第二十八話 猫のアジト
「へえ、大阪にもこんなところがあったのね……」
大阪南部のとある工業地帯。
巨大なプラントの立ち並ぶ一角を、俺たち三人はゆっくりと歩いていた。
周囲におよそ人気はなく、プラントはどこもかしこも赤く錆びついている。
十年か、はたまた二十年か。
大阪湾から吹き付ける潮風の中、この場所はずっと放置されているようだった。
「ここのプラント群を運営しとった大企業が、三十年前の混乱で倒産してしまってな。それで違う会社が入手した頃には、ここの設備はもう時代遅れになっとったんよ。せやけど、これだけごっつい設備になると解体するにも金がかかるんで、今までずーっと放置されとるってわけや」
「技術進歩の負の産物ってわけですか」
新沢さんの説明を聞きながら、うんうんと頷く。
三十年前、ダンジョンが日本にもたらしたのは破壊と混乱だけではない。
未知の鉱物資源やアーティファクトによって、加速度的な技術革新が起きたのだ。
それによって日本は息を吹き返したらしいが、その進歩の裏で急速に衰退したものもあったという訳か。
「これだけの範囲が無人ってなると、犯罪組織が隠れるには最適ね」
「おまけに海に面しとるから、武器の密輸とかもしやすい」
「……こんなとこ、よく警察が放置してましたね」
「ま、ここ厳密には私有地やからな。警察も許可を取らんことには中まで入れんのや。一応、外はたまにパトロールしとるみたいやけどな」
ふむふむとうなずく俺と神南さん。
なるほど、お役所にもいろいろ事情があるんだな。
「しかし、二人だけで良かったんか? 黒月にも来てもらえば良かったやん。あいつならそこそこ戦力になったやろ」
「先輩にはあまり迷惑かけたくないですから」
「自分のとこの先輩には配慮して、俺はええんか?」
「そう言って、新沢さんはむしろ喜んでるんじゃないですか?」
神南さんがチクリと刺すように言った。
すると新沢さんは、バレたかとばかりに頭を掻く。
そうか、だから俺からの連絡を受けてすぐに飛んできてくれたのか。
「せやな。桜坂君の実力をこの目で見れるのが楽しみや。その能力、どんなものかはよ見たいわ」
そう言う新沢さんの目には、どこか剣呑な光が宿っていた。
……まずいな、山猫との戦いでは正体がバレないように注意もしないと。
まさか魔法とは見破られないだろうが、俺が扱う力がイデア能力じゃないことはバレる恐れがある。
出来るだけバレないように、使用する魔法の属性は一つに絞る必要があるな。
「さーて、ついたで。ここや」
やがてたどり着いたのは、広大な敷地の中でもひと際背の高い建物の前だった。
巨大な足場の塊ような本体から、煙突のようなものが無数に伸びている。
赤く錆びついたそれは、まるで鉄で出来た巨人。
見ているだけで相当な威圧感があった。
「この中に山猫のアジトがあるの?」
「正確に言うと、地下やな」
そう言うと、新沢さんは建屋の中へと歩いて行った。
そしてすぐさま、錆びついた鉄のドアの前で立ち止まる。
「ほないくで、ここ空けたらもう後戻りはできへんからな」
「はい」
「じゃ、いこか」
鉄のドアを思い切り蹴り飛ばす新沢さん
――ギシャアアアン!!
くの字に折れ曲がったドアが、壮絶な音を立てて吹き飛んだ。
その音が終わらないうちに、ドアの向こうへと足を踏み入れる。
するとそこは、地下へと繋がる工事現場のような広い空間となっていた。
「げっ!!」
既にその下方には、山猫の構成員と思しき人間が十人以上いた。
厄介なことにその手には自動小銃のようなものが握られている。
彼らはためらうことなくそれを構えると、こちらに向かってぶっ放してきた。
「ちっ! 一気に駆け抜けるわよ!」
「はっ! 走るなんてまどろっこしいわい!」
階段を駆け下りようとする神南さん。
一方、新沢さんは手すりを乗り越えてそのまま飛び出してしまった。
おいおい、高さ二十メートルはあるぞ!
俺たちが呆れるのも束の間、難なく着地した新沢さんは周囲にいた山猫の構成員を素手で殴り飛ばしてしまう。
「さっすがSランクね。私たちも急ぎましょ」
「うん」
急いで階段を駆け下りて、新沢さんの後に続こうとする俺と神南さん。
そうしている間にも、次々と山猫側の増援が駆け付けた。
彼らはすぐに俺たちへと狙いを定め、弾丸を放つ。
犯罪組織の割には訓練が行き届いていて、対人戦にはかなり慣れていそうだ。
こういう相手には――これだな!
「ライトニング!!」
指先から稲妻が迸った。
扇形に広がった電流は、瞬く間に数人の男を気絶させる。
それを見た新沢さんはほほうと目を丸くした。
「なかなか、使い勝手の良さそうなイデアやないか」
「ええ、まあ」
「ほな、そろそろ俺もイデアを使おうか」
そう言うと、剣を構えるような姿勢を取った新沢さん。
すると次の瞬間、その手に冷気が集い始める。
「あれは……氷のイデアですか?」
「いえ、そんな単純なものじゃなかったはずよ」
何か知っているのか、俺の問いかけに険しい表情で答える神南さん。
すると新沢さんがこちらを振り返って言う。
「その通り。俺の氷はな、命を吸うんよ」
そう言うと、新沢さんは獰猛な笑みを浮かべた。
命を、吸う?
何とも物騒な能力に、俺は冷や汗をかくのだった。
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