14 国王の決断とウェルニクス家
こうして、国王アダムシャールは、関係者を呼び出し、ガードナー辺境伯の申し出をおおむね認めることを宣言した。
サーシャ=サルヴェニアの子爵返上を認め、サルヴェニアの地を、サルヴェニア子爵領からダナフォール侯爵領へと改める。
ただし、ウェルニクス伯爵家の処遇については、ヴェスター=ウェルニクス伯爵と、その息子ウィリアム=ウェルニクスと、執務室で面談をした上で決めることとした。
「何故私が、お前達とこの場を設けたか分かるか」
「……いえ。申し訳ないことに、存じ上げません」
国王アダムシャールの問いかけに、ヴェスターもウィリアムもうなだれている。
「二人に聞きたいことがあったのだ」
その言葉に、ヴェスターは気力で顔を上げたが、ウィリアムは床を見つめたままだった。
「ヴェスター。此度の件、お前は何が原因だと思う?」
ビクリと体を震わせた後、ヴェスターは目を泳がせている。
国王アダムシャールが静かに待っていると、彼は何とか、その重たい口を開いた。
「確認、不足でした。私は、サルヴェニア子爵領のことを、知らなかった。……知ろうともしなかった」
「そうだな。覚えているか? お前は昔から私や周囲に、ウェルニクス伯爵家にサルヴェニア子爵領を統合するよう、申し立てていた」
ヴェスターの横にいるウィリアムが、ギョッと目を剥いて、傍らの父を見た。
ウィリアムの表情に、国王アダムシャールは満足げに頷く。
「そして、誰もそれを相手にしなかった。私も、それを止めた。ヴェスター、その理由はもう分かるな?」
「……はい」
「ウィリアム。お前も分かっているようだ」
「は、い……」
「そうか。ならば、お前達はもう、無能ではない」
ハッとして顔を上げるヴェスターに、驚いた表情のウィリアムに、国王アダムシャールは笑う。
「ヴェスター。そしてウィリアム。お前達は、確かにこの国の中枢部にいる官僚達と比較して、優秀とは言えない。それは自分達でも、既に分かっているとおりだ」
「はい」
「だがな、そんなものだよ。地方を治める伯爵以下の貴族は、そんなものだ。何故ならば、そなたたちに必要なのは、我々のような新事業の立ち上げをする力、サルヴェニア子爵領のように困難へ立ち向かう機動力ではない。地権者と融和し、自らの家を盛り立ててくれる関係者を大切にし、今ある現状を維持し、ほんの少しそれを良くしてくれれば、それでよかったのだ。そしてヴェスター、お前はそれが問題なくできていた。だから私は、お前の力を惜しみ、サルヴェニア子爵領に関わらないよう、伝えていたのだ」
ヴェスターは信じられないものを見る目で、国王を見ていた。
ヴェスターは、サルヴェニア子爵領の実態を知り、自らの無力さに打ちひしがれていた。しかも今回の件で、伯爵という爵位も取り上げられることとなる。ヴェスターのせいで、ウェルニクス伯爵家はその伝統を終える。最後に損害賠償の話まで持ち出し、恥をかいて終わった。そのありとあらゆる失態に、自らの無能さに、生きる希望を失うほど、絶望していた。
それなのに、今こんな時に、国王は、そんなヴェスターの能力を評価していたというのだ。
優秀でないヴェスターを知りながら、それでも必要だと考えていてくれていたのだという。
「今回の件、お前達が身の程をわきまえなかったが故に、サーシャ=サルヴェニアの九年間を犠牲とすることとなった。彼女が苦境に耐えられず失踪したことにより、東部及び北部の経済網に甚大な被害が出た。私はそれを、罰を与えずに許すことはない。国王として、人として、それはあってはならないことだ」
「承知しております」
「ヴェスター=ウェルニクス。お前の爵位を二階級下げ、男爵とする」
目を見開くヴェスターに、国王アダムシャールは、もう笑みを見せなかった。
「西部地方の北側に、寂れた村がある。今の領主である男爵は高齢独身のため、領地なしの男爵として引退させよう。縁もゆかりもない土地でやり直すのは、骨だと思う。そしてヴェスター、お前には国の損害を補填する義務があるので、その額を考えると、お前の手元に残る利益の大半は、おそらく生涯に渡り、国が吸い上げることとなる」
「はい」
「今までと違い、顔見知りの地権者もいない。男爵としての生活は、実際に農作に手を出すこともあり、今までとは違った苦労をすることも多いだろう。だが、それをそなたに任せる」
「謹んで承ります。……ご温情、感謝いたします……」
ヴェスターは、涙をこぼしながら、その場に平伏した。ウィリアムも、同じように膝を突いた。
全てを取り上げ、失わせることもできたはずなのに、それをしないのだという。
国王は、こんなにも愚かなヴェスターに、やり直す機会を与えてくれたのだ。
きっと今までのヴェスターであれば、生殺しだと怒り、男爵など逆に侮辱だと腹を立てていただろう。男爵としての仕事をすることもなく、賠償金を払うこともできず、姿をくらませ、または自らの命を絶ち、ウェルニクス伯爵家にさらに泥を塗っていたに違いない。
けれども、これが本当に温情であることを、贖罪の機会であることを、今のヴェスターは理解することができた。
ヴェスターはもう、無能ではないのだから。
こうして、ウェルニクス伯爵家は、その長い歴史に幕を閉じ、西部地方のウェルニクス男爵家としてその形を改めることとなったのである。




