番外編;六鬼衆
「やはり、腹一杯喰えるとは最高だな!」
とある日の夜行。それも終わろうかと辺りが静まりかけていた時にとある若手の鬼が大声を上げて叫んだ。その声の主は苦鳴という鬼女の声であった。
普段は冷静沈着、感情を露わにする類の鬼では無いのだが、この瞬間に限ってはそう叫ばざるを得なかった。では、何故この様に性格まで逸脱させてしまうまでのことが起きたかといえば、それは彼女にとって初めての夜行であり、鬼として初めて腹一杯に食事をした瞬間でもあったからだ。
他にも、呪璃、天下六、矴がこの日、夜行に参加するのが初めてで、同じように空腹が満たされること、思いのまま暴れ欲を満たす感動を噛み締めていた。
この四鬼は酒羅丸の傘下に入る前からの付き合いであり、それ以前は野良の鬼として、昼は陽光に怯え、終日は陰陽師の襲撃に怯え、そして、飢えに苦しみ…一般常識や世界の広さ、人間への知識も無く狩りの方法も知らず、月に一度程度やっと出会えるかどうかの頻度の人間を四鬼で分け与えながら暮らしていた。
鬼という生き物の特性上、この様な空腹時に食糧を分け与えるなどという協調性は考えられない。鬼であれば、例え仲間であっても非常時は殺しあってでも食糧を奪い合うものである。しかし、この四鬼の特性はそれとは大幅に異なる。
その理由として、同じ箇所で、同じ時期に鬼としての生を受けたことが考えられる。意識が芽生えた瞬間に仲間としての認識が確立され、鬼としての種類や特性も様々で、血縁関係という訳ではないが、運命を共にするということを本能で理解したのだった。それは決して人間の様な愛情などという感覚ではなかった。これで誰かが飢え死にすれば、自分には関係なく、それはそいつが運が悪いだけという割り切った感覚ではあったが、それでも結託して生き抜くための絆を持ち合わせていた。
そこには決して鬼として裕福な暮らしがあったわけでは無いが、そこにあったのは自由。様々な恐怖はあれど生きるも死ぬも、誰にも束縛されない自由がそこにはあった。と言えば一見聞こえがいいが、先にも述べたように世間を知らないだけの、自由という本当の壮大さも知らず、鬼としての幸せも知らないだけであった。狭い世間で繰り広げられる世界観ではあったが、その檻の中がその四鬼の世界であり、それはそれで自由で良かったのだ。
では、その様に誰からも囚われず自由奔放に生きていた鬼達が、何故酒羅丸の傘下に入ったかといえば、それはやはりその狭い世界観をぶち破る衝撃が酒羅丸にはあったからだ。
その転機となったのが、久々の獲物から得た情報であった。その獲物は、周囲の地図と町や村の情報が描かれた書物を持っていたのだ。
人間の文字は読むことができなかったが、地図とその絵を苦鳴と天下六が時間をかけて理解を深めていった。そして、その書物の大まかな意味を理解した四鬼は、いかに世界が広いのか、人間達が溢れんばかりに居るのか…自分達の世界の狭さを思い知らされてしまった。
これで、もう饑い思いをしなくてすむ…思う存分、人間達をたいらげることができると歓喜した。しかし、懸念もあった。それは、以前、自分達の行動範囲を広げようと、山から降りた瞬間に陰陽師と出くわしてしまったことである。
その時四鬼は我先にと獲物である陰陽師に喰らいつこうとしたが、当然の如く返り討ちにあい、原型を留めないほどにバラバラにされてしまったのだ。しかし、そこを何とか消滅は免れ命からがら逃げのびることができたのであった。
まさにその折に陰陽師に出くわすなど、天文学的確率ではあるが、四鬼にとってはそれが当たり前の世界となり、この山を出ると地獄の獄卒のような番人たちが徘徊しているという認識で統一された。
その時記憶として刻まれたのが六芒星の装飾。それに見つかる前に察知して逃げろという学習がこの時確立された。その為、山を降りるなど言語道断ではあったが、この新たな情報を信じ、そして念の為前回、山を降りて陰陽師と遭遇した箇所とは別の方角から山を降りることとなった。
もちろん陰陽師と出くわす以外にも自分達が生まれ育った山を離れるのは不安であった。何せ、自分たちの全く知らない世界に飛び出る訳で、敵は陰陽師だけとは限らないのだ。しかし、目の前の溢れんばかりの人間たちを想像するだけで気持ちが昂り、涎が滝のように垂れてくる。
そんな不安と期待を行き来させながら、苦鳴を中心に、慎重にそして確実に人間達の集落に足を運んでいた。そして、数日間をかけ、ついに人間の集落へ辿り着いたのだ。
集落を見つけた瞬間、呪璃は突進しそうになっていたが、苦鳴は冷静さを保っており、呪璃を抑制した。集落を襲うのは自分達の力が増幅される月が一番高い時にすべきだと。
そして、その時がついにきた。日付が変わろうとしていた時、村人は眠りについており静けさしかなかった。そこから、鬼の力の限りを尽くして人間達を家から引きずり出してただ喰らうのみ。その折りまで冷静に我慢していた苦鳴ではあったが、もうその時には正気では無かった。そこにはいつもの気品など微塵もない、飢餓状態のただこ鬼が四体が・・・いるのみだった。
しかし、そこから繰り広げられるのは、この鬼達による殺戮・・・とはいかなかったのだった。
無我夢中で集落に突進していた筈なのに、いつの間にか締め上げられるかのように止まっている自身の体。それは、自分の意思では微塵も動かすことのできない。何が起きているのか全く理解できずもがいていると、後ろから声が聞こえた。
「なんだ?この雑魚どもは?また、夜行の情報は流言か・・・」
聞き覚えの全く無い声・・・しかし、その者の装飾は見覚えある。嫌でも忘れない、心的外傷とも化している自身の記憶、反射のように死を直感させたその装飾は、六芒星・・・
「待て、まだ殺すな。こいつら、酒羅丸の仲間かも知れぬぞ。どんな手を使っても情報を聞き出せ」
なす術がなく絶望と恐怖で打ちひしがれている時に、そんな声が聞こえた。今からどんな恐ろしいことをされるのかと、心から震え上がり四鬼は生まれて初めて涙をした。死よりも苦しい地獄が待っている。走馬灯のように思い浮かべるのは生まれ育った山・・・そこから出てしまったことを心底後悔した。
その瞬間、あれほど強く縛り付けられていた術から一気に解放された。そして、その屈強な・・・何をしても争うことのできなかった、心的外傷級の天敵・・・六芒星の集団が、目の前に突如現れた何者かによって瞬く間にバラバラになってしまったのだ。
「ふふふ・・・ハーッハハハハ!皆のもの!食事の前の運動といこうでは無いか!」
その咆哮と共に、またも何者かが次々に村に飛び入ってきた。術から解放されたとはいえ、四鬼には何が起きたのか全く理解できていなかったが、ただその目の前に現れた者とその光景に釘付けになっていた。
美しく舞い散る血飛沫と、舞い踊るかのような美しい攻撃。一点の無駄のない所作と、それと相反する絶対的な暴力。そして、ただ圧倒的な強さ。まさに、目の前に神が・・・いや、鬼の神・・・鬼神が舞い降りたのだった。
絶望と恐怖から一転して、天に昇ったかのような・・・まさに心酔するかの如く鬼神に心が奪われていた。そして、その鬼神が声をかける。
「貴様ら何をしてる?こんな楽しいのに見学か?ふふふ・・・我がおるのだ、恐れず心のままに暴れるがよい」
神々しくも眩い存在が、自分達なんかの為にわざわざ自身の食事を一旦止め優しく手を差し伸べてくれている。その姿勢に更に心を鷲掴みにされる。そして、今まで誰に遣える訳でもなく自由気ままに生きてきた四鬼が、自然と頭を下げ姿勢を整える。
「あ・・・貴方様のお名前は何と申すのでしょうか?」
苦鳴が頭を下げながら答える。
「ん?我か?酒羅丸という」
酒羅丸は笑いながら優しく答える。
「恐れながら酒羅丸様。わ・・・私達などが・・・貴方様のお名前を背負ってもよろしいのでしょうか?」
苦鳴が恐る恐る訪ねる。
「よいと申しておろう!我の名を背負い、存分に暴れるがよい!今日は貴様らを歓迎してやろう!貴様らの名は?」
四鬼は頭を下げながらそれぞれに名を述べ。そして、盃を手渡され酒羅丸自ら四鬼に酒を注ぎ口上を述べた。
「皆のもの!暴れながら聞くがよい!ここにいる、苦鳴、天下六、呪璃、矴と盃を交わす!今この瞬間、貴様らと兄弟だ!さぁ一献受け取るが良い!我の命となるがよい!」
苦鳴、天下六、呪璃、矴は一気に盃を飲み干して酒羅丸一派の仲間入りとなった。それこそが、この四鬼と酒羅丸との出会いであった。そこから、暫くは権左兵平の指南にて戦い方や鬼の力の使い方、知識や学問を学び、力を付けたうえで晴れて酒羅丸一派として夜行に参加できることとなったのだった。
そして、初めての夜行の日・・・もう、陰陽師など恐るに足らない。大勢の仲間たちと新たな力を得て、存分に狩を行い、腹一杯馳走にありつける幸せを噛み締めていたのだった。
「ほう・・・貴様らこの僅かな間でかなり力を付けたな」
若頭の芭浪が新入りの成長を頼もしく思い労いの言葉をかけた。そんな、若頭からの労いに心から喜ぶ四鬼。鬼ヶ島入りしてからもやはり、この四鬼は時間を共に過ごしており、やはりその習慣は拭いきれないものでもあった。
しかし、鬼ヶ島にきてからこの四鬼の関係にもう一鬼、同期として同等な扱いを受けている鬼がいた。その鬼が威波羅であった。威波羅はほんの数日前に産まれたばかりの鬼とのことで、この世には様々な鬼がいるものだと学んだ。
「もう少し、自由な時間もある。好きにしろ」
芭浪は労った後、喜んでいる若手をあとに再び食事と酒を飲みだした。そして、矴が用事があるとしてコソッと苦鳴を宴会の外れまで呼び出した。
「おい・・・この村の更に北の向こうに最近、金持ちが心中したという噂があるらしいぞ?そのお宝を奪いに行かないか?」
矴がコソッと苦鳴に話を持ちかける。
「おぉ!本当か?行く!おい!呪璃!」
苦鳴が即答で答え呪璃を呼び出した。
「なーに?苦鳴ちゃん!え?死体とお宝?私も行くー!楽しそう!」
矴が何のために小声で苦鳴に話を持ちかけたか・・・呪璃が全てを台無しにするかのような大きな声でそう答えた。
「何?最近人間が自殺しただと?俺も行く」
その声を聞いて威波羅も話に乗ってきた。幸いその話に乗ってきたのがこの四鬼だけで、天下六は他の鬼と熱く血の美味さについて談義しておりそれどころでは無いとのことであった。
「あんた、本当に死体の肉が好きなんだねぇ・・・」
苦鳴は噂は本当だったのかと、やや呆れながら答えた。
「まぁいーじゃん!皆んなそれぞれだよ!さぁ出発!」
そんな空気もお構いなしに、呪璃は楽しそうに皆んなを率いて歩き出した。
「しかし、勝手に村から出るのはまずくないか?」
出発したのはいいが、苦鳴が心配そうに夜行の村を振り返りながら言う。
「あー大丈夫!さっき権爺に報告したから!出発の時に空間転移してくれるって!」
「・・・」
呪璃しては、手際がいいと皆呆気に取られている。
「なーに?」
そんな空気に呪璃が頬を膨らませて怒りながら言うが、皆は目を逸らし何事も無かったかのような反応をして、そそくさと先を急ぐ。
そして、村の外を出て談笑しながら暫く歩いていくと目的の位置にたどり着いた。しかし、残念ながらその周囲には人間が心中を計った形跡もなければ、宝が隠されている様な形跡も発見できなかった。だが、その噂が発祥したであろう箇所に、一鬼の鬼女が蹲っていたのであった。
「来てくれたのね!」
その鬼女は蹲った姿勢から四鬼の気配を察知した途端、突如顔を上げて、大きく可愛らしい声でそう言った。
「お前は、誰だ?」
あまりに唐突で脈絡のない言動に言葉を失っていたが、とりあえず苦鳴がその鬼女に話しかける。すると、ゆっくりとその姿を苦鳴に露わにした。その鬼の風貌は、品のある着物を着こなし、透き通るような白い肌と薄く青みがかった髪とその額から角が2本生えていた。そして、首には琥珀の首飾りをぶら下げていた。
その美貌と品格に、思わず息を呑んでしまい見惚れてしまう苦鳴であった。美意識が高い彼女にとっても、目の前のその鬼の美しさはたじろぐほどであった。しかし、高貴というよりあどけさの残る可愛らしい顔立ちであり、それを見て思わず呪璃が反応した。
「え?何?やばい!超かわいいー!」
その鬼女を見るや否や、呪璃は一目散に駆け寄り抱きついた。両者の張り詰めた緊張感が台無しであった。
「え?ちょ・・・え?なに?」
当然、この端末に一番動揺したのが抱きつかれた張本人であった。
「あー良い匂い・・・髪もふさふさで・・・超可愛いんですけど?」
「え?あっあぁ・・・ありがとう」
呪璃はその鬼女に何度も頬擦り、顔を見てはまた抱きついてを繰り返し完全に懐いていた。この鬼女も緊張感はあったが、その行動で警戒心が強制的に解かれてしまっていた。
「あんたも鬼だろ?悪いな、こいつ本当に変なやつなんだ。困らせて悪かった。別に私達はあんたと戦ったりするつもりはないよ」
警戒心が解かれたのは、苦鳴も同じであった。その鬼女の表情が柔らかくなったのをみて、苦鳴も優しく問いかけた。
「そう。それなら良かった」
「私は苦鳴。この馬鹿が呪璃、そして、後ろが威波羅と矴だ。あんたは?誰かを待っていたのか?」
「・・・分からないの」
「は?」
「名前も、私が何なのかも・・・さっき私が言った言葉の意味も」
「さては、あんた鬼になったばかりか?」
「それも、ちょっと分からない・・・私が鬼であることは自覚してるけど、いつからここにいるか、そしてどこで生まれたのか分からない。気づいたら目の前に貴女達がいたの」
「なんだ?それは?私たち鬼は生を受けた瞬間に自我が芽生えるだろ?そんなことあるのか?」
「分からないの・・・けど、会いたい・・・」
「会いたい?誰に?」
「それも・・・分からない」
「はっ!なんだそれは・・・話にならんではないか!」
後ろで聞いていた威波羅が痺れを切らし大きな声で言う。お目当ての死体が無かったことにより多少苛つきもあったのだろう。矴に至っては全く興味がないのか、未だにその宝がないか探し回っている始末であった。
「何よ!良いじゃ無い!そんなこと!鬼には変わらないんだから私たちの仲間でしょ?」
呪璃が、その威波羅の態度に対し一括する。その威波羅の態度に苦鳴も腹を立てた為か睨んでいる。
「まぁそれはそうだが」
そんな、鬼女達の迫力にたじろぐ威波羅であった。
「貴女、名前が無いんでしょう?」
苦鳴が再び優しく答える。
「ええ・・・」
「じゃあ!アタシが名付け親になったげる!」
「ちょ!それは!あまりに不憫だ!」
苦鳴と威波羅が声を揃えて、その暴挙を抑止しようとした。
「何よ!失礼ね!嫌かどうかはこの子が決めるの!」
「おっ・・・おぉ・・・」
至極真っ当。苦鳴と威波羅は何も言い返せなかった。全ての判断はこの鬼女に委ねられた。呪璃の天晴れ奇想天外な世界観が今この場で誰にも抑止できないとは・・・恐ろしい事態であった。
「ふふふ・・・」
そのやり取りに、思わずその鬼女は可愛らしく微笑む。
「あー笑ったところも超可愛い!えっとねー貴女を見た瞬間思いついたの!貴女の名前は琥羽琥!大切そうに首からぶら下げてる琥珀から取ったの。そして、貴女のふわふわで綺麗な髪、そして着物・・・羽のように優しくて包まれてるみたい。だから羽を入れたの。そして、上から読んでも下から読んでも同じになる綺麗な並び・・・美しい貴女にピッタリだなって!」
「・・・」
これ以上ない、的確で美しい命名に言葉を失う苦鳴と威波羅であった。
「琥羽琥か・・・うん!凄くいい!それにする!」
そして、鬼女もその名を気に入りすんなり受け入れるのであった。
「本当?やった!じゃあアタシが名付け親だね!親だね親!へへへ〜」
「さっきから、お前本当に呪璃か?」
苦鳴が呪璃の顔を覗くそうに言う。先程からの的確な言動を疑ってのことであった。
「何よ!失礼ね!」
呪璃は苦鳴の思惑を察して、心外だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「それにアンタ・・・文字なんていつの間に覚えたの?」
「んー権爺に皆んなの名前の由来聞いてたら興味湧いちゃって!覚えるの面倒だから、文字が分かる術をかけてもらったの!」
「なるほど・・・なら、手柄は権爺だな!しかし、着眼点は驚いたぞ!確かに、この可愛さが一番に目に行くが、鬼の癖して琥珀を大切そうに持っている所が大事なところだよな!」
「えっ?なんで、鬼が琥珀持ってたらだめなの?」
「はぁ〜」
関心させられたのも束の間・・・やはり、いつもの何も考えてない呪璃だったと大きくため息をつく。もしかすると、権左兵平のお陰でその思考が改善されたと少し期待してはいたが、やはり気まぐれ。呪璃はいつもの呪璃だった。
「ぶ〜」
その苦鳴の態度に、頬を膨らませる呪璃であった。
「今度、権爺に聞いておいで・・・けど、良いのか?それ手放した方が良く無いか?」
呪璃を宥める様に言った後、琥羽琥に心配そうに答えた。
「駄目です!この琥珀は!・・・分からないけど・・・凄く大切な物のような気がするんです」
「ふーん・・・まぁ事情がありそうならしょうがないか・・・まぁけど、それは着物の中にしまっておきな!」
「はい!そうします」
「ねー琥羽琥・・・行くあて無いんでしょ?」
苦鳴との会話が終わった後、呪璃が折を見ながら尋ねる。
「はい・・・」
「そしたらさ!アタシ達とおいでよ!酒羅様の許可がいるけど・・・あのお方は器がデカすぎるからきっと受け入れてくれるよ!」
「酒羅様?」
「うん!ウチの頭領!カッコいいんだぞー。それに、やっぱり野良で居るのは・・・心配だから・・・ね?」
呪璃は野良でいることの辛さ、そしてその恐怖を全て知ってるが故の誘いであった。これには苦鳴も同意する。
「うん・・・ありがとう。では、お言葉に甘えようかな・・・その酒羅様にご挨拶しなきゃ」
琥羽琥は、呪璃と苦鳴の真剣な眼差しと、確かにこれから本当に行くあても無かったのでこの提案をあっさり承諾した。
「うん!やった!」
そしてこの時丁度、権左兵平の空間転移の門が開かれた。
「お主達・・・そろそろ出発ぞ」
「うん!ねぇ・・・権爺・・・新しい鬼の仲間を見つけたの・・・連れて行っていい?」
「ほほ・・・そうか・・・では、酒羅様の前に通そうかの・・・」
権左兵平は、琥羽琥の姿を確認し、全てを察して酒羅丸の前まで門を広げてくれた。そして、この事の顛末も察し、酒羅丸に話を通してくれた。
「どれ?新たな鬼がいると聞いたが・・・貴様か?」
全員が門を潜った後、酒羅丸は琥羽琥の近くまで歩みより顔を見た。すると、その返答をする前に琥羽琥は急に涙を流しだした。
「ど・・・どうしちゃったの?琥羽琥?」
その意外な反応にたじろぐ呪璃であった。
「分からない・・・分からないの、けど、嬉しくて。何か私が生まれた意味が分かったような気がして・・・」
「ほほ・・・酒羅様の器の大きさに感銘したようじゃのぉ。お主達なら分かるじゃろ・・・野良の辛さも孤独さも」
「うん・・・」
この権左兵平の言葉に全てを理解するように呪璃が頷いた。琥羽琥の涙も理解できた。そう・・・つい最近まで自分達もその立場であったのだ。先の見えない不安や恐怖が何事もなかったかのように払拭られる・・・酒羅丸にはそんな抱擁感とそれに見合う圧倒的な力があった。
「ふふふ・・・琥羽琥とやら、気に入ったぞ!貴様を我の専属の鬼とする。常に我の側にいて側近として遣えよ!」
酒羅丸は琥羽琥を見た瞬間に、考えるより先にこの待遇を決めたようであった。正に、新入りの鬼にとってもあり得ない高待遇。千年付き添っている権左兵平と・・・もちろんその仕事量や信頼度は雲泥の差ではあるが、同等の役を与えられたのであった。
「良いのですか?」
酒羅丸からの思いがけない提案に、琥羽琥は信じられないという面持ちを浮かべながらも、それが自身の最大級の幸せだと感じ取った。
「良い!皆の物もそういうことだ!新たな仲間だ!」
そう言い叫ぶと、他の鬼も雄叫びをあげて琥羽琥を歓迎した。というより、その場のノリや空気、夜行の高揚感もあったのだろうが・・・晴れて、琥羽琥が酒羅丸一派の仲間入りとなった。
「ふふふ・・・珍しいな、お頭が人間の女ではなく鬼女に興味を持つなんてな。せめて強い鬼女なら分かるが、あんな弱いやつ・・・」
芭浪が酒を飲みながらやや疑問を呈したが、この盛り上がりをみてそこまでは追求はしなかった。
「そうじゃのぉ・・・まぁ、しかし・・・ほほほ・・・あの美貌ならしょうがなかろうて。しかし、あの顔何処かで見たような気もするが・・・気のせいかのぉ」
それに対し権左兵平も同じようには考えていたが、しかし、確かに琥羽琥の容姿を見ればそばに置きたくなる気持ちも理解できた為、あっさり納得していた。
「あれ?もう終わり?あれ?・・・まぁいっか!」
そんな盛り上がりの中、呪璃が何か違和感に気付いたが考えても答えが出なかった様であっさり諦めて、一緒に盛り上がり琥羽琥を祝福していた。
「これからよろしく頼むぞ!琥羽琥」
酒羅丸はそういうと、琥羽琥の頭を撫でた。
「はい!私は幸せです・・・」
琥羽琥は更に泣きながら、そしてその行為に最大級の幸せを噛み締めていた。
酒羅丸一派…自称、六鬼衆(呪璃命名)が、ここに誕生した。