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2 一代伯爵ダグラス=ダナフォール(後編)



 カーティスの目当ての男、ダグラス=ダナフォールは、王宮にて官僚として働いている一代伯爵だ。


 内々に彼に話をするに当たり、彼をガードナー辺境伯領へ呼びつけ、二ヶ月近くの長旅をさせる訳にはいかない。

 そして、カーティスは国の端の方に位置する領地を管轄する永代貴族であるため、一代貴族のダグラスと違い、単身であれば、王都への転送魔法陣をある程度自由に使うことができる。

 だから、今回の面会場所は王都とした。それだけでなく、情報が洩れにくいように、ガードナー辺境伯王都別邸ではなく、個室のある高級レストランで話をすることにしたのだ。


 カーティスがレストランの個室に足を踏み入れると、そこには既にダグラスが待っていた。

 貴族の礼をする彼を見て、カーティスは目を細める。


(なるほど、これがダグラス=ダナフォール……)


 細い顔、吊り目がちで怜悧な瞳をした、美しい男だった。

 細身で背が高く、猫っ毛ぎみのダークブロンドの髪。五十に手が届こうというこの年で髭を伸ばさず、外交官の武器である笑みをしっかりと顔に貼り付けている。一見柔和そうなその笑顔、しかし、その奥には油断のならない野心の炎が燃えている。

 若い頃は――いや、今でも異性の人気を博しているであろう、色男だ。


 全力でやり手の男であることを示すその()()()()に、カーティスは目を細めた。


(うん。悪くない)


 カーティスは内心ほくそ笑んでいた。

 この男ダグラスは、見た目や表情を整えることの意味合いを分かっている。生まれ持った才でもあり、外交官として磨いてきた技術でもあるのだろう。

 そしてそれは、サルヴェニア子爵領という統治の難所を統べるに当たり、必要なことだ。


 挨拶もそこそこに、カーティスとダグラスは談笑を始めた。


 すぐに侯爵打診の話には踏み込まない。

 食事を伴う接待のマナーだからというだけでなく、カーティスは、ダグラスと面識はあるものの、深く話をするのは今回は初めてであったため、彼とまずは話をしたかったのだ。

 息子の後押し、そして調査結果はあるが、最後は己の目で判断する。それが、カーティスの辺境伯としてのやり方であった。


 メインの肉料理が終わり、デザートが来るまでの間、ようやくカーティスは本題を切り出す。


「実は、サルヴェニアの地を治める人材を探している」


 穏やかに微笑むカーティスに、ダグラスは驚かなかった。

 それどころか、彼も彼で、その穏やかな笑みを崩さず、手に持ったワイングラスを置くと、テーブルの上で手を組んだ。


「爵位は」

「侯爵」

「乗りましょう」


 軽く目を見開いたカーティスに、ダグラスは目を細める。

 カーティスは苦笑した。


「いつからだね」

「ガイアス卿がうちの愚息に話をしたでしょう?」

「全く、仕事ができる男はこれだから怖い」


 肩をすくめるカーティスに、ダグラスは朗らかに笑う。


「それで、どこまで分かっているのかな」

「サルヴェニアの地を治める人材を探していること。あの地の荒れ具合と、必要なもの。荒れた子爵領や、子爵捜索が国王の指示により行われているところを見るに、子爵の婚約者の実家ウェルニクス伯爵家は、今回の件に関して上手く機能していないのでしょうね。あとはそうですね、ガードナー次期辺境伯に最近()()ができたことでしょうか」

「……何故ここから馬車で二ヶ月近くかかる我が辺境伯領のことを、たった一、二週間やそこらで調べ上げているんだろうね」

「外交官が国の端の最新情報を知らない方が怖いでしょう?」

「それもそうだ」


 乾いた笑いしか出ないカーティスに、ダグラスは満足そうに微笑む。


「私は元より、永代貴族になりたいと考えていたのです。そして、その機会があるのであれば、それを逃す気はありません」

「ダグラス卿」

「カーティス辺境伯閣下。あの地を治める者を探しているのであれば、どうかその栄誉を、私に与えてはくれませんか」

「家族への相談は済ませているのかね」

「もちろんです。元官僚の妻と、長男ダニエルは共に来ると言っています」

「ふむ」


 考え込むカーティスに、ダグラスは余裕のある笑みを浮かべながらも、手に汗を握っていた。



 ダグラスは、永代貴族になりたかった。本当に本当に、なりたかった。

 それは、幼いころから力を持て余していた彼の、人生の最終的な目標であったのだ。


 ダグラスは伯爵家の二男に生まれ、その能力は嫡男の兄よりも優れていると、自他ともに認めていた。

 ダグラスの兄はある日、そんな弟に『お前が伯爵家を継ぐべきだ』と伝える。しかし、なんとこの不遜な弟は、『悪いな兄さん。伯爵領では足りない。もっと自力で上を目指したい』と告げたのだ。あの日の兄の度肝を抜かれた顔を、ダグラスは今でも鮮明に覚えている。

 そうして王宮勤めの官僚となり、様々な部署を経験し、外交官として名を上げ、早々に一代伯爵の地位を手にし――そこで、行き詰まっていたのだ。


(永代貴族の枠がない!)


 永代貴族といっても、子爵家レベルであれば、そこそこに入れ替わりもある。ダグラスであれば、今までの功績を利用して問題なく就任することができるだろう。

 しかし、子爵では足りないのだ。

 ダグラスの野心は、その程度の領地経営で満ち足りるものではない。そして何より、そこに空き枠さえあったならば、伯爵業、いや侯爵業ですら、こなす自信があった。


 けれども、伯爵家は穏当に領地を治めていることが多く、戦もない昨今、新たな永代伯爵の地位を設けること自体が少ない。新設の侯爵家に至っては、ここ六十年、例を見ない。


(運よく、近隣の子爵領に空きが出れば、そこを統合して……いや、裏で手を回さないと難しいか……)


 流石のダグラスも、野心のために子爵領をつぶす根回しをするのは躊躇われる。


 もはや永代貴族は諦め、一代侯爵狙いで突き進むべきなのだろうか。


 そう悩んでいたところに、長男ダニエルが今回の話を持ってきたのである。


「父上。飲みの場の話なんだけどさ、これは調べておいた方がいいと思う」


 長男ダニエルによると、ガードナー次期辺境伯はわざわざ王都にやってきて、ダニエルに飲みの場で『仮に永代貴族となる話が出た場合、どうするか』という仮定の話を振ったらしい。「子爵なら受けないな。あとは、話を振ってきた人物が、俺達をどこまで評価しているか次第ってところだ」という息子ダニエルの回答に、ガードナー次期辺境伯は「へぇ、流石だな」と嬉しそうに笑っていたという。


 ダグラスは喝采を上げた。

 『息子を育てていたのはこの時のためかもしれない』という、息子に怒られそうな考えを抱くほどに喜んだ。実際、ダニエルに抱き着いてその思いを口に出してしまったので、その場で「くそ親父!」と怒られた。


 次期辺境伯が関わっているとなると、間違いなく伯爵位以上の領地の話となるはず。

 であれば、飲みの場の噂話程度であっても、裏事情を確かめる価値はある!


 ダグラスはすぐ様、国内の情勢を洗い出した。

 今現在荒れている地、不安定な貴族の一族、そして何より、ガードナー辺境伯領の情報。

 調査の結果、国内で揺らいでいるのは、やはり子爵家以下の貴族の家ばかりであり、伯爵家以上の家は特に変動はなさそうであった。となると、今回仮に伯爵家以上の永代貴族の枠ができるとしたら、領主が失踪したという、統治の難所であるサルヴェニア子爵領ぐらいのものであろう。あの地であれば、統治の難易度故に、爵位を上げる話が出てもおかしくはない。

 そして、国の南端、ガードナー辺境伯領において、次期辺境伯が、()()()()()()()()()()を囲っているとの情報がある。


(なるほど。次期辺境伯が()()を手に入れるために、あの地を治める人材が必要という訳だ。子爵では不足だろうな……とすると伯爵、あるいは侯爵)


 間違いない。

 これはチャンスだ。


 そう考えて応じた会談の場で、カーティスは迷いなく「侯爵」と口にした。


 ならばこの話、受けない選択肢はダグラスにはない。


 統治のための条件については、あとからもぎ取ればいい。そして、例え望んだ程の支援がなくとも、ダグラスには、今まで培ってきた自分の人脈と知恵、侯爵として国から与えられる初期資産により、あの子爵領を治めきる自信がある。

 望む条件を整えるよりも、保留にしている間に、次の候補者に打診が行くことの方が、ダグラスとしては耐え難いのだ。


 だから、ダグラスは全力で、カーティス=ガードナー辺境伯に対し、自らの力をアピールした。


 後は、彼の判断を待つのみである。



 じりじりと手に汗を握るダグラスの目の前で、ふと、カーティスが頷いた。


「うん。人選に間違いはなかったようだ」

「……! では」

「君に、あの地の統治を頼みたい。ここからは、そのための擦り合わせをするとしよう」

「ありがとう存じます、閣下!」


 こうして、ダグラスは、カーティス=ガードナー辺境伯の描く、サルヴェニア子爵領の昇格までの道筋を知った。


 そして、その協力者として、侯爵の地位をもぎ取ったのである。





まだまだ続きます。



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