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3.心霊治療師の気まぐれボランティア

3.


 翌日、心霊治療事務所を訪れると、昨日と変わらない愛染さんの姿があった。

 僕は荷物を下ろし、コーヒーメーカーへ真っすぐと向かった。

 茶色のフィルターをセットし、コーヒーの粉を入れる。冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきて、コーヒーメーカーへ注いだ。

 水が沸騰するまで時間がかかる。その間、棚から皿を持ってきて、その上に買ってきた缶のクッキーを広げた。

 愛染さんが何事かと観察しているけれど声はかけてこない。

 そうこうしていると水が沸騰したようで、コーヒーの香りが事務所に立った。カップを二つ用意してコーヒーを注ぐ。

 テーブルにちょっとしたお茶の準備が整った。

「良い予感がしないんだけどねえ」

 流石にこうもお膳立てされては、愛染さんも無視はできなかったらしい。帯を挟んで漫画を閉じ、横においた。

「今日はどんな話を持ってきたのかな、君は」

「そのことなんですけど、除霊していただきたい人がいるんです」

 そう口火を切った。

「それは依頼としてかな」

「いえ、個人的な話としてです」

 もっとも、金銭の発生しない依頼を愛染さんは受けようとしない。

 案の定、「ボランティアじゃないんだ。再三言っているだろう」と言われる。

「では、除霊のアドバイスをください」

「そんなのは簡単さ」そう言って小さいクッキーを放り込んだ。

「無視をすればいい」

 突き放すような言葉だった。愛染さんも分かっていて対立しているのだろう。そして正論なんだとも思う。

「話はそれだけか?」

 けれど、どうしても僕は大人にはなれなかった。抗議の眼差しをもってして愛染さんを見返した。

 すると段々と居心地の悪そうな表情に変わっていって、愛染さんは諦めたように肩を(すく)める。それから(さと)すように話し始めた。

「君も分かっているだろう。世の中には多くの幽霊が存在する。その中から特別に一人を選ぶ理由は無い。問題視するのは、悪霊として生きている人間に悪さをする幽霊だけなんだ。君は千年前に生きていた人間の幽霊を見たことがあるかな。あるはずもない。幽霊は時が経てば浄化される。これは霊的エネルギーが時間とともに枯渇するからだ。どの幽霊も穴の開いたバケツを持っているのさ。つまり、悪影響の無い幽霊は放っておいても勝手にあの世へ帰って行くんだ。これで分かっただろう。それでも君は害のない幽霊を除霊しようと考えるのか。そう思うのなら、その理由は考えたほうがいい」

 愛染さんはそう言い終えると、僕がどう考えるのかを待っているのか、真面目な視線を向けてきた。

 そんな話、初めて聞くけれど。

 言われてみれば戦国時代を生きた幽霊を、未だかつて見たことが無い。そんなこと疑問にすら挙がらなかった。

 それに漠然と、幽霊は後悔が晴れなければ一生この世界に囚われているのだろうと思っていた。だから除霊が必要とされている、そう思っていた。

 僕は勘違いをしていたらしい。幽霊は時間が経てば消滅するもので、害が無ければ無視できる存在とのこと。

 僕は、確かになあ、と天井を見上げた。人助けにならないのなら除霊をする理由も無い。未練があって幽霊になったことを思うと、少し悲しい話ではあるけれど。

「分かりました。次からはそうします」

 言い方が引っかかったのだろう。

「次からは、って今回はどうするつもりなんだ」

「もちろん除霊しますけど。もう後には引けないところまで来ているので」

「もう何かしているのか?」

「簡単な調査はしました」

 そう言って僕は話の流れから簡単に幽霊の情報を伝えた。


 幽霊は言葉を話さない。これは僕が見えるだけの人間で、聞こえる人間ではないからだ。

 だから幽霊の特徴を知ろうとするとき、視覚を頼りに、つまり観察から情報を得なければならない。

 今回、僕が遭遇した幽霊は平塚山の鳥居から街を一望する幽霊だった。その幽霊は夕方の五時から七時に現れ、山を這う階段を上った先に立っている。

 その幽霊と出会ったのは偶然だった。シンボルのようにして街の中にある平塚山を一度は登ってみようと思い、ちょうど夕暮れに登ったら、その先にいたのだ。

 幽霊と遭遇するのは珍しいことではない。最初は気にも留めず階段に座って夕日が街に沈んでいくのを眺めていた。ただ一日を無為に過ごした罪悪感を洗い流すために僕は足繫(あししげ)くこの場所に通った。

 幽霊が気になりだしたのは、ふと、この場所に幽霊が存在する理由について一考したからだった。

 この街に執着があって、一望できる平塚山が選ばれたのだろうか。

 しかしその考えはすぐに否定された。第一、幽霊になった原因として弱いように思う。直接話を聞いたわけではないので可能性としてゼロとは言い切れないが、もっと強い動機が無ければ幽霊とはならない。万が一、街への執着からだとしても、五時から七時に限定される説明ができなかった。

 何がそこまで幽霊をこの場所に留まらせるのか。

 その手がかりとして団子屋の店主の話があった。藤島さんの話だ。

 曰く、孫を探すためにこの場所に訪れた過去があるらしい。五時から七時といえば放課後の時間で、遊んでいる孫を呼びに来たのだろうと思う。

 恐らく、そのときに何かがあったのだ。

 調べる限り、死亡事故は平塚山には無かった。店主の話にもそれらしい話は出てこなかったので、事件も事故も無いはずだ。

 だからこの話は神経質な話ではないのだろうと思う。

 見立てとして喧嘩あたりだろうと思った。ある日、平塚山の神社で喧嘩をして、それきり会うことが無くなった。

 その後悔が藤島さんを現世に留めたのだろう。


 僕は夕方になったタイミングで平塚山を登った。今日、ここを訪れたのは、藤島さんを浄化するためだった。

 浄化するには手順を踏まなければならない。まず幽霊の周囲に魔法陣を描く。この魔法陣は愛染さんに教えて貰ったもので、現世とあの世の境界を曖昧にする作用があるらしい。どういう理屈で成立しているのは、しかし、僕が未熟なため教えて貰っていない。というよりも理解ができなかった。

 辛うじて理解したことといえば、この世界には見えない力があるということだけだった。もっとも、世界は言語でできていて、その言語を一部書き換えている。と言っていたのは覚えている。しかし、それが意味するところを真には理解していなかった。

 そこを理解していなくても心霊治療師として支障はない。「どうしてそれが成り立つのかは分からないが、使ってみて上手くいくものに説明は不要だ。そう思えばいい」とも言われていた。だから深くは追求しなかった。

 魔法陣を描き終える。これで魔法陣上は現世とあの世が曖昧になった空間となった。

 後はこの魔法陣の上に立つだけでいい。

 その前に。愛染さんから貰ったアドバイスを思い出す。貰ったアドバイスは「事実を正確に掴め」だった。

 的確だと思う。僕は幽霊を見ることはできても、聞くことはできない。幽霊相手に一方的に話すことはできても、リアクションが分かるだけで、仔細(しさい)な意思の疎通はできなかった。

 除霊する方法として今描いたのと別の魔法陣を利用する方法もある。幽霊から強制的に霊的エネルギーを奪う方法だ。ただ、そんな荒治療は極力選択したくなかった。技術的に高度なことが要求されるというのもあるが、できることなら未練なく心安らかに浄化されて欲しい。

 そこで僕が選択したの特殊な空間で幽霊と相対し、諭して浄化させる方法だった。

 そのために正確な事実を掴む必要がある。そして除霊は滞りなく達成されると思っていた。

 結果から言えば失敗した。甘い考えで挑んでいたことは認めなければならない。けれど、反省してみても、どうして失敗したのかが分からなかった。

 事務所に戻る道中も考えられる可能性をすべて検討した。

 事務所に上がる。

 愛染さんに結果と考察を報告しようと思った。

 すると。

 愛染さんがソファから飛び起きて、出迎えてくれた、わけではなさそうだ。無言でただ近づいてくるので僕は「あの、ええと」とたじろいだ。

 愛染さんの顔が目と鼻の先にくる。誇張でもなんでもなく、本当に数センチの距離に。

 僕は思わず半歩退いた。

 鼻を何度もすんと鳴らしながら顔が下がって行く。匂いが気になるらしい。胸のあたりで止まってまた目の前に顔が上がってきた。

「失敗しただろ」

 その事実を確信したうえで笑っていた。

「え、まあ、そうですけど」

 顔が離れていって、愛染さんに肩を叩かれる。

 どういう反応なのだろう。

「まあ、今回のことは忘れるんだな。世の中には頑固なやつがいるだろ。今回がそうだったのさ」

 そう言って、払うように手が振られるのだった。

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