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2 最初の違和感



 サルヴェニア子爵夫妻が事故で亡くなった。


 これは、相当な大事件だったらしい。


 いつも笑顔の父サイラスが、このときばかりは青い顔をしていた。毎日のように家にやってくる大人達の対応をし、毎日家に居た今までと違い、領主官邸へと毎日出かけ、帰りも遅い。

 そして、言葉数も少なくなり、ソフィアともあまり話をしてくれなくなってしまった。


 ソフィアは、それが嫌だった。


(いつまで、こんなことが続くのかしら)


 七歳のソフィアはここで漸く、サーシャの両親がどのように過ごしていたのかに考えをよぎらせた。

 毎日、大人の食卓にも、居間にもくることのなかった、サーシャの両親。

 彼らは一体、何をしていたのか?


(おしごと……)


 ソフィアは青ざめた。

 そうだ、彼らは仕事をしていた。このサルヴェニア子爵領を治めるという仕事。


 そしてそれは、これから彼らの弟である父サイラスが引き継ぐべきものではないのか。


「お父様は、もうおうちに早く帰って来れないの?」


 ソフィアは思わず、母ジェニファーにそう尋ねていた。

 兄セリムも、同じように思っていたらしく、ソフィアの言葉に息を呑んでいる。


 しかし、()()()()()()()()、家で穏やかに過ごしている母は、ソフィアやセリムとは違い、のんびりした顔で答えた。


「どうかしらねぇ」


 ぽかんとしたソフィアは、ハッと我に返って言い募る。


「お母様。お父様は、お仕事が忙しいんでしょう?」

「そうみたいね」

「領地のお仕事じゃないの? お母様は何もしないの?」

「領地のお仕事よ。私には分からないもの」

「え? で、でも、サーシャ姉さんのお母様は」


 そこで、ソフィアは口を閉じた。

 母ジェニファーが、眉を顰めたからだ。

 あの、いつも柔和で、怒ったことのない、母が。


「……そうね。あの方はそうだったわね」

「お、お母様」

「でも、私は他のことで忙しいから」

「他のこと?」

「お母さんっていうお仕事よ」


(え?)


 ソフィアは頭の中が疑問符で一杯になった。

 だってそれは、サーシャの母だってそうだ。彼女は、九歳のサーシャの、お母さん。

 貴族の母は、子育ての大半を乳母に任せる。実際、ソフィアは子ども部屋での多くの時間を、乳母ミルフィと共に過ごしてきた。

 けれども、それを言い出せない。

 七歳のソフィアは、初めて感じる緊張感の中、目を瞬くことも忘れて、母ジェニファーの次の言葉を待つ。


「あなた達の服を買ったり、食事の手配をしたり、家庭教師の手配をしたりしないといけないの。家のことだって、やる人が居ないと今の状態を維持できないのよ?」

「……うん」

「それにね、領地のことは、元々官僚達がやっていたのだから、当主とはいえ、一人や二人、人が欠けてもなんとかなるはずよ。今までだって、毎月のように退職者が出ているんだから、変わらないわ」


 その言葉に、ようやくソフィアは肩の力を抜いた。

 前半の言葉はともかく、後半の言葉は、七歳のソフィアにとって、納得のいくものだったからだ。


(そうよね。たった二人、居なくなっただけ……)


 もちろん、当主が居なくなったのだから、今までの退職者対応とは訳が違うだろう。しかし、似たような事例があるということは、ソフィアの心の安寧を保つには、十分だった。


 そして何より、父サイラスは、再び居間に顔を出すようになったのだ。


 久しぶりに現れた父は、目の下にクマを作って疲労困憊している様子だったけれども、以前と同じように笑顔で、饒舌だった。

 ソフィアはそれが嬉しかった。


「お父様! お仕事が大変なのは終わったの?」

「そうだよ。これからは前みたいに、家に居られる」

「よかった! もう忙しくならない?」

「ああ。できる人に引き継ぐのが私の仕事だからね。漸く落ち着いたようでよかったよ」


 笑うサイラスに、ソフィアも頬を綻ばせる。

 母ジェニファーを見ると、母も優しくソフィアに頷いた。


 ソフィアは本当に、肩の荷が降りたような気持ちで一杯だった。

 母の言っていたことは、本当だったのだ。

 居なくなった人が居るなら、その人の仕事を、他に割り振ればいい。たったそれだけのこと。


 けれども、兄セリムはなんだか、あまり喜んでいる様子がなくて、何かを考えるように静かにしていた。


 ソフィアはなんだかそれが嫌で、その日は無理をしてはしゃいだように振る舞っていた。



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