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GA/借金まみれで夢も希望もなかった僕が××へ行く為の物語  作者: 空場いるか
第一幕 ボーイ↓ミーツ↑ガール
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Λ レストラン2

「おーーーーい!!ユーヤーーーー!戻ってきなさーーーーーい!」

思考の海に浸っていると、突然に耳元で女性の声が爆音で鳴り響く。

「ん?いま、聖書の何ページ迄を読み上げてましたっけ?」


僕は虚ろだった思考を切り上げ、顔を上げて周りを見渡す。何かを口走った気がしたが、それは気のせいだろう。

場所は、先程オードブルを食べた部屋の様だ。

僕のすぐ横には呆れた様に頭を抱えるエレナ、そしては遥か遠く部屋の隅には、今までとは違い、僕と異常に距離を置くライムの姿があった。

そのライムの表情が、理解できない物を見た恐怖に染まっている。

「何かあったんですか?」

「何かあったじゃないわよ」

エレナが大袈裟にため息を吐く。

「ユーヤ。貴方、スープを一口飲んでからメインディッシュが終わるまで、ずっと一人でブツブツ何かを呟きながら、虚ろな目で無我夢中にフレンチを貪ってたわよ。ソース一滴すら残さない勢いだったわ」

「えっ?」


僕は目の前の机に視点を動かす。確かに机には、本日のメインディッシュであったであろう牛肉が載っていた皿が、ほんの少しのソースが残されただけ状態で置かれていた。

美味しすぎて脳味噌が情報に耐えられなかったのだろう。

食べている間の記憶が、全く無い。

これでは、損をした気分になる。

あっ……でも、舌に少し余韻が残ってる。

目を瞑り舌を転がすと、先程食べたであろう牛肉の感触が蘇ってくる。



……神とは存在するのだろうか?


「って、やめなさーーーい!」

「ハべッ!」

頭への鋭い感触で、我に帰る。

「いてててて」

座りながら横を見上げると、エレナが平手を構えている。

僕の気がまたもや飛びそうになると、すぐさま腕を振り下ろさんとする勢いだ。

「何回同じ事をさせるのよ!」

「さっきは殴らなかったじゃないですか!」

「はいー、揚げ足を取らないー」


理不尽だ。

改めて机を見ると、そこには空の皿が。

もう一度口の中に集中すると、またもやチョップが飛んでくるのでそれはしないが、それにしてもこんなに良い物を僕一人で食べてしまって良かったのだろうか?

「エレナさん、本当に食べなくていいんですか?サイドメニューとか、今でも頼めると思うんですけど…… 」

「いいえ、必要ないわ。だって私、食べ物は見ただけで味がわかるもの」

何だ、その凄い特殊能力。めちゃくちゃ欲しい。だって、あれだろ?つまりは、


「お腹は膨れないけどね」


なんてゴミみたいな能力なんだ。僕の見えすぎる目の方が、幾分とマシだ。

「突然哀れんだ表情を浮かべるのは辞めなさい」

「そんなしょぼい特殊能力を披露されたら、こうなりますよ」

「わりと有能なのだけれどね。まあいいわ。それよりも、もう料理は頼まなくていいの?」

「はい。僕はもう満足しました」


満足というよりも、また僕がこの店の料理を食べたら意識が飛ぶこと間違いない。

流石に三回目は許してもらえないだろう。

「そう。なら、単刀直入に言うわ。貴方、私のボディガードにならないかしら?」

エレナは自信満々な口調でコチラを指差す。口調からして、冗談ではないだろう。

「前の中華料理屋みたいな事が起こると困るのよね。そんな時、貴方みたいな頼りになる子が居ると心強いわ。それに、肝心のライムちゃんの事も聞けていないしね」

酒場での借金取りとの一幕を思い出す。

確かにエレナのその見た目では、周りの人間との衝突は避けられないだろう。

それにしても、心強い……か。


その言葉の対象は、僕では無くてライムであるべきだ。僕は、何もできない。

大人しく断るべきか?警察に追われている様だし、きな臭い匂いがする。

「誘いは有難いのですが、「もし受けてくれたら、このお金は全部あげる」

エレナは、机の上の札束を指差す。

「やります。やらせてください」

僕は急いで頭を下げる。


よくよく考えたら、女性が一人で出歩くなんて危険だ。僕が守ってあげなければ。

しかし、どれだけ綺麗事を並べても、視線は札束に釘付けになってしまう。

「ふふふ」

僕が遠巻きに札束の枚数を大まかに数えていると、エレナは口に手を当てて笑い出す。

そんなに僕の姿が滑稽だっただろうか?

僕が訝しげにエレナを見ると、エレナは申し訳なさそうに目の前で手を振る。

「ごめんなさい。本当に貴方って、分かりやすいなって思って」

「分かりやすい…… ですか。違いますよ。僕はただ、欲望に弱いだけです」


欲望のままに、楽な方に逃げていく。

僕の今までの人生からも、それは分かる事だ。

僕こと幽凪幽夜には、何も無い。

楽な方に逃げ続け、借金取りからも逃げ続け、金もない、住む家すらもない。

何も得られない、それは怠惰の象徴だ。

しかし、その怠惰こそが僕にとっての微かに残る欲望の根源。

働きたくない。しんどいのは嫌だ。楽して金が欲しい。


しかし、そんな怠惰を世界は許さない。

だから、こんな世界に認められていない僕は、死ぬべきなのだ。

最もそんな勇断が理由もなく出来るほどに、僕は人間ができていない。

だから仕方なく、その日暮らしを続けている。


しかし、あの机の上の金が手に入れば一年、いや、数年は働かずに暮らせる。

多少の危険は度外視出来る程に、割りの良さがピカイチの仕事だ。断る理由もない。

「欲望に弱い……か。そんなのは誰でもそうよ。ただ皆それを悟られない様に必死に外面を取り繕ってるだけ。それと比べて分かりやすい貴方は、正直者とも言えるわ。だから、私は貴方が信じられるの。だって貴方、腹芸できるような質じゃないでしょ?」

エレナは、再度僕に指差し問いかけてくる。


「確かに、そんな器用ではないですね。それにしても、正直者ですか……。良く言えば、そうかもしれませんね」

「何にしても、受けてくれるなら話は早いわ。早速今晩にでも行きたい所があるのよ。ちょっと遠いからレンタカーを借りていく予定なの。泊まりになるけど、貴方の家族に連絡とかは大丈夫かしら?」

「……家族は、居ません」

エレナの言葉に、僕は出来るだけ感情を出さない様に答えた……つもりだ。

「…… そう。不快な気持ちになったのなら謝るわ」

しかし、どうやら感情が漏れてしまっていた様だ。

僕に対して少し頭を下げるエレナに対して、申し訳なさを感じる。

「良いんです。別に死に別れたわけではなく、ただただ僕が……捨てられただけですから」

「捨てられた…… ?」


エレナは眉を顰める。

確かに、不快な話だ。しかし、自業自得でもある。

「ええ。よくある話です。両親の始めた店が上手くいかなかった。それで多額の借金が生

まれた。だから、ヘンテコな奇行を行う、邪魔で仕方なかった子供を捨てて二人で夜逃げ。

……よくある、話なんです」

そうだ、僕が悪いのだ。

もっと良い人間ならば、もっと使える男ならば、一緒に連れて行ってくれたはずなのだ。

「私はそうは思わないけどね」

「えっ?」

知らず知らずのうちに下がっていた自分の視点をあげると、エレナがやけに不機嫌なオーラを放っていた。


「貴方の自分が悪いみたいな顔、気に食わないわ。悪いのは親よ。子供は我儘であるべきだわ。親には子供を産んだ責任がある。でも、子供には…… 親の機嫌をとる義務なんて無い。好きにすれば良いのよ。たとえ、親の不利益になっても」

エレナは、やたらと不機嫌な声で語る。

その言葉は、途中から僕に向けての言葉ではなくなっていた。

しかし、言いたいことは伝わった。

「エレナさん、見た目によらず優しいんですね」

なんやかんや励ましてくれたのだろう。普段の大胆さとは違うその不器用さに、少し笑みがこぼれる。


「……なによ。こういう時に笑わなくて良いのよ。まったく、もう!」

エレナは先程とは少し違い、少しわざとらしく不機嫌そうな声を出す。

既に先程の不機嫌さは吹き飛んでいるのだろう。僕に分かりやすいと言ったが、どうやらこの人も相当に分かりやすい性格の様だ。

「それじゃ、親に報告義務はないという事で、予定通り今から目的地の今晩の宿に向かうわ。お店のお代を払ってレンタカー借りてくるから、ここで待ってなさい」

そうしてエレナは席を立ち、部屋から出ていく。

大きな部屋に一人取り残された僕。居心地の悪さは長くいた為か、少しだけ緩和されている。


「フフフ」


そんな部屋に、ライムの笑い声が響く。

「ライム、どうかした?」

えらく機嫌の良さそうなライムに、僕は首を捻る。

はて、何か面白いことでもしただろうか?

「ユーヤさん、エレナさんと仲良さそうで。私、すごく嬉しいんです」

「そうかなぁ?」


そんな自覚はないのだが。

「そうですよ!だってユーヤさん、他の誰と話す時も何だか余所余所しくて……。私、ユーヤさんは人間が嫌いなんだと思ってました」

「そんなことはないけど……」


嫌いではない。嫌いではないのだが、苦手なのだ。

「あぁ、そういう事か」

何故人間が苦手なのか、そして何故エレナならば気軽に話せるのか、分かった。

エレナ、そしてライムもそうだが、彼女達は僕にただ普通に接してくれているのだ。

煙たそうにしない、憐れまない、気を遣わない。

ただただ、普通に接してくれる。

だから、こんなにも……楽しく、心地良いのだ。


「有難う、ライム」

「えぇ!私、また何かやっちゃいましたか?!」

ライムは手足をバタつかせ、大仰に驚く。

「ハハハハ!!」


その姿が、あまりにも可愛くて可笑しくて、楽しかった。

本当に、何も無い透明な僕の人生に鮮やかな色が付いたみたいで……こんな日々がいつまでも続けば良いのにと、そう思った。


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