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無論、この要求に対してシュベルク公爵は強い拒絶の意を示した。が、由緒正しきシュベルク公爵家を自分の代で終わらせることは出来ないと言う想いから泣く泣く……本当に泣く泣くこの要求を受け入れた。こうしてリーゼは想い人であるシュベルク公爵と結婚することになったのだが……リーゼにとって最初の一年目はとても辛いものだった。まず、ほぼ脅しに近い要求によって無理矢理結ばれた婚姻故にシュベルク公爵はリーゼの事をとても嫌っていたし、そもそも公爵を手酷く振ったあの令嬢のせいでシュベルク公爵は女嫌いになっていたところがあった。だから、シュベルク公爵はリーゼの事を徹底的に無視し、必要最低限の事しか話してくれず……酷い時は暴言を吐いてくる事さえあった。しかし、それでもリーゼは耐え続けた。そして少しでも公爵の負担を減らすために自分に出来ることならなんでもやった。例えば公爵家の収入を増やすために商会の経営に手を出してみたり、お茶会に参加しまくって最底辺に落ちていた公爵の評判を上げるために貴婦人達と親しくなってみたり、公爵が執務で疲れていたらすかさずハーブティーを差し入れたり、と……。その甲斐あってか、結婚一年半が経ったあたりから公爵のリーゼに対する態度が少しずつ軟化していき、二年半を過ぎたあの日の夜にーーー……
「リーゼ?」
そんな過去の出来事を思い出していたリーゼは突然掛けられた声にびくりと身体を震わせる。そして慌てて顔を上げるとそこには心配そうな顔をした兄の姿があった。
「お、お兄様?どうしてこちらに……」
「いや、仕事がひと段落したからリーゼと昼食を食べようと思って部屋に行ったら庭園にいると言われてね。でも、どうしたんだい?そんなに悲しい顔をして……」
「……そ、それは……」
「……もしかして、シュベルク公爵の事を考えていたのかい?それだったら心配しなくても大丈夫だよ。あれから特に何も言って来ないし、何か言ってきてもお兄様がちゃんと追い返すから安心して。ね?」
「……でも、お兄様……」
「それにほら。妊婦さんがいつまでもそんな薄着でこんな寒いところにいたら体に触るだろうし、そろそろ屋敷の中に戻ろう。ほら、手を貸してあげるから」
リーゼを労わる優しい兄の眼差しにリーゼは言いかけた言葉を飲みこみ、黙って頷く。そうして兄の手を借りて立ち上がったリーゼは大輪の花を咲かせた白薔薇をちらりと一瞥して美しい庭園を後にした。
◇◇◇◇◇◇
一方そのころ。
「くそっ!一体何なんだ揃いも揃って……!!」
公爵家の執務室に苛立ちに満ちた公爵の声が響く。その手には『公爵家の使用人を辞める』といった旨が書かれた手紙が握られており、それは公爵が持っているものだけではなく、執務机の上には既に十数枚もの手紙が積み重なっていた。これらは全て妻が実家である子爵家に帰った次の日から使用人達から手渡されてきたもので、すでに半数近くの使用人達の忠誠は公爵家の当主である自分ではなく妻のものになっていたという紛れもない証拠で……プライドの高い公爵の神経を苛立たせるものとしては十分だった。
(まったくなにが『旦那様には失望しました』だ!!どうせ給金を払っていたあの女がいなくなったから辞めたんだろうがっ!!どいつもこいつも……結局は金か!!あんなに優しくしてやったのに公爵家に金がないと分かるや否やこの私を裏切り見捨てたあのクソ女のように……!!)