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1.Win-Winの契約結婚

 

 大陸の北に位置する大国、ウィンダム。

 その王城では、今日も今日とて若き国王ラスティン陛下が、バリバリと執務をこなしていた。


 青みがかった黒髪に、象牙のような白い肌。切れ長の鋭い瞳は黄金色。一年の三分の一を雪で閉ざされるウィンダムでは力仕事は男の役目なので、高貴な生まれのラスティンも肉体労働を厭わない結果逞しい体をしている。

 家臣としてはどこにだしても恥ずかしくない、凛々しく優秀な王なのだが、いかんせん仕事命なので生活に色気が一切ないのだ。


「へ、陛下……その……」


 執務室のデスクの前には、遠い南国・テハルに出向していた外交官が小さくなって立っている。ラスティンは分厚い書類に判を押し終えて、ようやく顔を上げた。


「テハルの第三王女を連れて来た、だと? いらん、追い返せ」


 ギロリと睨まれて、外交官は竦みあがる。


「しかしラスティン陛下、テハルは重要な友好貿易国です。陛下とかの国の王女との婚姻はずっと前から決まっていたことで……」

「それをズルズルと先伸ばしにして、王女全員がそれぞれ別の相手に嫁ぐ時間を稼ぐのがお前の役目だろうが、外交官」


 ラスティンはもう外交官から視線を逸らして、次の書類に取り掛かる。

 ウィンダムは歴史ある大国ゆえに、今となっては無意味に続く慣例や地域に根付いた汚職などが蔓延していて、それらを浄化し適切に政治が行われるように体制を立て直すことは急務。

 そんな経緯で慢性的な人材不足であり、もっとも忙しいのが国王陛下なのだ。


 無理難題を押し付けられた外交官も、ただ縮こまっているだけではない。ここぞとばかりに自分の窮状を訴えた。


「無茶言わないでください! その作戦で第一王女と第二王女が結婚なさる時間を稼いだだけでも褒めて欲しいぐらいなんですから! あそこ、御年三歳の第七王女までいらっしゃるんですよ! 何年牛歩作戦させる気ですか!」


 外交官は泣きついたが、鬼上司はにべもない。


「作戦というのは遂行してこそ称賛を得られるのであって、作戦途中での失敗は罰則の対象だ」

「そんな殺生な!」


 膝をついた外交官は大袈裟に嘆いてみせる。が、ラスティンはそちらに視線を向けることなく、高速で書類を捌いていった。

 と、外交官の後ろでずっとじっと立っていた女が一歩前に出る。


「あのさぁ、あんた達の思惑はどうでもいいんだけど、せめて本人の前でその話すんのやめれる?」


 そのあっけらかん、とした物言いに、さすがにラスティンは顔を上げた。

 見えてはいたが、気にはしていなかった置物が突然話し出したかのような新鮮な驚きがあり、彼はぱちぱちと瞬きをする。


「…………先程から地味な女がいるとは思ったが、まさかコレがそうなのか」


 話し合いでは埒が明かないので、わざと外交官はこの行動を取ったのだ。まさかこの場に渦中の人物がいるとは思っていなかったラスティンは、外交官を再び睨みつける。


「はい……テハルの第三王女、クラウディア殿下です……」


 ようやく紹介された地味な女性、ことクラウディアはズカズカと執務机に歩み寄り、ダンッとそこに手の平を叩きつけた。


「地味とはご挨拶ね。こちとら十日の船旅を経ての堂々登場よ!」


 癖のある長い赤金色の髪がふわりと舞い、南の海のように透き通った碧の大きな瞳がラスティンの顔を睨みつける。

 健康的な小麦色の肌に、しなやかな四肢。クラウディアは敏捷性のある野生の猫のようで、ラスティンは引っ掛かれないように無意識に顔を引いた。

 それを見て、彼女はにっこりと笑う。


「こんな格好でごめんなさいね、着くなりここに連れて来られたものだから。普通、国王陛下に謁見する前に休憩用の部屋とか、風呂とか、豪華なドレスとか、分厚い肉とか美酒とか用意するのが筋じゃなくって?」


 クラウディアにウィンダム公用語でべらべらと立て板に水の如く捲し立てられて、ラスティンは鼻白んだ。口数が多い女である。

 とはいえ相手は友好国の王女。今まではまだしも、彼女の立場を知った以上無下に扱うことは出来ない。


「……これは失礼した、テハルの賓客。部屋を用意するので好きなだけ休んで、飲み食いして、満足したら再度船で十日の旅をしてくれ。ご苦労だった」


 愛想笑いもなくラスティンが言うと、余すところなくその意味を理解したクラウディアは目を剥いた。


「待て待て待て。なに? 私に国に帰れって言ってんの? 友好国との古い約束に従い、テハルの皆に泣く泣く惜しまれて嫁いできたこの私に、どの面下げて帰国しろと?」

「泣くほど惜しまれたのならば、帰国すればまた泣いて歓迎されよう。テハルの国王陛下には失礼のないように書状を書くので、それで問題ない」


 ラスティンの眉間の皺が深くなる。彼は王女に構うよりも仕事がしたいのだ。しかしクラウディアは一歩も引きさがらない。


「当事者の私があるって言ってんだから、あるのよ」

「俺も当事者の片割れだ。俺は問題ないと判断した」

「ああ、何、この偏屈な男! 確かに結婚はしたくない。こんな男と結婚するぐらいなら、今すぐ街に出て石を投げて当たった人と結婚した方がマシだわ」

「おい、石が当たった俺の国民が痛い思いをして可哀想だろう」


 はぁ、と大袈裟に溜息をついてクラウディアが言うと、ラスティンが聞きとがめる。つまらない横槍にクラウディアの整った眉も寄った。


「よーし、牛に当てる。牛と結婚する」

「あなたは、牛が痛みを感じないとでも思ってるのか……?」

「ねぇーコイツ嫌いー!!」


 クラウディアがラスティンを指さして大声で叫んだ。

 しかし執務室には二人と、青い顔をした外交官だけ。取り持ってくれる相手もいないので、仕方なくクラウディアは建設的な話をすることにした。


「よし……まずは、落ち着いて話し合いましょ。なんでうちの王女と結婚したくないの? 実際問題お世継ぎとか必要じゃない。既に隠し子がいる? それとも恋い慕う相手がいるとか? でも王様なんだし、別に誰とでも結婚出来るよね……あ、人妻?」

「隠し子も恋い慕う相手もいない。我がウィンダム国の代表は選挙制だ。俺の血を引く世継ぎは必要ない」


 話の流れがおかしな方向に向かっていることを察しつつ、ラスティンは自分勝手に自分のやりたいことを優先した。つまり、仕事である。

 クラウディアはヨイショ、と机に座っておかまいなしに話を続け、どっちもどっちの光景に外交官の顔色は青を通り越して白くなった。


「ええ? じゃあ異性に興味ないタイプ?」

「結婚に興味がないだけだ」

「うちの姉達、私より美人だよ。私も結構美人の自信あるけど」


 ふぁさ、とクラウディアは自分の髪をかき上げる。なるほど、クラウディア姫は自分で言うのも納得の、魅力的な美女だ。地味なのは旅装の所為で、着飾れば人目を惹きつけるだろう。

 だがラスティンには通用しない。


「美醜は関係ない。俺は国王としての仕事を全うする為にこの椅子に座っているのであって、国王だからという理由で伴侶を得るつもりはない」

「ん-? 難しいな、滅私ってこと?」

「……そこまでストイックじゃない。忙しいので妻を娶っても相手を不幸するだけだ。他の男に嫁いだ方が幸福だろう」

「おっと、何それ優しいじゃん」


 ぱちん、と指を鳴らしてクラウディアが食いつく。意外なことを言われて、ラスティンが顔を上げた。

 すると意外なほど近くに彼女の顔があって、また無意識にラスティンは顔を引く。


「……優しいか? 結婚しても一切相手を構うつもりがない、という宣言だぞ」

「世の中には放っておいて欲しい女もいるもんよ。私がそうだもの。ねぇ、気が変わった、あんた私と結婚しない?」

「は?」


 先程から意外な展開ばかりで、ラスティンはぱかりと口を開く。ちなみに眉間に皺は寄ったままで、クラウディアはそれを見て可笑しそうに笑った。


「私があんたとの結婚に承諾してはるばる十日もかけてココに来たのは、あんたがあからさまに花嫁を必要としてなかったから。一度嫁いだ体にして、追い出された身なら傷心でドコに行くにも自由でしょ? 私、この国で植物の研究がしたくて来たから、追い出されるのって願ったり叶ったりなの」


 クラウディアは足元に置いていた肩掛け鞄から分厚いノートを取り出して執務机に置いた。視線で了承を得てラスティンはページを捲る。

 南国の珍しい植物の特徴や生態、それを北国であるウィンダムでどう育てるか、などの研究がずらりと書かれていて、素人研究の域を出ていることは明らかだった。

 とはいえ、それでハイそうですか、とはならないのが堅物のラスティンだ。


「……さっきと言ってることが違うが?」

「ブラフよ。初手で出て行け、ハイ喜んで、だとうちの大臣達が納得しないじゃない」


 クラウディアがにっこりと笑って片目を瞑ると、音がたちそうだ。溌剌とした彼女の笑顔は、魅力的だった。


「うちのもそっちのも誰も納得しないだろうな。だが、俺ならば強行してあなたを送り返す」

「ねぇーあんたがそんなだから、私もついやっちゃった。本当はもっとしおらしくやり取りして、最終的に渋々受け入れるつもりだったのに、だってあんた性格悪いんだもん。売り言葉に買い言葉、喧嘩は三割増しでも買い取るのが私だからさぁ」


 つまり、最初にラスティンがクラウディアに帰れ、と言ったのは彼女の願い通りだったということだ。しかしラスティンの態度に腹が立って、つい喧嘩腰でここまで話してしまったのだ。


「……あなたの方こそ、街娘みたいな口調だな」

「テハルは南国の島国。自由な気風で王族も砕けた生活を送ってるわ。お高いお嬢様みたいに夫に構われないってメソメソ泣いたりしないし、豪奢なドレスも大きな宝石もいらない」

「……じゃあ、何が欲しいんだ?」


 ラスティンがそう尋ねると、我が意を得たりとばかりにクラウディアはニヤリと笑った。彼の持ったままのノートにトンッと勢いよく指を叩きつける。


「自由に研究できる環境と、冷たいビールぐらいかな」


 その潔い口上を、ラスティンは意外なほど気に入った。

 粘ってみたものの王女との結婚からは逃げられないようだし、ここらが潮時だ。デキる王様は、引き際もよく心得ているのだ。


「では、分厚い肉も付けよう」

「お? 交渉成立?」

「どうやら牛歩作戦は失敗に終わったようだからな。あなたを追い返しても次に第四王女が十日かけて来られては非効率だ」

「ああー妹はめちゃくちゃ甘えただから、旦那が構ってくれないと秒で病むタイプよ」

「なんで姉妹でそんなに違うんだ……」


 クラウディアの言葉に、南国の自由な気風はどこへいった、とラスティンの眉間に皺が戻る。


「知らないわよ、それが個性ってもんでしょ」

「分かった、放置歓迎の花嫁が来てくれたことを幸運に思おう。交渉成立だ」

「やったね! よろしく旦那様」

「こちらこそ、よろしく奥様」


 こうしてテハルの第三王女クラウディアは、ウィンダムのラスティン王と契約結婚をした。


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