7
「な、何を言って……」
「ああ、ごめん。ごめんよ。リーゼのことを傷つけるつもりはないんだ。ただ……いつまでも叶わない想いを抱いているリーゼが可哀想で……」
「お兄様……」
本来ならばここで「お兄様にそんな事を言われる筋合いはないです」と言うのが正しいだろう、とリーゼは思う。しかし、それを口に出す事は出来なかった。何故ならばリーゼ自身もまたこのままシュベルク公爵を好きで居続けても報われることはないだろう、という予感めいたものを抱いているからだ。
「お兄様、私は……」
「うん、分かっているよ。でもね、リーゼ。自分を愛してくれない、ましてや嫌っている相手を好きで居続けてもつらいだけだよ。リーゼだって本当は分かっているんだろ?このままシュベルク公爵を好きでいても幸せになれないことくらい……だったら、リーゼを大切にしてくれるあのダリア家の青年と再婚した方がいいと僕は思う。いいや、リーゼのためだけじゃない。お腹の子のためにも……ね?」
厳しい口調ながら心の底からリーゼを心配している兄の眼差しにリーゼは口を噤む。確かにこれから生まれてくる子供のことを考えれば兄の言う通りにあの青年と再婚した方がいいかも知れない。しかし、リーゼはまだ希望を捨てきれないのだ。だって、あの日の夜……確かにシュベルク公爵は「愛している」と言ってくれたのだから……。
ぎゅうっとドレスの裾を握り、押し黙ったリーゼを見て兄は困った様に溜め息を吐いた。
「ハァ……そっか、分かったよ。確かにこんな大切なことすぐには決められないよね」
「ごめんなさい、お兄様……」
「ううん、謝らなくていいよ。僕も少々強引にコトを進めてしまった自覚があるしね。でも……リーゼ、再婚するにしてもしないにしてもダリア家の次期後継者であるクリス君と仲良くしておいて損はないと思うんだ。だから、ね?これから三人で一緒に我が家の料理長が腕によりをかけて作った昼食を食べないかい?」
そう言ってニコリと兄は微笑む。その微笑みはどこまでもリーゼを気遣うもので……兄の優しい微笑みにつられてリーゼはドレスを握る手をふっと緩めてコクリと頷いた。
こうして、期せずローズ商会のライバルであるフェルチィア大商会の一切を取り仕切る一族の青年クリスと食事を囲むことになったリーゼだったが、さんざん陰湿な嫌がらせをしてきたあのダリア家の人間と思えないほど、彼は穏やかな性格で礼儀正しくそれでいてユーモア溢れる好青年だった。
(まさかダリア家にこんな人がいるなんて……)
クリスの冗談に腹を抱えて笑っている兄を見つめながらリーゼは思う。しかし、そうするとなぜこんな若くて性格も容姿も良い青年が自分の様な何の取り柄もない、しかも子供を身籠っている女の再婚話を受け入れたのか分からなくなる。
(いったい何のために?ローズ商会を乗っ取るために再婚話を受け入れた?でも結婚しなくてもフェルチィアが本気になればローズ商会を乗っ取ることなんてわけもないはず……)
考えても考えてもなぜクリスが再婚話を受け入れたのか分からず、リーゼは疑問符を浮かべながら昼食にしては些か豪華な食事を食べ進め、そのままクリスを交えた食事会は何事もなく終わりを迎える。