第三十一話 重力
「すごい……力が溢れてくる……!!」
輝く魔法の光に包まれて、神南さんは恍惚とした表情で呟く。
あらゆる種類の強化魔法を併用したことによって、彼女の身体能力は十倍以上にまで引き上げられていた。
そこへさらに、科学の力である機動服の性能も加わる。
恐らく今の神南さんは、先ほどイデアで破った壁を素手でブチ破れるぐらいの力があるだろう。
「これなら勝てるわ。私があいつを斬るから、援護頼める?」
「もちろん、最初からそのつもりだよ。ただし、この強化はそんなに長くは持たないからね」
強化魔法の併用はかなり高度な技術である。
下手をすると身体が耐えきれなくてボロボロになっちゃうからね。
繊細かつ緻密な調整が必要な職人技だ。
俺が神南さんにこれが出来たのも、一緒に何回かダンジョンを冒険して力量をある程度正確に把握したからこそである。
「オッケー、速攻で決めてやろうじゃない!!」
走り出す神南さん。
――速い!!
その動きはまさしく風のよう。
軽やかでしなやかで、それでいてまったく無駄がない。
彼女は瞬く間に鎧のモンスターの前に立つと、剣を振り下ろす。
「やるわね」
――キイイィンッ!!
刹那の抜刀。
モンスターの抜いた剣と神南さんの剣が交錯する。
二人はそのまま打ち合いへと突入し、激しい金属音が響く。
「むむ……!!」
身体強化を経てなお、モンスターの方がわずかに能力では勝るか。
初めは五分に見えた打ち合いも、神南さんがやや押され始める。
しかし、彼女は一人ではない。
「サンダーボルト!!」
青い稲妻が宙を裂く。
雷の中級魔法、サンダーボルト。
威力は他の中級魔法と比べてやや劣るが、発動速度はピカイチ。
戦況が膠着するほんのわずかの間を狙って、正確に鎧のモンスターを撃ち抜いた。
「はあああっ!!」
鎧のモンスターにできたわずかな隙。
それだけあれば、神南さんにとっては十分であった。
形勢が徐々に彼女に傾いていき、モンスターは防戦一方となる。
「サンダーボルト! サンダーボルト!」
形勢不利となったことにより、隙が大きくなった鎧のモンスター。
そこへ次々とサンダーボルトを打ち込み、追い打ちをかける。
威力は低いと言っても中級魔法、連発すればダメージは侮れない。
そしてさらに――。
「効いて来たでしょ?」
にやりと笑う神南さん。
いつの間にか、鎧のモンスターの身体から湯気が上がっていた。
彼女が持つ剣から発せられる高温。
それに晒され、モンスターの体温が次第に上がってきていたのだ。
それも警戒されないように、少しずつ温度を上げていたようである。
一方、神南さん本人は涼しい顔をしている。
どうやら、熱の向かう方向をコントロールしていたらしい。
「いつの間にそんなことが出来るように……!」
以前の神南さんは、戦いが長引くと自らのイデアの熱で体力を奪われていた。
全方位に炎の熱を放出してしまっていたのである。
それを今では、完全にコントロールできるようになったらしい。
まだ出会って数か月も経っていないというのに、驚異的な進歩だ。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか」
セラミックの剣が激しく燃え上がる。
赤々とした炎が煌めき、小さな太陽のような様相を呈した。
抑えきれない熱量が俺のもとにまで達し、肌が焼けるようだ。
鉄が溶けるどころか、蒸発するほどの熱量だろう。
これが当たれば、鎧のモンスターでも耐えられまい。
「決めるっ!! うわああああああっ!!!!」
気勢を上げて、踏み込む神南さん。
だがその瞬間、その身体が急に崩れるようにして倒れた。
それはさながら、見えない何かにぶん殴られたようであった。
これはいったい……なんだ!?
「神南さん!?」
「身体が……なんか急に重くなって……」
床に膝を着きながら、ゆっくりと起き上がる神南さん。
その顔つきは険しく、先ほどまでの余裕は消し飛んでいた。
そんな彼女に対して鎧のモンスターは悠々と近づいていく。
そして――。
「イデアダ」
聞き苦しい、電子音のような声。
だが確かに「イデア」という単語が聞き取れた。
たちまち、神南さんの目が大きく見開かれる。
「ありえない。モンスターがイデアを使えるはずがない……!」
「…………」
「危ないっ!! ウィンドハンマー!!」
質問に答えず、黙って剣を振り下ろそうとしたモンスター。
俺はとっさに風の魔法を放ち、その身体を吹き飛ばした。
ちっ、中級魔法を使ってもノーダメかよ!
すぐさまこちらを睨みつけてきた鎧のモンスターに、俺は顔をしかめる。
やっぱり、さっきまでは全然本気を出してなかったな!
「神南さん、動けますか!」
「……ええ、身体が軽くなったわ」
衝撃から立ち直った神南さんが、すっと立ち上がった。
先ほどまでの重さを全く感じさせない動きを見て、俺は相手の能力を察する。
「厄介だね。こいつ、たぶん重力を操る能力だ」
「重力ねえ……。どうする、何か手はある? はっきりいって、きついわよ」
「しょうがない。神南さん、ここは合体技で行きましょう」
俺がそう言うと、神南さんは少し驚いたように首を傾げるのだった。
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