いた木の実の燻製、チーズもたっぷり。それからラスティンの好物のハーブ入りの腸詰。
「ラス、肉団子五個入りだった。私一個多くもらっていい?」
「ああ。では、串焼き一切れ多めにもらおう」
「えええ。スープの具材と串焼きの一切れだと、重みが違くない?」
「相変わらず、そのこだわりはサッパリ理解出来ん」
言ってラスティンは直接串焼きに齧り付いたので、クラウディアはその後しばらく非常にうるさかった。
やがてグラスを重ねて、お腹も心も満たされた頃に彼女はしみじみと呟く。
「はーしかし、あんたの評判も令嬢の名誉も無事でよかったわね」
「ああ。……やけにニーナ・コートルに肩入れしてるな」
ラスティンは長く不思議に思っていたことを口にした。
クラウディアは、ニーナの父親であるコートル伯爵に対してはけちょんけちょんに言っていたのに、ニーナに対しては随分と心を砕いている様子だったのだ。
「あー、ね。だって同じ貴族の娘的な立場として? 思うところあるっていうか……」
「なんだ、その遠回しな言い方は。お前らしくないぞ」
「いや、だって、テハルの国王である父に命じられて、当初望まぬ相手に嫁いで来た身としてはさ。シンパシーとか同情心とか色々あるの。貴族の娘は父には逆らえないし、嫁いでこそ意味があるって風潮だし。ニーナも状況の被害者だと思えば、ちょっと可哀想じゃない」
話しながら照れくさかったのか、クラウディアはジョッキのフチを指でいじる。
水滴がつくので止めさせて、濡れた彼女の指先をラスティンはハンカチで拭った。
「令嬢だけ贔屓するのか?」
「はぁーん? 久しぶりに滅私の人っぽいこと言ってる。そりゃ贔屓もするでしょ、私は感情のある人間だもの」
贔屓を堂々と肯定して、クラウディアはケラケラと笑った。
確かに彼女は裁判官でもなんでもない。しかし王妃として力は持っているので、贔屓をあまり肯定しないで欲しい、というのはラスティンの素直な感想だ。
しかし、その真っ直ぐな心根のままにいて欲しい、とも同時に思う。
「自由だな」
「あんたが許可してくれてるおかげさまで、ね」
当然とばかりにクラウディアは頷く。
彼女はこれまで取るに足らない存在だと思われていたが、俄に注目を浴びてこれまでの一年の行動にも人々は興味を持ち始めた。
頻繁に二人きりで出掛けること。
クラウディアがラスティンのコートを身に纏って引き摺って歩く姿、ソファの上で彼の膝に乗る姿。クラウディアが寒がれば暖炉に薪を足し、ショールを肩にかけてやる程甲斐甲斐しく世話を焼くラスティン。
つまり、ラスティンと二人して無意識に仲睦まじい夫婦のような振る舞いばかりしていた、この一年の行動が、多くの者に知られてしまったのだ。
「……そうやってディアが好き勝手に振る舞うから、俺が妻を溺愛しているという噂がたっているのだが?」
「あーなんか、貴族のご婦人や令嬢達が積極的に噂を広めてるみたいよ」
今回のコートル伯爵の悪辣な企みが明るみに出て、ニーナに対して貴族の女性達はクラウディアと同様に同情的だった。そして話を聞いて、クラウディアのニーナに対する温情に大変感銘を受け、一気に彼女達は王妃派へと靡いたのだった。
懐妊しないことがなんだ、国王陛下は王妃殿下にメロメロじゃないか、と大々的に噂を広げているらしい。
「いいじゃない、意識操作! ジャンジャンやってもらいましょ!」
「物騒な……事実と異なる噂が流布されるのは、誠実さに欠ける」
堅物岩男こと生真面目なラスティンが、噂を正すべきなのでは等とつまらないことを言うのでクラウディアは片眉を上げた。
なんだってこの男は、こんなに堅物なのだろう? 告白をしないと恋仲にはならないのか? 宣言をしないと付き合いは始まらないのか? ある日突然運命みたいに落ちるものしか、恋ではないのか?
くそくらえである。何せ、クラウディアとラスティンは既に神も世間も認めた、夫婦なのだから。誰にも文句は言わせない。
しかし、まぁ、聡明な美人妻たるクラウディアは、堅物夫の流儀を守ってやる甲斐性もあるのだ。
「ふーん? じゃあ事実にしたらいくない?」
「どうやって?」
「こうやって」
テーブル越しにラスティンの襟元を掴んで引き寄せて、クラウディアは彼の唇にチュッ! と音を立ててキスをした。
顔を離すと、彼の黄金色の瞳は驚いたように丸くなっている。この一年色々な彼の表情を見てきたが、この顔は初めてだな、と愉快に感じてクラウディアは唇を舐めた。
それを見た彼の瞳が細くなり、今度は向こうから顔を近づけてくる。そうだろうとも、とクラウディアは満足げに微笑む。
「……先に言っておくが、俺は好きでもない女とはキスはしない」
言い終えると、ラスティンはクラウディアに情熱的なキスをした。
つまり、好きってこと!
最期までお付き合い、ありがとうございましたー!短いお話ですが、これにて完結です!
楽しんでいただけていたら、とっても嬉しいです!!