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◇◇◇◇◇
そして、それから一週間の時が流れーー……
「……」
王国随一の資産家である子爵家の庭園の片隅に沈んだ顔をした女性が座っていた。彼女の名前はリーゼ・シュベルク。シュベルク公爵家当主の妻にして、かつて子爵令嬢としてこの美しい庭園がある屋敷に住んでいた。だが、今の彼女はまるで魂がない人形の様に虚ろな目で庭園を眺めている。というのも、つい一週間前、夫であるシュベルク公爵から離婚を言い渡されたからである。
「まさか……あんなに嫌われていたなんて……」
リーゼは虚空を見つめながらポツリと呟く。夫、シュベルク公爵と初めて出会ったのは遡ること十年前。一緒にファーストダンスを踊ってくれる予定だった父が不幸にも乗馬中の事故による怪我で来れなくなってしまい、一人ポツンと壁の華になっていたところを
「なんだ、おまえ。せっかくの舞踏会なのに踊らないのか?」
と、言って当時まだ公爵令息だったシュベルク公爵がダンスに誘ってくれたのがきっかけだった。しかし、まさか公爵令息にダンスに誘われるとは夢にも思っていなかった当時のリーゼはガチガチに緊張してしまい、ダンスの誘いを受けたものの、シュベルク公爵の足を何回も踏んだり、ステップを何度も間違えたりした。普通なら怒られても仕方のないほど酷いダンスだった。だが、それでもシュベルク公爵は嫌な顔一つせず、優しくリードしてくれたのだ。
その優しさに惹かれて……リーゼは恋に落ちた。
けれど、恋心を抱いたと同時にリーゼは自分とシュベルク公爵との間に大きな壁があることを理解してしまった。自分は子爵家の娘で、彼は公爵家の……しかも次期当主だ。身分が絶対とされる王国において、よほどの理由がない限り、子爵家の娘を公爵家の跡取りが娶ることなんてまずないだろう。しかも、当時シュベルク公爵には幼少期から付き合いのある令嬢がおり、まだ婚約はしてなかったもののその令嬢と結婚するものだと社交界の誰もが思っていた。そんな状況で一介の下位貴族にすぎない自分がシュベルク公爵に想いを告げることなんて出来るはずがなかった。だから、リーゼは淡い恋心を胸の奥に閉じ込めて、この想いを隠していこうとしたのだが……事態はシュベルク公爵が家督を継いでから急変する。
なんと、家督を継ぎ晴れて公爵家の当主となったシュベルク公爵に求婚されたその令嬢が「ごめんなさい。ワタクシ、借金がある家には嫁ぎたくありませんの」とにべもなく公爵の求婚を断り、さっさと隣国の大貴族の元へと嫁いでしまったのだ。この一件はシュベルク公爵のプライドを大層傷付けたようで、以来、公爵は女性に対して攻撃的な言動を取るようになる。
そのせいで、最初は同情的だった人々も段々と公爵に対して距離を取るようになり……シュベルク公爵が子爵家に資金援助を申し込みに来た時にはもう誰も資金援助をしてくれないほど評判が悪くなっていた。だから、最初はリーゼの父親も資金援助を断ろうとしていた。が、破綻寸前とはいえ、シュベルク公爵家は王国で唯一王家の血を継いでいる……王位継承の資格がある家柄であり、ここで恩を売っておけば将来的に何かしらのメリットはあると考えたリーゼの父親は多額の資金援助をしたのだ。そして、さらにその見返りとしてリーゼを娶ることを公爵に要求したのである。