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2.仕事終わりに、同僚と一杯

 

 結婚して半年。

 王都の下街、薄暗い路地の奥では一軒の居酒屋がオレンジ色の光を灯していた。

 その店内で、ぐびぐびとビールのジョッキを豪快に煽るのは、すっかりウィンダムの装束を着こなしたクラウディアである。彼女はジョッキの中身を飲み干して、満足のため息をついた。

 赤金色の髪はポニーテールに結い、きらりと光る一粒石のピアスを付けた耳が綺麗に見える。


「ぷはっ! ウィンダムのビールは苦みが強くて美味しいわねぇ」

「テハルのビールはどうなんだ?」


 クラウディアの向かいの席に座るのは、こちらも平民の装束に身を包んだウィンダム王ラスティン。彼の手元にはウイスキーのグラス。


「もっと味が薄くて爽やかさ重視かな。南国だし、ごくごく飲めるのど越し命ってカンジで美味しいよ」

「へぇ。あなたにかかるとビールはなんでも美味しいようだ」


 二人が夫婦になってからしばらく。その間に、彼女のあっけらかんとした物言いに慣れたラスティンは、ビールのお代わりを頼む妻を見ながら苦笑する。


「花はどんな花でも美しいでしょ? そういうアレよ」

「それで雅な返しをしたつもりか……?」


 怪訝そうな顔の夫に頓着せず、クラウディアは焼き目のついたベーコンを一口サイズにナイフで切り分け、とろけたチーズにダイブさせた。口に放り込んでしばし、熱さと塩味と旨味を味わう。


「んんんー! 美味しい! あ、いつかテハルに飲みにおいでよ。オススメの居酒屋に連れてってあげる! ここに負けず劣らずの美味しいお店があるの」


 クラウディアは、しっかり咀嚼し終えてビールを一口飲んでから、何事もなかったかのように話を再開した。間が長い。南国育ちゆえなのか、この悠長さにもすっかり慣れたラスティンである。


「十日かけてビールを飲みに? そんな暇はない」

「美人妻と下街で飲む時間はあるのに?」


 クラウディアは唇を尖らせてジョッキにキスをした。チュッ、というリップ音が耳に届き、ラスティンは妻の奔放さを咎める為にわざと顔を顰めてみせた。


「自分で言うか? 滅私ではないと言っただろう。義務として夫として振る舞うのは面倒だが、気の合う同僚と酒を飲む時間ぐらいは自由にさせろ」


 表情ではなく言葉に驚いて、クラウディアは自分の顔を指差す。


「気の合う同僚?」

「契約結婚の相手は、同僚だろう」

「ワーカーホリックらしい発想ねぇ。あ、待ってその腸詰め私の!」


 話しながらラスティンが豚肉の腸詰にナイフを入れたので、彼女は抗議の声を上げた。

 頼んだ料理はしめしあわせたわけでもなく半分こして食べていたのに、珍しく彼が多く取ったのだ。


「また注文すればいいだろう」

「なんで皿に四本あったのに三本も食べたかって話よ」

「好物だから?」


 王様ラスティンは何を咎められてるのか分からずに返事をする。

 腸詰をもっと食べたいのならば、もう一皿頼めば済む話なのに、クラウディアの見解はそうではないらしい。しかし『好物』という言葉には効果があったらしく、彼女はあっさりと矛を収めた。

 こういうサッパリした気性が、今までラスティンの知っていた令嬢達とは一線を画していて小気味いい。

 気分の良くなったラスティンは、一口大に切った腸詰をフォークに刺してクラウディアの口元に持っていった。


「冷徹仕事マンにも好物あるんだぁ……」

「人をなんだと思っている」


 パクリとそれを食べたクラウディアは、何やら物言いたげにモゴモゴとしている。

 結婚して半年の間、契約結婚の二人に夫婦としての関係はない。


 だがラスティンはクラウディアに約束通り研究する場と適切な量のビールを提供し、クラウディアは公務などでは立派な王妃を演じきる。そのコンビネーションはなかなかのもので、事実を知る外交官さえその様子だけなら仲睦まじい夫婦のようだ、と太鼓判をくれた。


 契約結婚ということをなしにすれば、互いに立場も似ているので割と話が合い、気が合い、食事の傾向も合ったので、こうして二人はちょくちょく下街で飲むようになった。


 ラスティンは性格上一人で城下で遊ぶことはしない。しかし、働きづめの彼に息抜きは必要だった。

 それを理解していたのかどうなのか、真意は分からないが、クラウディアはラスティンに城下に連れて行って欲しいとねだったのだ。淑女は城下を一人歩き出来ないとされているウィンダムにおいて、夫同伴で出掛けるのだから誰にも咎められない。


 自由に街を歩きたいクラウディアと、息抜きが必要なラスティン。

 利害の一致である。


 とはいえ。


「今更だけど、あんたってこういうトコ来て平気なの? お命頂戴的な暗殺イベント発生しない?」


 テハルでは自由に街を歩き回っていたクラウディアが、自国の国民性のなせることであって他国では珍しいことは理解している。まして厳格を人の形にしたようなウィンダムの国民性では、本来なら王が城下をウロついているなんて知られたら、格好の的だろうと思ったのだ。

 しかしラスティンは蒸した芋にチーズをかけながらシレッとしている。


「うちは選挙制だと言っただろう。政治情勢が安定している現在、俺を暗殺したところで何も変わらん」

「えーでもライバルとかいるよね? 政敵?」


 世襲ではなくとも、今ラスティンが消えて喜ぶ者もいるだろう。

 クラウディアはラスティンに消えて欲しくはないが、政治が綺麗事だけで出来ていると思う程おめでたくはない。

 しかし、返事をするラスティンは落ち着いたものだった。


「いるにはいるが、普通に議会で争えばよかろう」

「滅私のワーカーホリックは平和ボケしていていけない……あ、私にも芋ちょうだい」

「まだ皿にあるが?」

「一口でいいんだもの」


 自分を暗殺しても誰の得にもならない、と本気で考えているらしい彼に、クラウディアは芋を食べた後に再びビールのジョッキを空にしながら呆れた。

 利益があるから排除するのではない。悪人は、とりあえず排除して出来た隙間に利益を見出す、そういうものなのだ。


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