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9 ガイアスを信じて任せた結果(後編)


 そこからも、ガイアスの動きは早かった。


 まず、翌日には父であるガードナー辺境伯に話をつけ、私は未来の義父と義母に挨拶をすることとなった。


「サーシャ嬢、本当にこんな奴でいいのかね?」

「親父、俺を結婚させたいなら黙ってくれ」

「そうよあなた、黙ってちょうだい。私、娘が欲しかったのよ。サーシャちゃん、よろしくね!」


 明るく剽軽な人柄は、どうやら血筋らしい。穏やかで朗らかな義両親に頬を緩めていると、ガイアスが爆弾を投下した。


「それでさ、今週中には籍を入れたい」

「「「!?」」」


 元々、サルヴェニア子爵とウェルニクス伯爵家令息との婚約は、王命によるものだった。

 そのことを考慮すると、私とガイアスの関係についても、婚約程度では王命でひっくり返される可能性がある。なので事を起こす前に、念のため籍まで入れておきたいということらしい。

 話を聞いたガードナー辺境伯は、「なるほど」と頷いている。ガードナー辺境伯夫人は、「あら~、サーシャちゃんたら、今週中にお嫁に来てくれるの? 嬉しいわぁ」とニコニコしている。

 一方、当事者の私は、頭では納得したけれども、あまりの急展開に、心が追い付かず狼狽えていた。


「サイラス子爵代理も、ウェルニクス伯爵も、サーシャを連れ戻そうとするだろうから急ぎたい」

「うむ。この話が本当なら、国王陛下も、王族に取り込もうとするかもしれないしな」

「え?」

「サルヴェニア前々子爵のことは、私も知っているんだよ、サーシャ嬢。直接のやり取りが多かったのは、私よりも、私の父の方だがね」

「お爺様と、閣下のお父様が……」

「うん。君のお爺様は元々、王族や国家中枢部の連中の覚えがよかったんだ。グスタール辺境伯家の三男で、官僚として自力で一代伯爵の地位を手にしていた。子爵程度に収まる器ではないと、彼を知る者は皆、そう認識していたね。それにもかかわらず、彼はあの子爵領をどうにかするために犠牲になってくれたんだ。そういった経緯や、君が幼いころから今まであの子爵領を一人で回してきたという実績を考えると、子爵領から解放された後、王族の配偶者に指名されてもおかしくはないと思う」


 ガードナー辺境伯はそう説明した後、苦笑する。

 王族の妻候補という栄誉ある話をしたはずなのに、目の前の私は引きつった笑いを浮かべているし、ガイアスは嫌そうな顔をして、私の肩をしっかり抱き寄せているからだろう。


「状況は分かった。君たちの婚姻については、おおよそ認めよう」

「おおよそってなんだよ、親父」

「サーシャ嬢。我々がガードナー辺境伯家として君の味方につくのであれば、それ相応の調査を入れなければならないことは分かるね?」

「はい」


 私は神妙な顔で頷く。

 由緒ある貴族の家として動くのであれば、調査の上での実態把握は当然のことだ。

 ガイアスは私の人となりを知った上で、私のことを信じると言ってくれていて、恋人としては嬉しいことだけれども、ガードナー辺境伯家が動くのであれば、ポッと出の私の証言だけを鵜呑みにして動くなどあってはならない。


「それだけじゃあない。事を起こすのであれば、私は国の高官を担う立場として、君を救い出した後の子爵領のことも調整しなければならない。全てが整い、君をこのガードナー辺境伯領に受け入れることについて問題がないと判断した暁には、王家に対して今回の件の注進をする前に、君を我がガードナー辺境伯家の嫁として受け入れることとしよう」

「親父」

「このわがままは聞けないぞ、ガイアス。お前も分かっているはずだ。というより、サーシャ嬢の方が分かっているようだね」

「はい。辺境伯閣下のおっしゃることは、当然のことと存じます。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

「うん、いい子だ。……本当に、愚息(こんなの)が相手でいいのかな?」

「このくそ親父!」


 こうして、私は今回の件の事前準備が終わり次第、ガイアスと籍を入れることとなった。

 ガイアスは今週中に籍を入れられなかったことについて、ずっと文句を言っていたけれども、私は逆に安心した。嫁ぎ先に、あのように理性的な人物が領主としていてくれるということが、本当に嬉しかったのだ。

 しかし、それを伝えてなお、ガイアスは拗ねていた。


「そんなに早く結婚したいの?」

「したいに決まってるだろ!」


 その真っすぐな言葉が、私は恥ずかしくて仕方がないと同時に、とてつもなく嬉しかったので、背中から抱きついておいた。

 ガイアスは空を仰ぎながら、「だからさ……こういうことをされると、もっと早く結婚したくなるからさ……」と苦悩に満ちた声を漏らしていた。よく分からないけれども、ガイアスがより私のことを好きになってくれたのであれば、私は嬉しい。


 こうして、ガイアスはやけくそ気味に調査に乗り出した。


「くっそ。調査が終わればいいんだな、調査が」

「後始末の調整もだ」

「分かってるよ、もう!」


 ガイアスは悪態をつきながら、ガードナー辺境伯が出した調査員とは別に、自分の配下もサルヴェニア子爵領に送り込む。

 そしてそれだけでなく、様々な旧友と連絡を取り始めた。


「そんなに沢山、誰に連絡を取っているの?」

「ん? 貴族学園の同級生たち」

「……?」

「第二王子とか、宰相の息子とか、外務部に勤める高官の息子とか、経済部に勤め始めた悪友とか」


 唖然とした後、私は気が付いた。

 そういえば、目の前の男は、次期辺境伯――要するに、通称『辺境伯』と呼ばれる侯爵位を継ぐ男だった。貴族学園でも、当然のように特別クラスに配属されており、その同級生と言えば、王族や国家中枢部に連なる者たちが殆どのはず。


「貴族学園っていうのは、こういうときのコネクション作りのためにあるんだぞ?」

「知ってはいたけど……。私も通いたかったな」

「サーシャなら、爵位はともかく、成績で特別クラスに入れそうだな」

「あ、やっぱりいいや。そんなことになったら、子爵じゃ肩身が狭いもの」

「優秀な婿を手に入れられたかもしれないぞ? いや、それはだめだ!」

「想像で嫉妬されても」

「俺が貴族学園に通っていた時、恋愛の一つや二つしたかもしれないとか考えない?」

「絶対に許さない」

「想像で嫉妬するなよ」

「本当に想像?」

「待った待った、俺が悪かった」


 墓穴を掘ったガイアス=ガードナーは、私に睨まれた後、その日は半日、必死に愛の言葉を囁いていた。

 嫉妬はしたけれども、半日口説かれたのは、結構、かなり嬉しかったので、お返しに半日、私もガイアスを口説いてみた。

 ガイアスは何故か常に涙目で、何度も目を押さえたり、額にこぶしを当てたり、空を仰いだりして、何かに耐えていた。「そういうちょっとした仕草も格好良くて好き」と言ったら、顔を真っ赤にして「もうやめてくれ!」と(うずくま)る始末だ。正直、かなり楽しかった。結婚後に散々仕返しをされることを、このときの私は知らなかったので、平和なものである。



 そんなこんなのうちに、調査が終わり、今後の作戦を練る段階になった。


「サルヴェニア子爵領だが、侯爵領への格上げを要求しよう」

「侯爵!? あ、あんなに狭いのに……伯爵じゃなくて?」

「そうだ。伯爵程度だと、また嘗められて、どこかの世代で格下げされる恐れがある」

「国の重要地を治めるのは、侯爵の役割だからね。伯爵は、広大で平穏な地を治めるのが役割だ。あるべき形に整えるだけだよ」


 優し気な物言いのガードナー辺境伯に、私はつい、頬が緩んでしまう。

 そうすると、ガイアスが私の肩を引き寄せてきた。


「もう、親父どっかいけよ。これ以上サーシャに近づくな」

「お前、私に嫉妬してどうするんだ」

「親父が優しくするたびに、サーシャが見たこともないような安心した顔をするんだよ」

「サーシャ嬢はお前のことを見ているときは、蕩けそうな顔をしているが」

「辺境伯閣下!」

「サーシャ、そうなのか?」

「私には私の顔なんて見えないもの、知らない!」


 人の顔の話を本人の目の前でするとは、なんという鬼畜親子!

 顔に熱を集めてしまった私に、ガイアスはニヤニヤしながら口元を押さえている。そんな私達二人を、辺境伯はニヤニヤしながら見ている。辛い。この部屋にいるの、本当に辛い。


「それで、サルヴェニア侯爵の当てはあるのか?」

「うん。貴族学園の同級生で、外務官のダナフォール伯爵の長男がいたんだけど、あいつに軽く相談してみたら、乗り気だったよ」

「ふむ……人柄は」

「基本善人だけど、必要な場面では狡猾で、要領の良さがある。特別クラスでの成績も高かった。今は統治部の第三係に配属されていて、学園を卒業して5年程度しか経ってないけど、既に一代子爵の地位は手に入れてる」

「ほう」

「出世欲が強くて、多少の無理は乗り越えるタイプだ。何より、その父が外務部で一代伯爵を担っている。そっちも、領地を持つ永代貴族に興味が尽きないって話だ。悪くない線だと思う」

「そうか。私は、経済部の官僚の、ベルゾラフ伯爵辺りはどうかと思ったが」

「ベルゾラフの息子は長男が騎士だし、二男は俺と同学年だったけど上級クラス止まりだ。三男は優秀で特別クラスに配属されたらしいが、まだ学生だから、今すぐの統治参入が難しいし、経験が足りない」

「なるほど、経験不足の新人をあの地に投入するのはよくないな。あのサルヴェニア前々子爵でも、一代ではサルヴェニア子爵領を完全に落ち着かせることができなかった。最低でも親と子世代ぐらいは優秀な事務官を確保できておいた方がいいだろう」

「決まりだな。ダナフォール一家への打診は親父に頼むよ。あとは、侯爵領への格上げの根回しと」


 根回し、と呟くサーシャに、ガードナー辺境伯は微笑む。


「サーシャ嬢がうちに来たのは、本当にいい選択だった。おかげで、あの子爵領の格上げが現実的なものになった」

「そうなんですか?」

「うん。サルヴェニア子爵領は、主に東部と、あとは副次的に北部の交通の要所だろう? あの地の重要性を知る東部の辺境伯と北部の辺境伯の協力はこぎつけられるだろう」

「元々サルヴェニア子爵領の格上げの話はあったらしいぞ。嫉妬した近隣の下級貴族と、あとは西部、南部の貴族達がもみ消したらしい」

「そこで、南部辺境伯である我がガードナー家が賛同したら、どうなるだろうね?」

「うちの家が決め手ってのも、心躍る話だよな」


 悪い笑みを浮かべるそっくりな二人に、私が固まっていると、二人は私の頭を撫でた後、話をどんどん進めていった。

 棒……私、棒倒しの棒が、南に倒れたから、ここへ来たんだけど……私の幸運の決定的な恩人は、棒? 


「よし、大体の方向は決まったな。私は今から、各地に連絡を取ろう。お前はウィリアムの方の調査だな。進んでるのか?」

「もちろんだ。明日には資料が届く。急ぎだった分、ずいぶんと足元を見られたがな」

「とはいえ、予算内だろう? なら、必要経費だ。じゃあその資料の確認と、ダナフォールへの取次、あとは各辺境伯への根回しが上手くいき次第、宰相閣下に連絡して、国王陛下の予定を押さえるぞ」


 とんとん拍子に進んでいく話に、私は目を丸くするばかりだ。

 そんな私に、ガイアスは肩をすくめて笑顔を見せた。


「どうした。話にはついてこられてるだろ」

「うん……でも、機動力が凄いわ。うちの官僚達だと、こうはいかない」

「そりゃあそうさ。辺境伯家の主と嫡男が最優先事項として取り組んでるんだぞ」


 けらけら笑うガイアスに、私はなんだか胸がドキドキして、思わずその腕に絡みついた。

 そんな私に、ガイアスはニヤリと笑う。


「惚れなおした?」

「うん。大好き」

「サーシャは本当に、罪作りな女だよ……」


 ため息をつく彼に、今度は私の方が笑ってしまう。


「あとさ、お前なんか余裕あるけど、分かってんの?」

「ん?」

「手筈が整うってことは、俺と結婚するってことだぞ」

「あ。え、でも、とりあえず形だけよね? 王命で、婚約解消させられないように」

「何で好きな女と結婚するのに、形だけになるんだよ」


 笑顔のまま固まる私に、ガイアスは不可解そうに眉を顰め、それから、意地の悪い笑みを浮かべた。


「ああ、なるほどな。サーシャ子爵閣下は、とりあえずは形だけの結婚だと思っていたから、色々と余裕綽綽だった訳か」

「……ガイアス様。お待ちください」

「俺のことを煽りに煽っておいて平気そうな顔をしているから、何かと思ったらねぇ」

「わ、悪かったわ。私が悪かったわよ。だから、その」

「形だけにはしないぞ?」


 腕から手を離し、それとなく逃げる私を、ガイアスはじりじりと追い込み、最後は壁際まで追いこんできた。


「式は一年後に盛大なのをやるが、それ以外は普通に結婚だ。ちゃんとプロポーズもすませただろうが」

「ガイアス……」

「そんな不安そうな顔をするなよ。俺と結婚するの、嫌なのか?」

「結婚はしたいけど、困ってる」

「わがまま娘」

「そのわがまま娘が好きなんでしょ」

「そうだよ。心底惚れてる」

「……なら、頑張る」

「またそういう……何で俺達はまだ結婚してないんだ……」


 恥じらいながらも真剣な顔で覚悟を決める私に、ガイアスはまたしても空を仰いでいた。


 こうして、なんだかんだありつつも、私とガイアスは結婚した。


 そして、全ての決着をつけるために、王城へと馳せ参じたのである。





(作者独自の爵位設定コーナー)


【永代貴族の爵位設定】

王族

公爵(王族が臣下に降りた場合)

侯爵(国の重要地を管轄。国の端の土地を管轄すると『辺境伯』と呼ばれる)

伯爵(広く平穏な土地を管轄)

子爵(伯爵より狭い土地を管轄)

男爵(村規模の土地を管轄。領地がない場合もある)



【一代貴族の爵位設定】

主に官僚に与えられる。英雄や研究者、大商人など、国に利する者にも付与。


一代侯爵(宰相職、勇者等、本当に一部の者にしか与えられない)

一代伯爵(中央の課長級以上、地方の部長級以上のイメージ。近衛隊長とかも持ってる)

一代子爵(20年以上官僚をやっていると大抵もらえる)

一代男爵(平民官僚はまずここを目指す。貴族学園卒業者は入庁時から所持。持ってる商人は多数)


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