第三十四話 爆発
「脳オルガノイドチップって言ってな。昔からいろいろと研究自体はされとった分野らしいで。もっとも、倫理的な問題が大きすぎて一定以上の大規模化は抑制されとったらしいけどな」
「当り前よ。そんなの許されないわ」
神南さんの声が大きくなった。
よほど許しがたいのだろう、感情を露わにしている。
だが一方で、新沢さんは冷静さを保っていた。
その眼にはどこか、あきらめのようなものが見て取れる。
「それだけ、政府がなりふり構っていられなかったってことやな。国家による秩序を支持する連中にしてみたら、一個人が圧倒的な力を握る時代が気に食わんかったってことやろ。気持ちはわからんでもない」
なるほど……前世でも一部の貴族などはそうだったな。
俺のような在野出身の魔法使いが力を持つのを嫌って、魔法教育を制限しようなどという輩までいた。
だが、彼らの言うことがまったくおかしいというわけではない。
既存の体制に属さない超強力な武力を持った個人など、秩序を乱す存在であること自体は間違いないからな。
そのために貴族で魔法の力を独占しようとしたことは、万死に値する愚行だが。
「このチップは預かっとくで。これがあれば、国防といくらかお話しできるかもしれへん」
「交渉材料にするってわけですか」
「そういうことやな」
「……でも、妙ですね。そんなに大事な物なら、何でここで出してきたんでしょう?」
破壊されて正体がバレることにリスクがあるなら、どうして出撃させたのか。
俺たちは疑問に思うが、新沢さんがこともなげに言う。
「多少リスクを冒してでも、S級討伐者との戦闘データが欲しかったってとこやろ。ただ、技研はどうも二人の力を甘くみとったようやけどな」
「なるほど。S級討伐者なんて、世界にも何人もいないですものね」
「せやで、貴重な存在なんやからな」
そう言うと、新沢さんはゆっくりと歩き始めた。
俺たちもその後に続いて、山猫のアジトを出ようとする。
だがここで――。
『まもなく、当施設は破壊されます。直ちに退避してください』
「おおっと!? こりゃ、直接的な手段に出てきおったで!!」
「げっ!? この施設ごと、私たちを消そうってこと!?」
「それ以外あらへんやろ!」
「ひいいいぃっ!? まだ死にたくないですって!!」
慌てて走り出す俺たち。
とはいえ、さっきまでいた場所は施設の最深部。
地上までは討伐者の足でもかなりの時間がかかる。
まずいな、間に合うか?
俺がそう思った瞬間、来栖さんが息を切らし始める。
「うっ、足が……!!」
最悪のタイミングで、強化魔法の反動が来たらしい。
神南さんが苦しげな顔で立ち止まり、足を擦る。
参ったな、俺も神南さんを背負って帰るほどの余裕はないぞ。
新沢さんの方を見るが、彼は既に来栖さんの手を引っ張っていた。
来栖さんの方も、体力を消耗していて支えてあげなければならないようだ。
流石に神南さんの方まで任せるのは厳しいな。
「こうなったら……」
治癒魔法と強化魔法を併用し、無理やりに耐える。
そして神南さんの身体を背負い、どうにかこうにか走り始めた。
「おぉ、大した根性やで!」
「どういたしまして!」
「なら俺も……よいしょ!」
「わっ! ありがとうございます!」
新沢さんの方も、来栖さんの身体を背負った。
そして一気にスピードを上げて、入口の方へとひた走る。
――あと少し!
細い通路を抜けて、入り口の大空間に戻ってきた。
だがここで、絶望的なカウントダウンが始まる。
『破壊まであと二十秒。十九、十八……』
「あかん!! 間に合わんで!!」
「こっち!!」
するとここで、上から声が聞こえてきた。
この声は……七夜さん!?
見上げてみると、エアバイクに乗った七夜さんが上空で待機していた。
俺たちの後を追って、わざわざ来てくれたようだ。
降下してきたエアバイクの車体に、俺たちはすぐさましがみつく。
「このまま脱出する。捕まってて」
ハンドルを捻ると、モーターが激しく唸った。
しかし、流石に本来は一人乗りのバイクに五人は厳しいらしい。
高度は少しずつしか上がらず、容赦なくカウントダウンが進んでいく。
「風よ!」
魔力を振り絞って、風魔法を発動した。
途端に車体が軽くなり、一気に浮かび上がっていく。
そしてそのまま、俺たちが通ってきたのとは違う通用口を通り抜けた。
バイクはその後も高度を上げ続け、みるみるうちに施設から遠ざかる。
「やったで! やっぱ持つべきものは友達やなぁ、黒月ちゃん!」
「あなたを助けに来たわけじゃない。降りて」
「ここで降りたら死ぬわ!」
「大丈夫、S級討伐者は頑丈」
こうして廃工場の敷地の外まで来たところで、七夜さんはゆっくりとバイクを地面に下ろした。
直後、ドォンッと腹の底から響くような爆音が轟く。
大きな火柱が空に昇るのが見えた。
いつの間にか夜になっていた空が、赤々と照らし出される。
あと少し脱出が遅れてたら、流石の俺でも助からなかったかもな。
自分だけならどうにかなったかもしれないが、四人全員は無理だっただろう。
「おーおー、ド派手に吹き飛びおったで」
「こりゃまた、大変なことになりそうですね……」
「ほんと、危機一髪でしたね!」
「ちょっとヤな汗が出て来たわ」
それぞれ、思い思いの反応を示す俺たち。
しかし、何はともあれ……。
「帰りましょうか」
「そうね。もうお腹ペコペコよ」
「じゃあ、詩条組はみんな乗って。新沢は別」
「俺だけ歩きかいな!」
こうして俺たちは、それぞれに帰路に就くのだった。
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