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GA/借金まみれで夢も希望もなかった僕が××へ行く為の物語  作者: 空場いるか
第一幕 ボーイ↓ミーツ↑ガール
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Λ ボーイ・ミーツ・ガール?

「それは、何を作ってるんですか?」

「これは、麻婆豆腐。中華料理の一つだよ」

「すごく美味しそうですね!」

「味、分かるの?」

「完全に想像です!」

「それなのにそんなに楽しそうに話せるなんて、すごい才能だよ。それと比べて僕は……」


麻婆豆腐を作りながらブルーな気分になっている僕の名前は、幽凪幽夜。

そして僕の横で好奇心旺盛に話しかけてくる女性の名前は、ライム。


……僕は今、大衆向け中華料理屋でバイトをしている。

しかし大衆向け中華料理屋といっても、明らかに掃除されていない油で滑る床や、奇妙な装飾でごった返しの店内、極めつけは店内の客同士で横行するドラッグの受け渡し。

これらを見て大衆などと、中華料理屋の頭に付けてよいものかと疑問が残るが、まあよいだろう。

そもそも僕の様な流れ者がバイトできるような場所は、このような場所しか残っていないのだから、未だに都会の奥深くにこういった人間の暗い側面が残った部分があることに感謝しなければ。


店のカウンター越しに料理を作る僕。

出来上がった麻婆豆腐をカウンター越しに、目の前の客である筋骨隆々の男に渡す。

男は乱雑に僕から皿を受け取りすぐに麻婆豆腐を口に含むが、何とも言えない表情を浮かべる。

そして怪訝そうに、こちらに目線を送る。


「姉ちゃん」

姉ちゃんと呼ばれたのは僕だ。

しかし、女と間違われてもしょうがないだろう。

何故ならば僕はオーナーの要望で、チャイナドレスを着せられているからだ。チャイナドレスを着たら、追加で報酬を払うと言われたら、日銭で暮らす僕としてはそうせざるを得ない。

唯一の救いは、自分で言うのもなんだが、この衣装が似合っていることだ。

といっても、僕の特殊な外見上、悪目立ちすることは確定なのではあるが。


「はい。何でしょうか?」

僕の女性より幾分か低い男の声を聴いて、男性は先程より更に怪訝な表情を浮かべる。

「なんだ?姉ちゃんじゃなくて、兄ちゃんかよ。おっと、すまねえ。もしかしてトランスジェンダーだったか?」

「いいえ、ただのコスプレです」

「なんだそりゃ。まあいい、兄ちゃんよ。兄ちゃんの作った飯、この店の飯じゃねえくらい旨すぎる。薬でも入ってんじゃねえだろうな?」

「まさか。何も誇れない僕の、唯一そこそこの才能が料理だっただけです」

「ネガティブだねえ。そんで兄ちゃん、一個だけ聞きたいことがあるんだが、ここらで珍しい名前の日本人を探しているんだ。聞き覚えあるか?」


どうやら料理が上手いといった誉め言葉は、情報を聞き出す為のちっぽけな報酬だったようだ。

そして、男の話す珍しい名前の日本人とは……間違いなく僕だろう。

探している理由も明白だ。


親の残した多額の借金。

日本から新天地のカナダへと移り、新しい事業を起こすことを夢見た両親の一世一代の賭けは、見事に失敗した。


仕方ないことだ。知識も何も蓄えずに、国すら違う新天地で新しく事業を始めようなど、失敗して当たり前である。

しかし問題は、当時十四歳の僕にその多額の借金を残して、二人で失踪したことだ。

最後に見た借金の額面は五千万だったか?

今は利息でどれほどに膨らんでしまったか分からない。


……連れて行って欲しかった。

初めの頃はそうも考えていたが、今となっては幼い僕を連れて隠れられる程に、この世界は甘くない事くらいは理解できている。何故なら、顔写真すらバレていないのに、今もこうして僕に借金取りが迫って来ているのだから。


「いいえ、すいません。見た事ないですね」

僕は借金取りの言葉にとぼける。

「そうかい。ならしゃあねえな。他を当たるか」


借金取りは、その話を聞きたいが為だけに僕に話しかけてきたのだろう。

用事は終わったといわんばかりに、黙々と麻婆豆腐を食べ始めた。

……今回も、どうやら僕はこの外見に救われたようだ。


日本人とは思えない真っ白な肌に、金色の瞳。

そして、日本人の特徴的な黒髪ではなく、世にも珍しい銀髪。


外見だけ見れば、西洋の白人と見られてもおかしくはないだろう。

僕のこの外見は後天的なものではなく、生まれつきのものだ。


眼皮膚白皮症。通称アルビノ。


そう、これは遺伝病だ。

メラニンという肌や瞳、そして毛髪を黒色に構成するための色素が先天的に作れない、もしくは低下する病気。

神秘的な外見ではあるが、紫外線に弱く、皮膚がんの発症率が高いので発症者の寿命は短い。

もっとも時代の進歩により、特殊な日焼け止めでそれを防ぐことは可能であるが、逆に言えば日焼け止めは必須だ。


「日本人って、何ですか?」

借金取りに追われているという現実を目の前に突き付けられてブルーになっている僕に、横からライムが元気よく話しかけてくる。

「日本って国で生まれた人のことだよ」

「へー!国ごとに分けて考えられているんですね!勉強になります!」

ライムは朗らかに笑う。

よく笑う子だなぁ。僕には到底真似できないよ。


「ん?兄ちゃん、何か言ったか?」

「いいえ、すいません。独り言が多いもので」

できるだけ小声で話したつもりだったのだが、どうやら目の前の男に聞かれたようだ。

これ以上悪目立ちしないように気を付けなければ。

それに仕事中に客と無駄話を行い過ぎているので、キッチンの他の従業員から刺すような視線が送られている。

彼らを満足させるために、急いで僕は目の前の次の注文を片付けにかかる。

そんな時だった。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア」

店内に女性の叫び声が響く。

また薬物中毒者の幻覚症状かと思い、そちらに視線を向けると案の定、店の客である女性が叫び声をあげ、ある一点を見ていた。

どんな物が、そんなに恐ろしい幻覚に見えるのだと僕はその視線を追うと、その視線の先には、なんと実際に男が倒れていた。

それも、俯けに倒れた男の首から、血が湧き出た状態でだ。


人殺し。

治安が悪く、良く喧嘩も起こる店内ではあるが、初めての事態。

店内の客も慌てふためく。しかし、その理由は殺人に対しての恐怖からではない。

彼らの慌てる理由は、殺人ではなくその結果による警察の登場。

彼らは皆、なにかしらの後ろ暗いことをしている者達であるから、警察など来ようものならタマッたものではないだろう。

警察が来る前にオサラバしようとする者。

薬で正常な判断ができずに、頭を抱えて叫ぶ者。


色々と居たが、そんな者たちを鎮めたのは、先ほどの借金取りだった。

「おい!どう見ても、こいつが犯人だろ!」

借金取りはそういって、ある人物の腕を掴み上げる。

「えっ!私!」

借金取りに捕まえられたその女性は、確かに見た目だけで判断するならば犯人であった。

目元以外の全てをダボダボの布で覆ったようなファッションに、唯一肌が見える目元には、真っ黒なサングラスがかけられている。

「違うわよ!これは、変装……じゃなくて、ニカーブっていう伝統的な衣装なのよ!ちょっと、貴方、放しなさいよ!」


女性は借金取りから逃れようと暴れるが、力の差もありビクともしない。

「でもオメエさん、真っ先に店から逃げようとしてたよな?」

「ぐっ…… 。でもそれは理由があるのよ!」

「へえ。じゃあその理由とやらを、とりあえず警察の前でしゃべってもらおうか、人殺しさんよ。お前らも動くな!とりあえず警察が来るまで、此処に居とけ!」

借金取りは、この喧噪で逃げようとする人間にも睨みを利かして牽制する。

「俺は何にでも白黒つけたい質でね。悪いが付き合ってもらうぜ」


借金取りはこのような修羅場に慣れているのだろう。

周りに有無を言わさず意気揚々と話す。

この場の誰も彼に逆らわないのは、服の上からでも分かるほどに膨らんだ筋肉と、眉間に深く刻まれた傷跡から漂う、タダものではない雰囲気からか、それとも早くこの茶番を終わらせたいと願っているからか。

実際の所、半々といった所だろう。


「人殺しって確かイケないことですよね?」

「そうだね。人は死んだら何処にも行けないから。……いや、もしあればだけど、天国か地獄かには行けるかも」

「天国?地獄?なんですか、それ?」

ライムは頭にハテナを浮かべる。

「良い行いを一杯した人は死んだら天国に行けて、逆に悪い事ばかりする人は死んだら地獄に行くんだ。天国は凄く良い待遇を受けられる場所なんだけど、地獄は罪を犯した人が裁かれるから凄く悪い待遇なんだ」

「そうなんですね!天国と、地獄か……」


笑顔から一転、顎に手を当てて何やら考え始めるライム。

ライムとそんな話をしている内に、どうやらカウンター越しに見えるフロアでは、事件について進展があったようだ。


「何!凶器がないだぁ!」

借金取りが声を荒げる。

どうやら、周りの人間を使って店の人間の身体検査を行った所、それらしき刃物は見つからなかったようだ。

白黒付けたい性格と自分で言っていたが、まさか犯人探しまで始めてしまうとは。

警察が来るまで待つこともできないようだ。

最も、監視カメラも何もないこの店内で、凶器が見つからなければ犯人など分かる筈もないのだが。


「凶器って、何ですか?」

「凶器って言うのは、人殺しに使った物の事だよ」

「ああ、あれってそう言うんですね。それなら凶器は、さっき叫んだ女性の足の中にありますよ」

「へ?足の中?」

「はい、確かにあります。さっきあの女の人が店の奥まった場所で、男の人に凶器を使ったのも見ました」

「見たって、どうやって?」

「この眼鏡を使って、うーーんって頑張ったら、ちょっとくらい前の事なら見えますので」

ライムはさっきまで着けていなかったのに、どこからか取り出した眼鏡を付けていた。

ちょっとくらい前の事なら見えるって、過去のことか?

本当ならすごいけど……一応、僕も見てみるか。


僕は室内でも着けている紫外線対策用の眼鏡を外して、死体を真っ先に見つけて叫んだ女性を見る。

灰色か……それに、確かに右足に色がついていない。

あれはもしかして……

「あのー、すいません」

「あん?どうしたんだよ、兄ちゃん。あっそういえば、従業員は身体検査してねえな」

「いやちょっと待ってください。その叫び声をあげていたお姉さんの右足……義肢じゃないですか?」


「あん?おい!そうだったのか!?」

借金取りは身体検査を行ったであろう女性に声を掛けると、その女性は頭を縦に振る。

「そうらしいぞ。でも、それがどうしたんだよ」

やっぱり。となると……

「いや、カウンターからチラリと見えたのですけど…… その女性がその義肢に何か仕舞っていた様な……」

「はぁ!あなた、何言ってるのよ!そんな訳ないでしょ!!」

流れを静観していた叫び声をあげていた女性は、僕の指摘に顔を顰めて大きな声を上げる。

「…… はーん。ちょっと見せてみな」

「辞めて!辞めなさい!」

「後ろ暗いことが無いなら、見せられるよなぁ」

女性に近づく借金取り。

そして、借金取りが女性のロングスカートに手を伸ばそうとしたとき…… その女性は右足を振り上げた


「おおっと」


鋭く振り上がる右足。しかしその蹴りを予測していたかのような動きで、借金取りは右足を避ける。


「クソっ」


女性は短く罵声を吐き捨てると、振り上げた右足の太腿に手を当てて、そこに仕込まれた血まみれのナイフを取り出す。

「人間さんって、足があんな風にパカッって開くものなのですか?」

ライムが僕の右足を興味津々に覗き込みながら話しかけてくる。


「いや…… あの人が特殊なだけだよ」

「じゃあ、あの人って凄い人なんですね!」

「ある意味ね」

呑気に話している僕達を他所にカウンター越しに見える店内では、借金取りと人殺しは死闘を繰り広げている。

人殺しは右手に持ったナイフで何度も借金取りに切りかかるも、借金取りは大きな身体に似合わぬ軽快な動きでそれを全て避けきる。

しかし何度も行われるその応酬で、ついに借金取りは体勢を崩してしまった。


その顔に目掛けて人殺しが蹴り上げる右足。

その一撃は改造された義肢によって鋭く強力だ。

だが避け切れないと思ったそんな一撃に対して、借金取りはニヤリと笑うと身体を捻って軽やかに避ける。


「隙なんか有る訳ないだろ、バーカ」

そして右足を蹴り上げて片脚立ちになっている人殺しに目掛けて足払いを行い地面に倒すと、借金取りはそのまま寝技で彼女の首を締め上げて気絶させた。


「ふぅ」

一仕事終えた借金取り。

そうして一件落着かと思いきや、店内に遠くから響き渡るパトカーの音。

その音で店内の客と従業員が我先にと店外へ向けて走り去っていく。

「ちょっ、おい!」

そんな喧噪に包まれた店内でも白黒つけたい性格の借金取りは一人残るつもりか、その場から動かない。


「……ライム、僕たちも行くよ」

「えっ?何でですか?」

「あの人と一緒に警察に取り調べられると、困った事になるんだ」

「そうなんですね!」

僕は走って控室に戻りチャイナドレスを元の服に着替えなおすと、店の裏口から店外に出る。

この裏口からは僕以外には数人の従業員しか出て行かなかったようで、表口よりかは幾分か落ち着いて外に出ることは出来た。

そして店外に出た僕たちは出来るだけ店から遠くへ離れるために、裏道を少し通った後に、大通りに出る……予定だった。


「ちょっと貴方、待ちなさい」

そんな裏道を通る僕たちに、後ろから声が掛けられる。

後ろを振り返ると、そこには店で冤罪をかけられていた、全身を隠した怪しげな女性が立っていた。

「有難う。警察に見つかる訳にはいかなかったのよ」

女性は軽く頭を下げる。

警察に見つかるわけにはいかないとは。この人もこの人で、どうやら善良な一般市民では無い様だ。

しかし、わざわざそれを僕に公表しに来なくても良いのに。律儀なのか、それとも何か他の狙いがあるのか。


「いえ、僕は何も凄い事をしてませんよ。たまたま目に見えた事を、そのまま話しただけですし」

実際の所、過去視で犯人を見つけたのはライムだ。

犯人を鎮圧したのも借金取りだし、本当に僕は何もしていない。

「さっきから出てくる、警察って何ですか?」

怪しげな女性の言葉に、いつものライムの質問が飛んでくる。

「悪い奴をどこまでも追いかけて捕まえる、怖い人達」

「地獄さんと似てますね!」

ライムは目を輝かせる。

「んー。ちょっと違うかな?」


僕がライムと小声で話していると、怪しげな女性は突然近づいて来て、僕の手を握ってくる。

「あーーーー!それよ!それそれ!貴方、さっきの店でもそうだったわ!やっぱりそうよ!間違いない!」

女性の突然の変貌ぶりに、僕は目を白黒させる。

これは、とんでもない人物に絡まれてしまったようだ。

もっとも女性の見た目からして、さもありなんというものでもあるが。


「な、なんのことでしょうか?」

とぼける僕に、その女性は……核心的な言葉を放った。

「貴方!!霊能力者でしょ!!!そうじゃないと精神的な病気でもない限り、さっきから独り言を呟いている道理が無いわ!!」

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