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「まさか……私が旦那様に乱暴されたとおっしゃっているんですか?」
「ええ、その通りです。リーゼ様はご存じないかと思いますが、例え夫婦間でも合意がない性行為は立派な強姦になるんですよ。」
「っ!わ、私は同意の上でしかそのような事はしておりません!」
リーゼは耐え切れず声を荒げて反論するが、クリスは静かに首を振って諭すように言った。
「では、お聞きしますがリーゼ様は行為の際に公爵様から愛を囁かれてますか?キスをされてますか?行為が終わった後も公爵様は一緒にいてくれますか?」
「! それは……」
クリスの問い掛けにリーゼは言い淀む。今、クリスが言った殆どのことをシュベルク公爵はしていないからだ。行為が終わった後、ぐったりしているリーゼを置いて「後処理は自分でやれ」と言ってさっさと自室に戻ってしまうし、行為の最中はキスどころか会話すらなくお互いの吐息が部屋に響くだけで、愛を囁かれたことなんてリーゼを初めて抱いた時に言った『あの一回』だけしかない。
「……どうです?やっぱりないんでしょう?」
「そ、そんなことはありません!私を初めて抱いた時『愛している』と言ってくれましたし、それに……!!」
このままじゃシュベルク公爵が強姦魔になってしまうと思ったリーゼは必死にクリスの言葉を否定しようとする。が、リーゼの言葉を遮るようにクリスの白い手がリーゼの頬に添えられた。
「……リーゼ様、愛の無い営みはただの暴力です。それに……私なら行為の最中に何度だって貴方に愛を囁きます。キスだって何回もします。行為が終わった後も貴方の側から離れません。……それでも、私では夫として不足でしょうか?」
「っ」
真剣なクリスの眼差しにリーゼは口を噤む。そして「どうしてそこまで私のことを…」と呟くと、クリスは困ったような笑みで笑った。
「どうして……と言われると些か困ってしまいますが……でも私は一人で公爵家の為に奮闘する貴方の姿に惹かれてしまったのです。そして、頑張る貴女を助けたいと思った。……こんな理由、おかしいでしょうか?」
「ご、ごめんなさい……私にはよく分からないーー……きゃっ!?」
あまりに真剣なクリスの眼差しに怖気づいたリーゼはクリスの胸板を押し、クリスから離れようとした……瞬間。クリスは突然リーゼを抱き上げてそのまま横抱きにした。こうされてしまえば当然妊婦であるリーゼは床に落ちることを考えて下手な動きは出来なくなるわけで……
「ク、クリス様何を……」
なぜ突然こんな行動に出たの分からず、恐怖に滲んだ瞳でリーゼがクリスに問いかけると、クリスは麗しの貴公子の名に相応しい柔らかい微笑みを浮かべて言った。
「ねえ、リーゼ様はダリア家の家訓を知っていますか?フフフ、知らないんだったら教えてあげますよ。……『欲しいと思ったものはどんな手段を使っても力づくで手に入れろ』です」