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未到の懲悪  作者: 弥万記
一章 酒羅丸
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07;温羅伝説

 酒羅丸はそのまま鬼の城郭へ赴く。


「また、威波羅の襲撃ですか?」

 丁寧な口調でそう問うてきたのは、琥羽琥(こはく)という若手の鬼女であった。その問いに頷きのみで返答をする。それは彼女の持ってきた酒にしか気がいってなかったからだ。酒と体を拭うための布を酒羅丸に手渡した。呪璃達とはほぼ同時期に酒羅丸の傘下入りしたが、実力はついてきたが、やや大人しく控えめな性格が仇となり夜行は未経験でいた。


「次は是非、私も夜行に連れて行って下さいませんか?」

「そうだな、貴様はここ最近力をつけてきておるしの。次は同行せよ」

 琥羽琥は、鬼とは思えぬ品格と気の利き様を持ち合わせていた。酒羅丸のお気に入りであり側近の鬼として、主に世話役をしている鬼であった。実力も確かについてきており後は、鬼としての自覚と自信だけであったため、次の夜行で同行させることは決めていた。


「次は、どの村を攻める予定なのですか?」

 次回は夜行参加できると分かり琥羽琥は胸を高鳴らせながら問いただした。


「まだ決めてはおらぬが・・・いつも通り千里眼を使って次の場所を決めることにしておる。島の範囲外の情報は犬の視覚を使っておるのだ」

 酒羅丸の神通力の一つでもある千里眼。他の生物の視覚を介して自身の視覚と共有できる能力の事である。


「犬の視覚であれば、どんな距離に離れていても完全に乗っ取る事ができての」

「犬?」

 琥羽琥が首を傾げながら疑問を投げかける。


「犬と人間は太古から共存し合っているからの。犬の視覚を使えば、どの村に人間が多いか情報を得ることができ、大変便利であるぞ」

「犬が便利なのは分かりますが、何故犬なのです?」

 疑問の返答が帰ってこなかった為、琥羽琥は更に興味津々となり続けざまに質問を投げかけた。


「それは・・・」

 酒羅丸は長くなりそうだと面倒そうにあしらおうとしたが、隣に居た権左兵平が代わりに答えてくれた。


温羅(おんら)という鬼を・・・お主は知っておるかの?」

「千年前の鬼神でしょう?知らない方が可笑しいですよ?」

「ほほ・・・お主が、知っておるのは存在のみであろう?彼の伝説がどの様に語られておるかお主は知らぬであろう?」

 酒羅丸は退屈そうに欠伸をしながら酒を呑んでいる。権左兵平による温羅伝説の語りが始まった。


【温羅伝説(鬼退治神話引用)】

 温羅は「鬼神」「吉備冠者(きびのかじゃ)」という異称があり、吉備津彦命(きびつひこみこと)に退治された。異国から飛来して吉備に至り、製鉄技術を吉備地域へもたらし鬼ノ城を拠点として一帯を支配。吉備の人々は都へ出向いて窮状を訴えたが、温羅はヤマト王朝が派遣した武将から逃亡。その為、崇神天皇は、孝霊天皇の子、四将軍の五十狭芹彦命を派遣。討伐に際し、五十狭芹彦命は現在の吉備津神社の地に本陣を構えた。温羅に対して矢を一本ずつ放ったが、温羅はその都度、石を投げて打ち落とした。そこで命が二本同時に、射たところ、一本は打ち落としたが、もう一本は温羅の左目を射貫いた。すると温羅は雉に化けて逃げたので、五十狭芹彦命は鷹に化けて追った。さらに温羅は鯉に身を変えて逃げたので、五十狭芹彦命は鵜に変化してついに捕らえられたところ温羅は降参し「吉備冠者」の名を五十狭芹彦命に献上。これにより、五十狭芹彦命は吉備津彦命と呼ばれるようになった。討たれた首は晒されることになったが、討たれてなお首には生気があり、時折目を見開いてはうなり声を上げた。気味悪く思った人々は吉備津彦命に相談し、吉備津彦命は、犬飼武命に命じて犬に首を食わせて骨としたが、静まることは無かった。次に、吉備津彦命は吉備津宮の釜殿の竈の地中深くに骨を埋めたが、十三年うなり声は止まず、周囲に鳴り響いた。ある日、吉備津彦命の夢の中に温羅が現れ、温羅の妻の阿曽媛に釜殿の神饌を炊かせるように告げた。このことを人々に伝えて神事を執り行うと、うなり声は静まった。その後、温羅は吉凶を占う存在となった。


 権左兵平は子どもに昔話を聞かせるかのような口調で言って聞かせた。

「その話を聞くと、鬼神もやや間抜けなところがあったみたいですね」

 琥羽琥がクスリと笑いながら、鬼とは思えぬ可愛らしい笑顔で答えた。


「間抜けで悪かったな」

 酒羅丸が、酒を含んだ口のままボソリと答えた。


「えぇ・・・まさか?」

 酒羅丸の予想外の口やりに琥羽琥は全てを察し驚いた。


「そうじゃ、千年前の鬼神こそ酒羅様なのじゃ」

「何故、人間などに殺されたのですか?」

 しかし、驚いたのもつかの間、崇めて敬う酒羅丸が、千年前の鬼神であったことに対し更なる興奮が琥羽琥の中で生まれ歓喜した。しかし、その鬼神が何故敗れてしまったのか、単純に疑問を感じていた。間抜けと言ってしまったことに対しての後ろめたさはあったが、それを流すかのように質問をした。


「殺されてはおらぬ。第一、殺されてはここにおれぬでは無いか。封印されたのだ」

「しかし、それでも今の酒羅様の実力を考えると・・・」

 そう。いかに当時の人間が強い力を持っていようと、それは千年前。鬼にも同じ事は言えるが、現在の人間の能力者の方が遙かに進化を重ね強くなっているのは間違い無かった。最強の温羅が人間に遅れを取るなど考えられなかったのだ。


「確かに、あの人間は特別に強かった。我が命を脅かす程にだ。奴との戦闘は本当に楽しかった。生きた心地とはこの事よ」

 昔の楽しかった思い出を思い出すかのように、楽しく少し悲しげに酒羅丸は言う。


「今となっては・・・あの男の様な存在を求めておるのかもしれぬ。自分の命を脅かす存在が居るというだけで何と心躍ることか・・・」

 現在、酒羅丸が自分を殺すように人間達に促していること、威波羅を最強の鬼と仕立てようとしていたことなどの行動は、その最強である故の・・・寂しさたる行動であった。


「しかし・・・心臓を・・・忘れていての・・・」

 物思いに耽りながらも、ふと思い出したかのように、酒羅丸が続けた。


「心臓・・・ですか?」

 琥羽琥は何を言っているのか理解できず、そのまま質問を返した。


「鬼ノ城を拠点に製鉄に躍起になっておっての。その為に、我が血が必要であったのだ。そこで、我が血が永遠に吹き出る心臓を取り出し、それを捧げておったのだ。心臓を再生してしまっては取り出した心臓も消えてしまうからの。再生せずそのまま置きっぱなしにしておいたのを忘れておったのだ」


「全く・・・酒羅様は・・・」

 権左兵平が呆れ果てそれ以上の物が言えなかった。


「不思議と体が不調での・・・何故かと思っておったら心臓が無かったのだ」

 酒羅丸は大笑いしながら話す。鬼にとっても心臓は大切な器官であり、それを失うと死ぬことは無いにせよ、大幅に身体能力が低下してしまうのだ。


「大体・・・心臓が無くて不調程度の方が、どうかしていますよ?」

 琥羽琥も笑いながら答える。心臓を失っても尚、この強さでいられる事。その度外視した強さに笑わざるを得なかった。そして、質問を続けた。


「でも、温羅様が酒羅様なら・・・何故名前が違うのでしょうか?」

「さすがに千年近くもなると神格化も弱まってしまうのでの。人間達の信仰も変わってしまうのじゃ。吉凶を占う存在から、いつしか、時代も変わり自身の願望・欲望・恨みなどを願う人々が増えてきたのじゃ。その人間達の欲や憎悪という負の感情が温羅様を呼び起こしたのじゃ。そして、外道丸といったかの・・・その人間にその負の感情全てが乗り移り、其奴があろうことか、生きたままそれを受け入れた事によって温羅様は復活されたのじゃ」

 長くなりそうな質問に対しては、一向に権左兵平に答えさせる酒羅丸であった。


「さすがに、温羅では無くなってしまったからの。我はもうその名は語れぬ」

 意識や人格は当時の温羅のままであったが、外道丸という人間を介すことで、別の鬼としての生を受けている。名前は非常に重要で、もし温羅とそのまま名乗っていては現在のような存在感、強さはなく、消失してしまっていた可能性だってあるのだ。


「外道丸という男の体もあろうことか、前の温羅より馴染む体での・・・気に入っておるのだ。相当強い体での前より力が漲り【修羅】の如く闘いに赴ける勢いであったのだ。そこで、我と外道丸が共に好いていた【酒】、温羅の【羅】、外道丸の【丸】を頂きこの名にしたのだ」

 この名前の由来は長くなっても自分で話す酒羅丸であった。本人曰く最高傑作の名らしい。


「単純過ぎるが故・・・儂はもっと良い名前を提案したのじゃが・・・」

 権左兵平からは不評であったが、温羅と外道丸の両者の特徴を最大限にを引き出し受け継ぐ事が出来る、これ以上無い名であった。


「感激です。酒羅様の事をまた一から詳しく知ることができ心が震えるようです」

「そうか?他愛ない昔話に付き合って貰って悪かったな」

「そんな・・・」

 琥羽琥は、これ以上無い幸せな話に大きく首を振って否定した。


「しかし、何故この話になったのだ?」

 酒羅丸と琥羽琥は顔を見合わせ首を傾げた。権左兵平がまた大きなため息をつきながら答える。


「酒羅様の千里眼は、犬の視覚を借りて全国どこでも見通す事が出来るのじゃ」

「おお。そうであった。流石に我の頭を喰った犬は、我の呪いにかかっての。奴の先祖代々に受け継がれる呪いとなったのだ。あれから千年・・・奴の先祖は全国にごまんといる」

 琥羽琥も手をポンと叩き思い出す。


「太古からの仲を利用してやっておるのだ。だから・・・我は犬には相当恨まれておるぞ」

 酒羅丸は笑いながら話し続けた。


「恨まれているといえば、雉からも恨まれておる」

 琥羽琥の顔からはまた、何故?という言葉が浮かび上がるくらい、分かりやすい表情であった。酒羅丸が、それを察し答えた。


「儂が、雉に化けたから、鬼は雉に化けると言い伝えになり無関係な雉が人間達にしばらく殺され続けたらしいからの」

 これにも、酒羅丸は何も動じず笑って答える。


「その、恨みこそ私達の原動力で、酒羅様の強さの象徴ではありませんか。ますます、次の夜行が楽しみです。早く、酒羅様と同行したいです」

 酒羅丸の起源を知ることができ、大層満足そうな琥羽琥であった。


「貴様の活躍も楽しみにしておるぞ」

 酒羅丸は琥羽琥の頭を撫でながら答え、またも琥羽琥は鬼とは思えない幸せそうな笑顔で頭を撫でられていた。次の夜行は十二日後。睦月と如月は子の日が夜行の日であった。


 先に述べよう。今回の正月夜行以降・・・睦月は二度(一月十三日・二十五日)、如月は一度(二月六日)の計三度の夜行を行った。しかし、その結果は、全てにおいて失敗に終わるのであった。村に赴くも蛻の殻で、社へ全員が逃げていたのだ。鬼達は約一ヶ月間何も口にしていない状態となった。


 そして・・・今日も、鬼ヶ島からは雉が出入りしている。

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