9 休学
それから一ヶ月後、ソフィアは学園に通うのを辞めた。
気持ちとしては通学を継続したかったけれども、教師に肩を叩かれてしまったのだ。
「ソフィア君。君は暫く、休みを取った方がいいんじゃないかね?」
「えっ」
担任教師ノイリスの言葉に、ソフィアは身を固くする。
職員室ではなく、面談室に呼んだ上でこの話を持ち出したのは、ノイリスの優しさなのだろう。
「君の領地の状況は聞き及んでいるよ。当主のサーシャ=サルヴェニアが失踪したと」
「……はい」
「それだけならば、一族の中での領主交代で済むけれども、そうではないらしいね?」
初老に入りかけた彼の視線は、穏やかに諭そうとするもので、ソフィアを敵視するものではないけれども、その結論は変わらないように見えた。
ソフィアが渋々頷くと、ノイリスも頷く。
「学費は払えそうかね」
「……それは」
「ここの学費は高い。中級クラスだから、上級や特別クラスほどではないけれども、それでも平民に捻出することは難しいだろう」
平民と言われ、ギョッと目を剥くソフィアに、ノイリスは動じない。
「こう言ってしまうのは非常に心苦しいことだが、君の家は、サルヴェニア子爵を継ぐことができるのかい?」
「……! 貴族学園の教師は、政治に口を出さないって」
「そうだね。ただ、君の家の者が子爵を継ぐことができないなら、君の家は爵位と領地を失う。そうすればおそらく、学費も払うことができなくなるだろう。我々は政治には口を出さないが、在学資格と学費のことは聞かなければならない」
「……はい。すみませんでした」
「うん。君はお金のことを意識したことはないかもしれないが、平民の若者の一ヶ月分の給与は、18万ジェリー程度のことが多い。手取りだと15万ジェリー程度かな。中級クラスの年間の学費は450万ジェリー。その三十倍だ」
「さ、三十倍……!?」
「特別クラスだと、年間1200万ジェリーはかかるから、それに比べたら良心的だ。それが、君の兄と君の分で、二倍かかる。さらに、君達は寮を利用しているから寮費が別途かかる。工面できそうかね?」
ソフィアは頷くことも、首を振ることもできなかった。
何しろ、家のお金のことを全く知らないのだ。
父サイラスがいいと言ったから、通っている。ただ、それだけ。
領地経営の基礎授業で、税収の勉強をしたことはある。しかし、それは領内の総収入の話がメインで、領民各人の給与を意識したことはなかった。
王宮侍女となった場合の月収も、最初の見習い期間はともかく、基本的に40万ジェリーは下らなかったはずだ。
だから、なんだかんだ、いい年齢の父サイラスが仕事をすれば、学費くらい払ってもらえると思っていた。
しかし、実際はどうなのだろう。
父はこれから、どの程度働くことができるのだろうか。収入はどこから?
ソフィアはまさか、貴族学園を中退し、手取り15万ジェリー程度の仕事をしなければならないのか。
青ざめるソフィアに、ノイリスは事実を淡々と告げる。
「このまま授業を受けるなら、その分の学費がかかる。一時的に休学するなら、最悪の場合、休学開始時点から遡りで中途退学したことにすれば、今年度の学費は二ヶ月分で済むよ」
「先生」
「君の母方のジェファソン家も子爵位を有していたね。サルヴェニア子爵家が爵位を失っても、五親等以内に貴族がいるから、貴族学園に通い続けることができる。在学資格はクリアできるから、あとは学費だ」
「学費だけ……」
「それともう一点、重要なことがある」
そう言うと、ノイリスは居住まいを正した。
「君達一家がサーシャ=サルヴェニア子爵に対してしたことが、もうすぐ明らかになるだろう」
目を見開き、手を強く握りしめたソフィアに、ノイリスは諦めたような、可哀想なものを見るような目を向ける。
「それがどういう結果になるとしても、そのとき君達はこの学園にいない方がいいんじゃないかな」
「……先生」
「今でさえ、他の学生達は、君達に悪感情を隠せないでいる」
ソフィアは俯いた。
彼女とその兄が学園で孤立していることは、担任教師の目から見ても明らかなのだ。
「地方貴族は、関係者の融和を図り、秩序を維持するためにいる。その輪を乱す者に容赦はないだろう」
「……はい」
「身の振り方を考えることだ。ご両親にしっかり相談しなさい」
そうして、ソフィアは悩んだ末、学園を休学することにした。
父サイラスに相談しようと思ったけれども、ソフィアには彼を捕まえることはできなかったのだ。
母に聞いてもわからないの一点張りで大した返事を得られない。
それだけでなく、学園内で孤立していたソフィアはそもそも精神的に限界を感じていたのだ。
兄セリムも同様のようで、ソフィアと時を同じくして休学していた。
そうこうしているうちに、ソフィアの父サイラスは捕縛され、修道院に送られることになったのである。
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