11 子爵家
一週間の道のりを経てようやく辿り着いたジェファソン子爵家。
そこで、ソフィアの祈りは早速裏切られた。
「よくここに来られたな、恥知らずが!」
そう言いながら母ジェニファーを打ち据えたのは、子爵であるジェームズ=ジェファソンだ。
高い音を立てて床に倒れ込んだ母に、ソフィアは呆然と立ちすくんだ。
ジェニファーの弟であるジェームズがソフィア達三人を見る目は冷たいもので、とても身内に向けるものとは思えなかった。
兄セリムは母に駆け寄る。
ソフィアは、目の前で行われた暴力に、身を固くし、動くことができない。
「か、母さん……」
「ジェームズ、何をするのよ!」
「それはこちらの台詞だ! お前達はなんてことをしたんだ!」
「何もしてないわよ!」
「ああ、そうだったな。お前達は、やるべきことを何もしなかった。だからこんなことになったんだ。あれだけ偉そうにしておきながら!」
吐き捨てるように言うジェームズに、母ジェニファーは睨み返し、兄セリムとソフィアは目を伏せる。
「何よ、身を潜めていただけじゃない。そもそも、子爵令嬢に過ぎない私にできることなんてなかったわよ」
「子爵家の令嬢に過ぎないサーシャ=サルヴェニアに押し付けつおいて、この恥知らずが!」
「お、叔父さん! やり過ぎです!」
「やり過ぎなものがあるか! お前達のせいで、このジェファソン子爵家まで巻き添えになっているんだぞ!」
ドン、と突き飛ばされ、セリムはよたつきながらも驚きで目を見開く。
「九歳のサーシャ=サルヴェニアに全てを押し付けた人非人。冷酷な奴らの出自はどこだと、ジェファソン子爵家は貴族達に距離を置かれ始めている!」
「そんな……」
「当たり前だろうが! 私だって、他家の貴族だったら同じようにするぞ!」
ジェファソン子爵家は、窮地に立たされていた。
下級貴族として土地を盛り立てるには、周りの貴族との縁を保つことが必要とされる。なんの名産を産もうとも、関税を高くされては売れるものも売れないし、販売に力を入れてもらえないのであれば、買い手の目に止まることもない。
そして今、ジェファソン子爵家は周囲の領地に縁を切られつつあった。
一週間前、国王主導の下、電報で全国的に周知されたサルヴェニア子爵の失踪の経緯。
それを聞いた周囲の領地から、次々に取引の終了の連絡が入りつつある。
それでも、ジェファソン子爵家にはまだ希望が残っていた。電報と同時に、ガードナー辺境伯から、支援の申し出があったことだ。
今回の件で無駄な恨みを増やさないよう、ジェファソン子爵家が今後も続いていくように、全面的に支援してくれるのだという。
「それなのに、お前達はなんだ! 『助けてくれ、みんなが酷い』だと!? 酷いのはお前達の方だとまだ理解していないのか!」
顔を赤くして怒りに震えるジェームズに、セリムとソフィアは恥じるように俯くばかりだ。
しかし、母ジェニファーだけは、ジェームズを憎々しげに睨みつけている。
「私だって家のことをやっていたわよ! 普通に暮らしていただけなのに!」
「家の仕事など何も知らないくせによく言う! 金を使い、贅沢をしていただけだろう!」
「贅沢なんてしてない!」
「私が爵位を継いだ時も、『サルヴェニアには格が劣る』と散々こちらを貶めて、ドレスや宝石を見せびらかしていただろうが!」
ジェームズの言葉に、ソフィアとセリムは愕然とする。
ジェームズと最後に会ったのは、彼が爵位を継ぎ、子爵となった五年前。
あのとき、ソフィアらは親族達とさほど交流をしなかったが、母ジェニファーは裏でそのようなことをしていたのか。
もしかして、立食パーティーでも、家族以外と会話をした記憶が殆どないのは、ジェニファーの行いのせいで、ソフィア達一家が避けられていたから?
ソフィアは今更ながらに青ざめたけれども、過去に戻ることはできない。
やり直すことはできないし、この場でジェームズの怒りを収める方法も思いつかない。
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その後、ジェームズはソフィア達を家から追い出すと、手切れ金として50万ジェリーを渡してきた。
家の外には、おそらくジェームズが呼んだのであろう馬車が待っている。
「その金で、この子爵領以外の好きなところへ行け。二度と戻るな」
「こ、これじゃ、貴族学園にいけない……」
「当たり前だろうが。なぜ私がお前達に投資しなければならない。全てを聞いても俯いているだけのお前達に」
蔑む視線を向けるジェームズに、セリムもソフィアも、顔を赤くして黙り込む。
そんな二人と、旅立ちのための馬車に先に乗り込み、そっぽを向いてむくれているジェニファーを見比べたジェームズは、ふと、ため息をついた。
「……二年以内に金を貯めれば、復学できる」
「…………叔父さん」
「四年後、お前達とも縁を切る。好きにしろ」
「……」
そのまま、ジェームズは振り向くことなく子爵邸に入って行った。
ソフィアとセリムは、ジェームズを見ながら、ただ呆然と立ちすくんでいた。




