16 貧困
ソフィアは結局、国を頼った。
この国では、貧民層に物資や資金を分け与えてくれる慈善事業を行っている。
その窓口に行き、自分と母を助けてくれるように願い出たのだ。
ソフィアが名を名乗ったとたん、官僚達はざわつきながら、「サルヴェニア?」と何度も聞き返してきた。
それが屈辱的で、けれどもどうしようもなくて、ソフィアは頭を下げて助けてくれるように訴える。
「何故、ここを頼るようなことに?」
「働き頭の兄が、居なくなって」
「あなたや母君は働かないのですか? もう十五歳を超えていらっしゃるようですが」
「……働き口がありません」
「何をおっしゃいますか。道路掃除でもそこのパン屋でも、働き手を募集していますよ。では、求人に応募して職を手にするまでの数日間、必要な物資を……」
「働き口が、ないんです!」
ソフィアの叫びに、対応した官僚は、不思議そうな顔をして訪ねてくる。
「あなたの言う働き口とは、どういったものを指していらっしゃるんでしょうか」
「……女、とか」
「え?」
「王宮の……いえ、貴族や、お金持ちの家の……侍女、とか」
「ああ、なるほど」
官僚は頷いた後、申し訳なさそうな顔をする。
「ここは夢を追うことを応援するためにお金や物資を渡す場所ではないんです。やりたいことをお金で支援するのは、奨学金になりますね」
「誰もお金を貸してくれないのよ!」
「では、夢を追うためにご自身で稼ぐ必要があります」
わなわなと震えているソフィアに、官僚は目を伏せる。
「数日間、食いつなぐだけの物資をお渡しします。その間に身の振り方をお考え下さい」
****
ソフィアは結局、働くことをしなかった。
何度も何度も物資をもらいに国の窓口に通う。
そうして物資をもらって生活しながら、母ジェニファーと言い争う日々だった。
「ソフィア、なぜあなた働かないの!」
「それはお母様もでしょう! 私は食べ物を手に入れてきてる!」
「私が働くなんてありえないわ! 私は体が弱いのよ!」
「未成年の娘を養うのは、お母さんの仕事でしょう!?」
「それはお父さんの仕事じゃないの! そうよ、あの人が、全部やるって言っていたのに!」
「お父様はもう居ないんだから、言ってもしかたがないじゃない!」
結局、二人の言い争いは何かを生み出すことなく、お互いが疲労したところで終わるのが常だった。
そうして、日々を過ごし、11月になった頃合いだろうか。
母ジェニファーの弟、ジェームズ=ジェファソン子爵がソフィア達の前に現れた。
「この、恥知らずが!」
ジェームズは顔を真っ赤にして、叫んだ。
母ジェニファーの頬を張った彼に、ソフィアは何も言わなかった。
ただ無感動に……いや、胸のすく思いで、それを見ていた。
ソフィアのことを養わない、お荷物な母親が、床に崩れ落ちていく。
「ジェ、ジェームズ」
「お前達はどこまで恥をさらせば気が済むんだ! ソフィア、お前が働きもせずに何度も国に物資をもらいに行くから、親族である私に通知が来たんだぞ!」
「叔父様、ご、ごめんなさい……」
「もういい。お前たちは私が回収する」
母ジェニファーの顔色が明るくなる。
しかし、ソフィアは反対に蒼白になった。
この叔父が、ソフィア達を助けてくれるわけがないのに、母は何を喜んでいるのだろう。
「子爵邸の離れにある別棟にお前たちの部屋を作った。外からの鍵付きだ。与えられた仕事をしない限り、お前たちはそこに居て、一日パン一つとチーズと水だけで過ごすんだ」
「そんなの、生きていけないわ!」
「生きていける。この国の貧民層は、その程度の暮らしをしている。お前達はそれも知らないんだろう。領主一族であったにもかかわらずな」
泣きわめくジェニファーを横目で見ながら、ソフィアは茫然と、今後のことを考える。
「数日後、迎えに来る。何もないと思うが、支度をしていろ」
ジェームズはそれだけ言うと、ソフィア達の家を去っていった。
子爵家に回収される。
そうしたら、きっとソフィアの未来は、真っ暗だ。
子爵邸の別邸に閉じ込められて、誰に見初められることもなく、ただひたすら年齢を重ねていく。
誇りある仕事に就くこともなく、ソフィアの価値を世間に知らしめることなく、終わってしまうのだ。
それは嫌だ。
いやだ、いやだいやだいやだいやだ。
爪を噛みながら、ソフィアはただひたすらに足を動かす。
どうして。
一体どうして、こんなことに!
ふらふらと王都を歩き、さまよいながら、赤くなっていく地面に、ソフィアはだんだんと日が暮れていくことに気が付く。
ふと、自分の顔が濡れていることに気が付いて、泣きながら一人で長時間歩き続けていたことをようやく自覚した。
(……サーシャ姉さんは、きっとこんなことはなかったんだろうな)
奇しくも、サーシャも失踪前に、同じように茫然と涙を流しながら夕日を見たのだが、ソフィアはそのことを知る由もない。
歩き続けていたとはいえ、厚着をせずに家を出てきてしまった。
11月の王都の風は凍てついており、その冷たさがソフィアの心を薙いでくる。
(戻らないと……王都も、さして治安がいいわけではないのだし……)
昔のサルヴェニアほど治安が悪いわけではないが、王都は人が多い。
暗くなる時間帯に、十代の金髪の女が一人、ふらふらと街を歩くのは避けるべきだろう。
そうしてとぼとぼと家に向かって歩いているソフィアに、声をかけた者が居た。
「……ソフィア?」
ぎくりと身を震わせるソフィアに、声をかけた者は構わずに近づいてくる。
「君、ソフィアだろう。僕だよ、覚えてるだろう!?」
「……あ」
ソフィアの若草色の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
どうして、そんな。
こんなところに居るはずがないのに。
けれども、現れた彼は、ふわふわの金色の髪を風に揺らしながら、その碧い瞳を優しげに細めた。
「ソフィア、久しぶりだね。元気に……とは言わないけど、大丈夫かい?」
「わ、私……」
ぼろぼろと泣き出すソフィアに、彼は困ったように微笑んでいる。
今や、ソフィアに優しく話しかけてくれる人は少ない。
彼女のことを知っている人であれば、なおさらである。
けれども、彼は違うのだ。
だって、ソフィアと同じ立場なのだから。
彼女の前に現れたのは、サーシャの元婚約者。
金髪碧眼が眩しい、男爵家の三男、ウィリアム=ウェルニクスである。




