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3.愛妻に最高のコートを



季節は巡る。

短い秋を経て、ウィンダムに冬の気配がやってきた。常夏のテハルと違い、ウィンダムは年の半分が冬で、三分の一は雪が積もっている。つまり、これからはしばらくずっと冬なのだ。


王妃として謁見公務を終えたクラウディアは、両手で自分を抱きしめてガタガタ震えながら廊下を歩いていた。少し前を歩くラスティンは振り返って、そんな彼女の珍しい姿をまじまじと見遣る。


「どうした」

「うううう寒い。ウィンダム寒い。何、世界終わるの?」

「まだ寒くなり初めだ」


なるほど寒いのか、とようやく気づいたラスティンは自分のマントを肩から外してクラウディアに着せ掛ける。女性の装束は男のそれに比べてやや肌が露出する面積が多いので、首元などもしっかりとボタンを留めて覆ってやった。


「今より更に寒くなるの?」

「ああ。雪も積もる」

「……お伽話じゃなく? しかも降るんじゃなく積もるって言った?」


クラウディアはぎょっとする。

彼女とて、ウィンダムが一年の三分の一は雪に閉ざされることを知識としては知っていたが、それは山間部だけだと考えていたのだ。平地である王都にまで雪が積もるとは、常夏の国から来た彼女にとってはお伽話と同じぐらい遠い世界の出来事だった。


逆に生まれも育ちもウィンダムであるラスティンには、最近涼しくなって来たな程度の認識だったので、妻の寒さへの弱さに驚くばかりだ。


「……普通は積もるだろう」


しんしんと大粒の雪が地面に降れば、除雪しない限りはそこに留まる。後から後から降るのだから、積もるのは道理だ。しかしそれを説明すると、クラウディアは文字通り震え上がった。


「テハルでは雪はそもそも降らない……」


青褪めたクラウディアは、ラスティンのマントに顔をうずめる。

この長身に合わせて誂えたマントではクラウディアには大き過ぎて、逆に動く度に隙間が生まれてしまう。もっと体にフィットして、隙間なく無駄なく彼女の身を包む衣装が必要だった。


「ふむ。南国出身の我が妻の為に毛皮のコートを発注するか」

「え、優しさ……? じゃないわよね」


まるで愛妻家のような発言だが、この滅私のワーカーホリックが私情でそんな事を言う筈がない。クラウディアがジロッと睨むと、ラスティンはニヤリと唇を吊り上げた。


「ちょうど賄賂で繋がっていた職人を切ったばかりで、王室御用達の新しい取引先を探していたんだ。王妃のコートとなればコンペをしてもいいな」

「ダシにされてる!」


予想通りの展開にクラウディアは吠えた。

事あるごとにラスティンは『他国から嫁いできた王妃』をダシにして、政治浄化に利用しているのだ。

たまには優しさで妻に向き合えないのか、と彼女は唇を尖らせたが、ラスティンはわざとらしいぐらい優しく首を横に振った。


「俺はチャンスは逃さない」

「キメ顔むかつくなぁ……」


このまま廊下にいては、ますます寒くなるばかりだ。

クラウディアはラスティンの二の腕部分をポコンと叩いてから、マントを引き摺って部屋へと向かう。


「コンペ……コンペかぁ……時間かけずにサクッと決めてあったかコートを爆速で作って欲しいんだけど?」


ようやく部屋に辿り着いたが、クラウディアは未だにブルブルと震えていて、暖炉に火を入れることを望んだ。

しかしラスティン同様ウィンダム育ちの使用人達にとって、暖炉を使うにはあまりにも早い時期だった。その為、暖炉使用前の掃除をまだしていないし、勿論それ用の薪も運び込まれていない。

大急ぎで、クラウディアが使う部屋の暖炉の大掃除が始まる。

クラウディアは申し訳なく思ったが、いかんせん、彼女には寒すぎる。


「それは無理だな、選考にはある程度の時間を要する」


優しい使用人達に対して、可愛い妻が凍えているというのに夫たる彼は冷めたものだ。


「本末転倒って知ってる? 春が来ちゃうじゃないの!」

「汚職で解雇の後任だぞ? 慎重に進める必要があるだろう」


クラウディアを軽んじているのではなく、仕事を重要視しているラスティンの生真面目さに彼女はうんざりと溜息をついた。分かっていたが、なんて面倒くさい男だろうか。


「もー! この堅物岩男め!」

「カタブツイワオ?」

「もういい! 私はこれから毎日毛布を三枚被って過ごすわ!」


クラウディアがベッドから毛布を剥ごうとするので、ラスティンは慌てて彼女を止めた。


「馬鹿。王妃の威厳を地に落とすつもりか。それらしく振る舞うのも責務だぞ」

「じゃああんたこそ、凍えそうな南国出身の美しい妻の為に、大急ぎでコートを仕立ててあげるのだって夫の責務じゃなくって!?」

「確かに。……悪かった、取り急ぎ俺のコートで一番分厚いものを贈るので、その代わりを誂えるという名目でコンペをしていいか?」

「コンペはするのね。まぁよくってよ。ふっかふかのを貸してちょうだい!」

「承知した」


こうしてしばらく国王陛下の上等なコートを着て城内を歩く王妃が目撃され、いわゆる「彼シャツ」的な状態だった。

まるでラブラブなところを見せつけているかの様相だったのだが、国王夫妻は先の経緯によってちっとも気付いていなかった。


しかし、それでも寒いものは寒く。おまけにどんどん気温は下がっていく一方だ。

近頃のクラウディアは暖炉の前が定位置であり、その快活さはすっかり姿を消してしまった。


「ああ……でも寒い……どうしよう、王妃をやる自信がなくなってきました……」

「珍しくしょ気ているな。なんだ、寒さとはそれほど人から生気を奪うのか」


ラスティンはさすがに心配になって、王陛下自ら暖炉に薪を足したり、温かい飲み物を追加したりと甲斐甲斐しい。寒さに震えるクラウディアは、そんな夫を見て弱々しく微笑む。


「なんかモチベの上がること言って。ええと、美味しい話か綺麗な話か、他人の不幸な話」

「最後、めちゃくちゃ性格悪いこと言ってるぞ」


儚く微笑んでのまさかの提案に、ラスティンは呆れた。意外とこの妻、元気なのかもしれない。


「テハルには、他人の不幸は蜜の味、という格言がある」

「南国にあるまじき根暗な格言だな……話か……ううん、そうだな、蜜、か」


南国との文化の違いに唸りつつ、ラスティンは自分の顎に手を当てて考える。堅物と罵る彼に気のきいた話を求めるなど、クラウディアは本当にかなり追い詰められているようだった。


「我が国にグリューワインというものがあってな」

「なんか知らないけど響きが素敵ね、詳しく話を聞こうじゃないの」


クラウディアがラスティンの性格を正確に把握している、ということは逆も然りだ。

意気消沈している王妃に、彼は美味しい餌をチラつかせる。すると皆まで言うまでもなく、クラウディアは食いついた。


「温かい赤ワインにスパイスや蜂蜜を入れたものだ」

「え……そんなことしていいの? ワインへの冒涜なんじゃない? 神罰が下るんじゃないかしら?」

「お前が信仰しているのは酒の神か?」


大真面目に言い切るクラウディアに、さすがにコイツは酒のことが好きすぎるのではないか? と呆れた。

しかし冬のお楽しみを話したことにより、クラウディアの表情はだんだんと活き活きしてくる。現金なものである。



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