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その言葉に公爵の動きがぴたりと止まる。そして次の瞬間。気が付けば公爵はエレーナの胸倉を掴んでいた。
「うぐっ!?エ、エリオット!?何をするの!?」
「どういうことだ?」
「え、え?」
「どういうことだと聞いている!!」
「ど、どういうこともなにも……ダリア家の貴公子が貴方の妻を娶るって話で隣国の社交界は持ちきりよ……?」
困惑の表情を浮かべるエレーナはウソをついているようには見えず、エレーナの話が本当だと公爵は瞬時に理解する。だが、理解した瞬間公爵の心を占めたのは明確な『怒り』の感情だ。その怒りの理由が「まだ婚姻関係が続いているのに関わらず自分の許可なく勝手に再婚しようとしている妻に対する怒り」なのか、はたまた別の理由なのか公爵は自分でもよく分からなかったが、激情に突き動かされるままエレーナの胸倉から手を離して執務室から出ていこうとする。と、慌てた様子でエレーナが公爵の腕を掴んだ。
「ちょっと待って!エリオットどこに行くつもりなの!?」
「決まっているだろう!あの女のところだ!」
「あの女のところって……まさか子爵家の女のところ!?な、なんで?だって離婚するほどあの女が嫌いなんでしょう……?」
「当たり前だ!あんな子作り以外何も取り柄がないような女なんか大嫌いに決まっているだろう!!」
「だったらなんで……」
「そんなの……だ……」
「え?今なんて?」
「ええいうるさい!とにかく私は行くぞ!」
公爵はそう叫ぶ様に言うと自分の腕を掴むエレーナの手を乱暴に振り払い、止める間も無く執務室を出て行ってしまった。そして一人残されたエレーナは呆然としながら呟く。
「一体どういうことなのよ……?」
◇◇◇◇◇
「初めまして。僕の名前はクリス・ダリア。貿易王として名高いガルシア・ダリアの甥っ子です。」
公爵が執務室を出て行った同時刻。亜麻栗色の髪をした柔らかい微笑みを浮かべる好青年にちゅっと手の甲に口付けを落とされながらリーゼは「だ、騙された…!」と思っていた。だが、リーゼを目の前の青年と引き合わせた張本人である兄は口元に指を当てクスリと笑みを零す。
「ふふふ、初めましてだなんて……クリス君も冗談が上手いね」
「とんでもない!こうやって面と向かってリーゼ様とお会いしたのは本当に初めてで……」
「でもリーゼとは何回か会ったことがあるんだろ?」
「え、ええ……まあ、叔父上の仕事の手伝いで何回かお会いしたことはありますが……でもその時は正体を隠しておりまして……」
「ん?そうなのかい?ダリア家に行った時『子供がいようが関係ありません!必ずリーゼ様を幸せにします!』なんて言って二つ返事で再婚の話を了承してくれたから面識があるかと思ったよ」
「っ!ラ、ラルス様!それは内緒だって……!」
「おっと、そうだったね」
どうやら秘密にしておきたかったことを暴露されてしまい慌てるクリスの姿を見て、兄はクスクスといたずらっぽく笑う。まるで親しい友人の様な雰囲気を漂わせる二人だったが、リーゼは二人の会話から聞こえてきた『ある言葉』に驚いて慌てて兄の服の裾をグイッと引っ張った。
「お、お兄様!」
「おっと、どうしたんだい?」
「どうしたんだい?じゃなくて!ちょっとこちらに来て下さい!」
「え?ちょっ、なになに」
強引に兄の手を引き、無理やり部屋の隅まで連れていくと、リーゼは小声で兄に詰め寄った。
「お兄様!私が再婚するってどういうことですか!?」
「どういうこともなにもそのままの意味だけど……ああ、さんざんローズ商会の邪魔をしてきたダリア家の人間と騙し討ちみたいな形で会わせたから怒っているのかい?」
「っ!そういうことじゃありません!どうしてまだあの方の妻である私に再婚の話だなんて……!」
「でも、シュベルク公爵はリーゼのことを愛していないよ?」
兄の口から放たれた鋭利な言葉にリーゼはヒュッと息を飲み込んだ。