第三十六話 戦う決意
「詩条に入りたい、ですか」
来栖さんの申し出に対して、鏡花さんは何とも言えない顔をした。
あれだけ人手不足で困っていると言っていたのに、意外な反応だ。
てっきり、俺の時のように「ありがとうございますです!」ってなるかと思ったのに。
「うちは小規模ですけど、一応は攻略系のカンパニーですよ? 大丈夫ですか?」
「……はい!」
しっかりとした口調で返事をする来栖さん。
その表情は何かを決意したように精悍なものであった。
……しかし、攻略系って何だろう?
俺が首を傾げると、神南さんが呆れたような口調で言う。
「カンパニーの分類よ。ダンジョンの攻略を主な収入源としているカンパニーが攻略系。ほぼすべてのカンパニーがそうだから、わざわざ言われることは少ないけどね。咲が所属してた明星企画ってのがちょっと特殊で、インフルエンサー系の芸能事務所みたいなとこだったのよ」
「そんなカンパニーもあるんですか」
「芸能人化してる討伐者って、結構いるからね。派手なイデアは映えるし」
そう言えば、ネットで有名な討伐者の人とかも結構いたなぁ。
代表例は千鳥の人たちだろうか。
あのカンパニーはちゃんと攻略もしていたけれど、明星企画というのはより芸能方面に特化したところだったらしい。
「でも咲、ほんとにいいの? 戦うの苦手って言ってたけど」
「……逃げられないこともあるって、今回の一件で分かりましたから。だったら、向き合っていこうって決めたんです」
いかに逃げようとしたところで、向こうから来てしまうのは避けられないものな。
今回の誘拐事件で、来栖さんは改めてそのことを痛感したようだ。
……俺も前世で厄介ごとをいろいろと避けようとして来たから、最終的にそこに至るのはよくわかる。
結局、力を付けないことにはどうしようもないことというのがあるのだ。
「…………明星企画の社長さんには、もう話はしてあるのです?」
「社長には、病院の検査が終わってすぐに話しました」
「なんて言われたんです?」
「言うだろうと思ったって」
「あの社長さんらしいのですよ」
うんうんと頷く鏡花さん。
やがて彼女は、大きく深呼吸をして言う。
「わかりました。後で書類を渡すので、まずはそれをきっちり読み通してほしいのですよ」
「それって……!」
「転籍を認めます。ようこそ、詩条カンパニーへ」
一転して、柔らかく穏やかな表情を浮かべた鏡花さん。
すぐさま来栖さんは深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらとしても助かるのですよ。SNSに強い人が不在でしたからね」
「任せてください! 詩条カンパニーを盛り上げまくりますよ!」
腕まくりをして、気合を入れる来栖さん。
よしよし、これで詩条カンパニーも安泰だな。
強力なSNS担当者も出来たことだし、人の応募も増えそうだ。
「さっそく、カンパニーの公式アカウントを任せるのですよ! 来栖さんは動画チャンネルもできますか?」
「はい、そっちもかじってます」
そういうと、来栖さんは『クルクルの秘密基地』なるチャンネルを見せてくれた。
流行りのショート動画を中心に投稿しているようで、既に登録者も五万人もいる。
メインがつぶやきサイトでの写真投稿と考えると、なかなか大した数字だ。
「ほぉ、なかなかの戦闘力ですね!!」
「ショートで伸ばした数字ですけどねー、あはは」
「そんな有望な新人さんには……」
そう言うと、鏡花さんは一拍の間を置いた。
お、このながれはもしかして……。
俺たちがちょっと期待を込めた目で鏡花さんを見ると同時に、彼女は勢いよく言う。
「先輩が、焼肉を奢っちゃうのです!」
「……何で先輩なのよ?」
たまらず神南さんが声を上げた。
俺もあちゃーとずっこけそうになる。
いやいや鏡花さん、前は高い焼肉を奢ってくれたじゃないか。
普段は節制して、使うべきところでパーッと使うのが信条だったんじゃないのか?
俺がそんなことを思っていると、鏡花さんは申し訳なさそうに手を合わせる。
「えー、本来は私が奢るべきところなのですが。ここ最近、みんなの出勤が乱れがちで財政が苦しいのですよ」
「入鹿ダンジョンに潜ってから、けっこう大変でしたもんね」
「そうなのです。あのせいで、黒月さんもちょっと会社を休んじゃって」
「え? そうなんですか?」
自分たちが休んでいたせいで、そのことには気づいていなかった。
ひょっとして、新沢さん関連で何かあったのだろうか?
「はい。その、美人討伐者ってことで一部で人気が出ちゃったみたいで」
「あー……。ネット民に見つかったのね」
「ええ。もともとおにぎりチャンネルとかやってましたしね。黒月さんと今泉さんのペアはうちの収益の柱なので、休みがちになったのがかなり痛くて」
とほほとばかりに、肩をすくめて小さくなる鏡花さん。
むむむ、なかなかうちのカンパニーはうまくいかないなぁ……。
何か、手っ取り早く財政難を解決する方法はないものか。
いやでも、簡単にお金を稼げたら苦労しないしなぁ……。
「しゃーない、今回は私が奢るわ」
「ありがとうございます!」
「それと、カテゴリー3の本格探索もしましょ。咲も増えたことだし」
「ええ、そうだね!」
こうして俺たちの今後の方針が、おおよそ定まるのだった。
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