第三十五話 報告
「そんなことが……」
事件の翌日。
俺たちから報告を受けた鏡花さんは、思いっきり渋い顔をした。
無理もない、俺たちもかなり衝撃を受けたからなぁ。
技研がそこまでなりふり構わずに兵器を作っているとは、流石の鏡花さんも知らなかっただろう。
「しかし、こうなるといよいよ心配ですね。秘密を知った桜坂君と神南さんに対して、また技研が何か仕掛けてくるかもしれないのですよ」
「それについては心配ないだろうって、新沢さんが言ってましたよ」
「新沢さんが?」
「ええ。わざわざ施設の爆破までした以上、国防はすべてをなかったことにするつもりだろうって言ってたわ。だからこちらが暴露でもしない限り、なにもしないだろうって」
そう言うと、神南さんはタブレットを操作してニュースサイトを開いた。
その見出しには『化学工場で爆発事故 原因は未処理の硝酸アンモニウムか?』などと書かれている。
既にマスコミへの根回しは完了しているようで、他のネットニュースもそろって同じ内容で報道していた。
さらに、SNSなどでもそれを特に疑うような声は上がっていない。
流石は国防、情報統制は完璧と言ったところか。
「……なるほど。騒がなければ何もなさそうというのは確かそうなのです」
「新沢さんと炎鳳がバックについてるしね。連中も迂闊なことはできないわ」
「ひとまずは安心ってところなのです」
「おまけに、この事件が派手に報道されてるおかげで私たちの動画はうまいこと忘れられそうよ」
人の噂も七十五日。
新たに刺激的なニュースが出てくれば、そちらに飛びつくのが人の性である。
工場がド派手に吹き飛ぶ映像はインパクトがあり、今はみんなそちらに夢中になっているようだ。
怪我の功名というべきか、思わぬ副産物だ。
「しかし、今回は大変な割に利益がなかったのですよ」
「結局、求人に応募はなかったの?」
「何件かあったのですが……。動画を見てきた冷やかしみたいな方が多くて。うちのカンパニーのカラーには合いそうになかったのですよ」
「あー……」
詩条カンパニーは非常に少数の社員からなる零細企業。
本来の意味で「アットホームな会社」である。
今いる社員との性格的な相性の良さは非常に重要だ。
まして、冷やかし半分で来る人間など雇っている余裕はないだろう。
「まだしばらく、カンパニーの経営難は続くのかしらね」
「せめてあと一人いてくれると、だいぶ楽になるのですが……」
「そうね。三人いればカテゴリー3の本格攻略もしやすくなるし」
やれやれといった顔で呟く神南さん。
戦力的には俺と神南さんでも足りそうだけど、三人いると寝ずの番とか立てやすいからなぁ。
前世で旅をした時も、人数が多いときは圧倒的に楽だった。
最終的にはソロに落ち着いたけど、あの時も使い魔とかを活用してたし。
そんなことを思っていると、不意に事務所のチャイムが鳴る。
「はーい、どうぞです!」
「こんにちは……!」
ドアを開けて中に入ってきたのは、来栖さんであった。
予期せぬ来訪者に、俺たちはたちまち驚いた顔をする。
「来栖さん、どうしてまた?」
「昨日のお礼を言いに来ました! どうぞ、ようかんです!」
そう言うと、来栖さんは地元の有名菓子店の包みを取り出した。
それをすぐさま、鏡花さんが代表して受け取る。
「どうもご丁寧に、ありがとうございますです」
「いえいえ! 助けていただいたんですから当然です!」
来栖さんは俺と神南さんの方を向くと、改めて頭を下げた。
するとたちまち、神南さんがどこか照れくさそうな顔をして言う。
「友達なんだから助けるのは当然でしょ。気にしなくて良かったのに」
「友達だからこそ、こういうのはきっちりするんです!」
「ありがとう。……ところで、新沢さんのところにもいったの?」
「いえそれが、もう朝一のリニアで横浜に帰っちゃったみたいで」
そう言うと、来栖さんは先ほどと同じ包みをもう一つ取り出した。
新沢さんに渡すようとして、別個に用意していたものらしい。
「これも、皆さんで食べちゃってください」
「どうもなのですよ!」
ひょっとして、甘いものが好きなのだろうか?
鏡花さんは少し声を弾ませて、追加のようかんを受け取った。
そしていそいそと、事務所の端に置かれている冷蔵庫へと向かう。
「……それ、私たちが貰ったんだからね。自分だけのおやつにしないでよ?」
「や、やだなぁ。仮にも社長がそんなせこいことしないのですよ」
「そうかしら?」
「信用がない!?」
盛大にショックを受ける鏡花さん。
使う時は使うけれど、普段はせっせと節約してることはみんな知ってるからね。
神南さんにそう言われるのも、まあ仕方ないと言えば仕方ない。
「あの! ちょっといいですか?」
ここで、来栖さんが急に声を大にしてそう言った。
一体なんだろう?
俺たちは話すのを辞めると、彼女の方に視線を向ける。
「昨日からいろいろと考えたんですけど……。私も詩条に入りたいです!」
このタイミングで、マジか。
来栖さんの予想外の宣言に、俺たちはたちまち固まってしまうのだった。
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