第三十七話 カニ料理!
「おおぉ、カニだ!!」
その日の夕方。
俺たちは来栖さんの歓迎会のため、市の中心街にあるカニ料理店へと来ていた。
店の入り口の上に置かれた、どでかいカニの立体看板。
その迫力に、俺はたまらず息を飲む。
この店、すっごく有名だけど高くてとても手が届かなかったんだよなぁ。
「お兄ちゃん、ここで大丈夫なの?」
那美が看板を見て震える。
予想以上の高級店にすっかりビビってしまっているようだ。
そうだよなぁ、うちはカニと言えばカニカマだもんな。
本物のカニなんて、那美は産まれてから一度も食べたことがないかもしれない。
いや、俺ももしかして食べたことがないのか?
まだ父さんと母さんが生きていた頃、一度だけ食べさせてもらったことがあるようなないような……。
「……ヤバい、俺も急に怖くなってきた! カニ、食べたことないかもしれない!」
食べたことがないと思うと、急に目の前のカニの看板が怪獣のように見えてきた。
カニカマは美味しいけど、カニって本当に美味しいのか?
みんな美味しいって言ってるけど、所詮は人の感想だ。
案外、食べてみたらまったく口に合わないとかかも知れない。
「なにやってんだか。ほら、行くわよ」
「あ、ああ。神南さんは、この店には来たことあるの?」
「何回かね」
「すごーい!!」
慣れた様子の神南さんに、尊敬の眼差しを向ける那美。
すると神南さんは、俺を見ながら笑って言う。
「那美ちゃんも、お兄ちゃんに連れて来て貰えばいいんじゃない?小市民ぶってるけど、何だかんだ最近は稼いでるはずだし」
「いや、討伐者は不安定だから貯金とか投資とかしておかないと」
「桜坂先輩、そんなんじゃモテないですよ~?」
俺の肩に手を置き、来栖さんが笑いながら言った。
それに同調するように、七夜さんがふふっと微笑む。
「男は甲斐性、可愛い妹にたまには奢るべし」
「黒月先輩に言われちゃったら、反論できないじゃないですか」
こうして自動ドアを潜ると、店内はとても広々としていた。
正面には大きな水槽が置かれていて、日本庭園のようなスペースもある。
「ご予約のお客様ですか?」
「はい、19時からの詩条カンパニーです」
「詩条カンパニー様ですね。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
着物の袖を持ち上げ、すぐに案内してくれる仲居さん。
やがて通されたのは奥の和室であった。
床の間には掛け軸が掛けられていて、かなり高級感がある。
この間の焼肉店とはまた違った路線で、いいお店だなぁ。
「久々のカニ、めっちゃ楽しみです!」
「どうぞどうぞ、たくさん食べてくださいね!」
「金出すのは社長じゃなくて俺たちだけどなー」
微妙に不満げな顔をする樹さん。
すぐさま鏡花さんはあははと笑って誤魔化した。
すると今度は、神南さんが何やら警告するように言う。
「たくさん食べて良いとか言わない方がいいわよ」
「どういうことだ?」
「見てればわかるわ」
そう言っていると、仲居さんが大きなカニを運んできた。
おー、すっごいな!
甲羅の部分だけで、俺の顔よりデカそうだ。
足も当然ながら太く立派で、かなり食べ応えがありそうに見える。
「おー、一匹丸ごと!」
「カットもいいですが、この方が楽しいかなと」
「社長はよくわかってる。カニは黙々と自分で身を出すのがいい」
フォークのような器具を使って、カニのみを取り出す俺たち。
しばし、言葉のない時間が続く。
やがて綺麗に身を取り出した俺は、それをカニ酢につけて口に入れた。
すると――。
「おぉ……これが本物のカニ!!」
「うまぁ……!!」
初めてのカニは、身が柔らかくほぐれて独特の甘みと旨みがたっぷりだった。
カニ酢との相性も抜群で、濃厚な味が酸味でしっかりと引き締まる。
カニカマも美味しいけど、本物のカニはやっぱり格別だなぁ……!
このほろりとした食感がたまらない。
那美もカニを食べながら、恍惚とした表情をしている。
「やっぱカニ最高っすね!」
「あ、もうなくなっちゃった!?」
「はえーな、おい!」
いつの間にか、あのでっかいカニが食べ尽くされていた。
これが、神南さんの言ってた見てればわかるの意味か……!
どうやら咲さん、見た目に似合わずなかなかの大食いのようである。
「次はカニ刺し下さい!」
咲さんの注文に応じて、今度は半分に割られた生のカニが出てきた。
へえ、カニって生でも食べられるのか……。
これまた初体験の俺と那美は、ゆっくりと足を口に運ぶ。
すると――。
「んん、うまい!」
「こっちの方が好きかも……」
弾力のある身がぷりぷりとしていて、さらにとろけるような甘さ。
こりゃ、茹でたカニとはまた別のおいしさがあるな。
「カニ刺しはカニ味噌をつけて食べるのがおすすめなのですよ」
「へえ……! ん、こりゃすごい!」
鏡花さんの言ったとおりにすると、再び味わいが変わった。
カニ味噌の苦みが独特のコクと奥深い味わいを引き出す。
そりゃ、みんなカニが大好きなわけだ。
「美味しいな、那美!」
「うん、連れて来てくれてありがとう!」
「お礼なら来栖さんに言ってくれ。今日は彼女の歓迎会だから」
「わかった。来栖さん、ありがとうございます!」
「いやいや、こんなかわいい子ならこっちも大歓迎ですって!」
那美に頭を下げられ、照れくさそうに笑う来栖さん。
そうしたところで、ふと那美が言う。
「しかし、お兄ちゃんの周りってだんだんと女の子が増えてない?」
「そうかな?」
「そうでしょ。神南さんに続いて二人目だよ」
言われてみれば、詩条カンパニーの男女比はだいぶ女性に偏っている。
まあでも、これぐらいならまだよくある範囲じゃないかな?
「言っとくけど、ハーレムには反対だよ。揉めるから」
「ぶっ!? いきなり何を言うんだよ!」
那美の予期せぬ一言に、俺はたまらず吹き出してしまうのだった。
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