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「お前とは離婚する!今すぐ荷物を纏めて出て行け!!」



 多くの借金を抱えた公爵家が断腸の思いで資金援助と共に子爵令嬢を娶って早三年。漸く借金完済の目処が立った公爵が恩知らずにもほどがある傲慢な態度で元子爵令嬢の妻に離婚を突き付けた。


 普通であれば「人を利用するだけ利用しておいて用が済んだら捨てるなんて最低ですわ!」と罵声が飛んで来てもおかしくない状況である。だが、しかし。青天の霹靂とも言える状況で妻から返ってきた言葉は傲慢な公爵が予想していなかったものだった。



「え?このお屋敷はローズ商会の担保になってますが……離婚しても大丈夫ですか……?」


「は?」



 公爵は自分の耳を疑った。自分の聞き間違いではなければ今、妻の口からこの先祖代々大切に受け継いできた屋敷が最近王都を中心に急成長している大商会の担保に掛けられていると聞こえた気がする。



「ど、どういうことだ……?」


「え?どういうこともなにもローズ商会は旦那様の名義で私が経営している商会ですから……ローズ商会の経営が上手くいかなくなったらこのお屋敷は差し押さえられてしまうかと……」



 妻から返ってきた言葉に公爵は絶句した。自分が知らぬ間に自分名義で勝手に商会が作られているのも勿論の事だが、普段大人しくて子作り以外何も取り柄がないような女が今、最も勢いのある商会の経営を……まさかそんな事をしていたとは夢にも思っていなかったのだ。



「えっと、旦那様?大丈夫ですか?」


「……ふ、」


「ふ?」


「ふざけるなーーッ!!私が必死に借金を返しているのを傍目に自分は呑気に経営ごっこをしていただと!?しかも私の許可無く私の名義を勝手に使って私の許可無くこの屋敷を担保にして……!ゆ、許せん!このクソ女がぁあああーーッ!!」



 公爵は激昂し、目の前にいる妻に掴み掛かった。が、それは叶わなかった。なぜならば部屋にいた使用人達に取り押さえられたからである。



「お止めください!旦那様!」


「何をする!?は、離せ!このっ……!使用人の分際でこんな事をしてただで済むと思っているのか!?」


「どうか落ち着いてください旦那様!!」


「奥様は今大事な……妊娠四ヶ月目なんです!!」


「……へっ?」



 使用人達の言葉に公爵は気の抜けた声を出す。そして……恐る恐る妻の腹部を見てみれば確かにそのお腹は少し膨らんでいるように見えた。



「え?……に、妊娠……?本当に妊娠して……?」


「は、はい。まだ分かりにくいかもしれませんが……ちょうど四か月目に入ったところで……」



 そう言って妻は愛おしそうに自分の下腹部を撫でる。だが、その姿を見て公爵は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。



(な、なんて間の悪いっ……!よりにもよってこんな時に妊娠しているんだなんて……!これでは『子供が出来ないから』という理由で援助金を踏み倒した上で離婚してもっと身分が高くて若くて美しい気立ての良い女と再婚出来ないだろうがっ!?)



 貴族同士の婚姻は基本的に解消することが出来ない。しかし、一つだけ例外があって、それが『結婚して三年経っても子供が出来ない場合』なのだ。だけれど、妻が妊娠してしまった以上その例外を使って公爵は離婚する事が出来なくなってしまったのだが……諦めの悪い公爵は狡賢い頭をフル回転させて口を開いた。



「……証拠はあるのか?」


「え?」


「そのお腹の中にいる子供が私の子供だという証拠はあるのかと聞いているんだ!!」


「旦那様……?何を言って……」


「フン、やはりそうか。おかしいと思ったんだ。お前みたいな子作り以外何も取り柄がないような女が今、王都で最も勢いのある商会の経営をしている?ハッ、絶対に他の商会の経営者に身体を売って色々と融通を効かせて貰ったんだろ?そして父親が誰かも知れない子供を孕んだ!私を騙せると思ったのか!?このアバズレ女がっ!!」



 完全な言い掛かりである。公爵自身も完全な言い掛かりだと思っているが、そう短くない貴族人生の中で真実が嘘に塗り潰される光景を山ほど見てきた。だからこそ嘘を突き通すなら初めの勢いが肝心だと知っている公爵は妻が反論できないように早口で捲し立てる。



「どうした?何も言い返せないのか?ハッ、やっぱり図星だったか!そもそも夫である私に商会の事を黙っていたのがおかしいんだ。なにもやましいことがなかったら言えるはずだろう?なのにお前は何も言わなかった!これは明らかにやましいことがあったという証拠だ!」


「それは違っ」


「黙れ!とにかく私はその腹の子を認めん!分かったらさっさと荷物を纏めて実家に帰れ!この淫売女がっ!!」


「!」



 公爵の言葉に妻は露骨にショックを受けた顔をする。しかし、そんな妻の顔を見て公爵は罪悪感を感じるどころか「あともう一押しだな」とほくそ笑むと更に妻を追い詰めるべく言葉を続けようとした、その時ーーー。



「うっ、うぅ……!」



 突然、妻が腹部を押さえてその場に倒れ込んだ。



「は?」


 

 いきなり倒れ込んだ妻に公爵は惚けた顔をするが、公爵を取り押さえていた使用人達は血相を変えて慌てて妻の元に駆け寄った。



「奥様!?大丈夫ですか!?」


「どこが痛いんですか!?」


「う、うう…………」


「奥様!しっかりしてください!」


「誰か早くお医者様を呼んで来て!!」


「お、おい……」



 ただならぬ使用人達の様子に公爵が怖ず怖ずと声を掛けると、彼等は一斉に振り向いて公爵をキッと睨み付けた。



「旦那様のせいですよ!!」


「え?」


「旦那様が奥様に変な言い掛かりを付けるから……!」


「え?え?」


「だいたい奥様が結婚してすぐに商会を立ち上げる羽目になったのは旦那様のせいじゃないですか!」


「そうだ!そうだ!奥様は公爵家を追い出されそうになった我々を救ってくれたんだ!」


「な、なにを言っている……あっ」



 そこで公爵は思い出した。


 三年前、子爵家から資金援助を受けても財政状況が芳しくなく、支出の半分を占めていた人件費を削減する為、必要最低限の使用人だけを残してそれ以外の使用人を一人残さず解雇しようとしていたことを。そしてそれを聞いた妻が「私の持参金から彼等の給金を払うのでどうか辞めさせないで下さい」と頭を下げて……そのまま三年間、解雇しようとしていた使用人達の給金を払った覚えがない事を。それらを全て思い出した公爵は悟った。



「まさか……使用人の給金を払う為に商会を……?」



 公爵の呟きに使用人達はコクリと頷く。



「そうです!奥様は私達使用人の給金を払う為に商会を立てられたのです!」


「旦那様はご存知ないでしょうが、商会の店舗を安く借りる条件として平民の娘に礼儀作法を教えたり……」


「海外の珍しい商品を卸す条件として気難しい貿易商にお菓子を作って持って行ったり……っ」


「なのに旦那様ときたらそんな奥様の苦労を知らずにあんな酷い惨い事を言ったんですよ!?」


「奥様が可哀想です!」


「そうだ!そうだ!」


 

 使用人達の言葉に公爵の表情が変わる。




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