第二十話 来訪、S級冒険者
騒動からおよそ一週間。
その日、俺たちはカンパニーの事務所で緊迫した時間を過ごしていた。
S級討伐者”新沢在一”。
彼がこの日にカンパニーを訪れるとアポを取っていたからである。
アポを取ったと言っても、鏡花さんの話では一方的にこの日に行くからと押し切ってしまったらしいが。
「その新沢って人、どんな人なんですか?」
「うーん、私も懇親会で何回かあったぐらいなんですけど……。軽い人ですねえ」
「軽い?」
「いきなり『姉ちゃんちっこいのう、小学生か?』とか聞いてくるような人ですよ」
そう語る鏡花さんの顔は、どことなく疲れていた。
あー、距離感が近い系の人か。
相当に人懐っこい鏡花さんが疲れているぐらいなので、よっぽどだな。
俺もちょっと苦手なタイプだ。
「でも、実力は完全に化け物よ。油断しない方がいいわ」
「神南さんも、新沢さんについて知ってるんですか?」
「有名人だからね。交流会にも何度か出てるし。……桜坂君は、鷹山ダンジョンって知ってる?」
「えっと、名前ぐらいは」
関東地方にあるかなり大きなダンジョンだったはずだ。
数年前、モンスターが溢れ出してかなり大きな被害が出たとか聞いている。
あの時はテレビでも一日中取り上げられて、大騒ぎだったはずだ。
「鷹山の鎮圧作戦で一番活躍したのが新沢さん。あの作戦ナイトゴーンズからも何人か出向したけど、揃って新沢は化け物だったって言うからね」
「へえ、ナイトゴーンズの人たちがそう言うんですか……」
ナイトゴーンズは日本でも有数の実力派カンパニー。
その主要メンバーならば、トップクラスの討伐者であることは間違いない。
そこから化け物扱いされるなんて、よほど隔絶した実力があるのだろう。
「そう言えば、炎鳳って七夜の古巣よね。新沢さんについても何か知ってるんじゃないの? 今日は姿が見えないけど……」
「あー、黒月さんなら休暇届が出ているのですよ。たぶん、新沢さんと会いたくないんでしょうね。彼女、炎鳳時代のことはとにかく話したがらないので」
「前に炎鳳の話題が出た時も、嫌そうな顔してましたね」
あれは、合同討伐が終わった後の宴会での出来事だったか。
たまたま七夜さんが炎鳳に所属していたことを知った俺は、どうしてそこから詩条へ移って来たのか理由を聞いたんだよな。
そしたら、凄く嫌そうな顔で『言いたくない』って言ったのを覚えている。
よほどのことが無ければ、あんな顔はしないだろう。
「いずれにしても相手はS級討伐者なのです。用心するのですよ。……とは言っても、単に行くとしか言われていないのでよほど大丈夫だとは思いますが」
「何しにくる気かしらね。どうせろくなことじゃないと思うけど」
「分からないのが逆に不気味だなぁ……」
こうして緊迫した時間を過ごすこと、二十分ほど。
とうとう約束の時間になった。
するとそれに合わせるように、事務所のドアがトントンとノックされる。
「どうぞ」
入口の一番近くにいた神南さんがドアを開けた。
するとたちまち、革ジャンにサングラスといういかついファッションをした男が中に入ってくる。
この人が新沢さんであろうか?
意外にも年は若く、二十代半ばぐらいに見える。
「ここが噂の詩条カンパニーかいな。なかなかアットホームな雰囲気やないの」
「お久しぶりです、詩条カンパニー社長の詩条鏡花です!」
「おう、久しぶりやね。一昨年の交流会以来ちゃうか?」
何とも気安い様子で話す新沢さん。
彼はそのまま、事務所のソファへドカッと腰を下ろした。
そして堂々と足を汲むと、目の前に座っている俺と神南さんを見る。
「えっとこっちの子が神南さんやね。だいぶ前に会った覚えがあるな」
「何年か前に挨拶だけはした覚えがあります」
「そうそう、その通りや。で、こっちが問題の……」
俺の目を覗き込んでくる新沢さん。
彼は人差し指でスッとサングラスを持ち上げた。
たちまち、赤と緑のオッドアイが姿を現す。
――ぞわり。
その眼が視界に入った途端、背筋が冷えた。
なかなか大した迫力だ、ヴェノリンドの一流冒険者にも匹敵するな。
「桜坂天人です。俺のことは動画で見たんですか?」
「ああ、せやで。なかなかすごい活躍ぶりやったやないか。俺な、それで興味を持ってここへ来たんやで」
なるほど、そういうことか。
もしかすると、俺が使っている能力に違和感を抱いているのかもしれない。
まずいな、細かく突っ込まれたらいろいろ面倒なことになりそうだ。
「それで、ここへきてどうするつもりだったんですか? 桜坂君に尋問でもするつもりだったんですか?」
ここで、神南さんがためらうことなく話を切り出した。
それを聞いた鏡花さんが、たちまちわわわっと戸惑ったような顔をする。
ここまで一気に確信を突くとは思っていなかったらしい。
すると、新沢さんは笑って言う。
「自分、警察やあらへんし。尋問なんてするつもりは全くないで。ただ興味が湧いたから、話でもできたらなと思って」
「そのためにわざわざ、横浜からここまで?」
「そんなもん、今時はリニアですぐやがな」
そう言うと、新沢さんはゆっくりとソファから立ち上がった。
そして軽く身体をほぐすような動きをして言う。
「せっかくだし、一緒に飯でも食おうや。行きつけの店、奢ったるで」
俺についてこいとばかりに、手招きをする新沢さん。
俺たち三人はお互いに目配せをしつつも、彼についていくことにするのだった。
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