06;妻達
酒羅丸は自身の根城の門を潜った。その先には美来、千子、流李子、清子、友世、妃姫の六人の妻達が出向いていた。権左兵平の術で転送されていた。
「今宵の夜行で気持ちが高ぶっておる、しかも満月だ。お主ら今宵も相手をして貰うぞ。我を殺す準備は出来ておるか?」
直に夜明けであったが、結界を張った上でも満月の月明かりは鬼ヶ島を照らしている。満月の夜は鬼を興奮状態にさせる作用もある。並んでいる女達はどれも絶世の美女ばかり。そんな女の顔を品定めするかのように眺める酒羅丸であったが、女達は決して酒羅丸と目を合せない。
「我らは妻となったのだ。つれない奴らだの・・・」
ややため息をつきながらも、そんな反応も楽しみながら女達に話をかける。女達も憎き鬼と情交するとは耐え難い。たとえ、敵を殺す事が出来たとしても、そんな選択しか出来ない弱い自分が許せないでいた。
先でも述べたように、必ずしも安産というわけでは無く命の危機はあるが、能力者は鬼の子を身ごもる唯一の可能性がある。威波羅が誕生しているのが良い証拠である。しかし、喰われる事・殺されることは無いにも関わらず、酒羅丸の歴代の妻達は皆、亡くなっていたのだ。その死因の多くは身ごもった鬼の子によるものでは無く、自決であった。決して鬼の子は産んではならないと強い殺意と決意を持っての事であった。つまり、酒羅丸の妻になる事は死を待つより他は無かった。
「さて、今宵は誰に相手して貰おう。前回の様に全員一度に相手にしてやろうか?」
そんな女達の内情を知ってか、からかう様な口調で酒羅丸が言う。
「今夜は私一人の約束のはずよ」
美女揃いの六名であるが、その中でも更に群を抜いて美人である妃姫が感情を込めず淡々と言う。酒羅丸が一番気にかけている妻である。
「そうであったの、忘れたおったぞ」
「あなたが、私達の約束を忘れるはずが無いでしょう」
またも、眉一つ動かさず淡々と返答をする。
「我にだって忘れることはあるぞ。しかし、妃姫よ。今晩こそは我を殺す手段を考えついたか?」
酒羅丸は惚け、妃姫の周りをゆっくり舐め回すように全身を眺めながら言っている。
「私じゃ、あなたは殺せない」
妃姫は動じず、態度は変わらない。
「では、威波羅で殺すか?」
酒羅丸は今までやや小馬鹿にしていた口調から、低い口調で問いただした。この問いに初めて、妃姫の眉が僅かに動いた。
「あの子は、関係ない。それに、あれはただの鬼。私からしてみれば、あの子も殺す対象で、自分が鬼を産みだしてしまったと後悔している」
淡々と答えながらも、先ほどとは違い僅かに感情が溢れている。そして、この妃姫こそが三年前に初めて鬼の子を・・・威波羅を出産した本人なのである。
「貴様とは、普通にまぐわるだけであるが、正直その美貌が乱れるだけでも我は高まるぞ」
そう言うと、酒羅丸と妃姫は寝室まで同行し、日が登り切るまで眠ることは無かった。
酒羅丸が目を覚ます。横には妃姫はおらず、そのまま根城から外に出た。霧が霞みやや薄暗く不気味で非常に清々しい昼の陽気であった。そんな清々しい気分で外に出た瞬間に酒羅丸は襲撃にあう。その相手は威波羅であった。
「頭・・・待っていたぞ。今度こそ、俺が倒してみせるぞ」
威波羅は昨晩から酒羅丸の根城の外で待っていた様子であった。気が利くといえば気が利くが、昨晩からと考えると空気は読んで欲しいなと酒羅丸は心で思う。
「懲りぬ奴よのぉ。貴様では我には敵わぬとまだ分からぬか」
昼までぐっすり眠って清々しい気分であったが、気怠そうな態度であしらおうとする。しかし、威波羅の次の言葉にやや興味をそそられた。
「昨晩、人間を喰ってまた、力も付けた」
威波羅は自信満々に言ってのける。
「ほう・・・?どれ、見せてみよ」
言葉を発し終えた瞬間に、酒羅丸の頭部が消えて無くなっていた。威波羅の猛烈な速度の攻撃が酒羅丸の頭部を吹き飛ばしたのだ。しかし、失った頭部は徐々に再生し始めている。威波羅は休む間もなく急所と呼ばれる箇所へ躊躇無く攻撃を入れる。酒羅丸は四肢を飛ばされながらも、即座に四肢を再生し応戦、また飛ばされては再生して応戦を繰り返していた。何とか対応していた酒羅丸であったが、再生速度より威波羅の攻撃速度が勝っており、酒羅丸は防戦一方であった。しかし、そんな猛攻も笑いながら受けている酒羅丸であった。
「何だ?変わってはおらぬでは無いか?本当に人間を喰ってきたか?」
酒羅丸は一瞬の隙を突き、威波羅より速い速度で移動し背後を取って耳元でそう囁いた。慌てた威波羅は振り向き様に攻撃をし、酒羅丸の胴を分断した。しかし、その分断した下半身が威波羅を攻撃し始め、威波羅は攻撃を一瞬で避け距離を取った。
「強くなったか・・・ならば、何故攻撃を避ける?」
上半身のみの酒羅丸がため息をつき頭を抱えながらそういう。しかし徐々に声色を強めながら手を頭から顔に移しながら言う。その指の間からは力強い眼光で威波羅を睨みつけた。そういった後に今度は上半身と下半身が同時に攻撃をしだした。威波羅はその二分された猛攻も、いなしながら反撃をしている。いつの間にか、酒羅丸の胴は繋がっており、酒羅丸と威波羅は問答しながら打ち合いをしている。
「これが、俺の戦闘であるからだ」
攻撃をいなし、回避しながら、相手の隙を突き一撃を入れるのが、威波羅の常套手段であった。しかし、それは、鬼の行動というより、人間との戦闘で見られる手段であった。
「鬼の戦闘では無いわ。そもそも我らは、攻撃を避ける必要が無い」
酒羅丸は強い口調で言うと、威波羅の視界から一瞬で消え反撃に転じてきた。威波羅の回避速度より上回る攻撃を繰り返した。威波羅はそれをいなしながらも、反撃をする。しかし、致命傷となりかねない一撃が威波羅に入ろうとした瞬間にとっさに威波羅はその攻撃を左手で受け、その瞬間、左手は宙に舞った。
「貴様の傷を見てみろ。いつも通りではないか」
威波羅は酒羅丸とは違い、即座に傷が癒えず失った四肢の再生も時間がかかるのであった。傷口や失った左手は止血のためか肉が団子状に膨れ上がっていた。そこから、時間をかけてゆっくり再生しだすのであった。
「これは、またしばらく出直しであるな」
そう言うと、酒羅丸は威波羅の攻撃と比にならない速度で猛攻を加え、頭と四肢を飛ばし、胴のみとした。
「いい線はいっていたがの・・・今の貴様ならこの程度であろう。まぁ・・・貴様なら数時間で元通りであろう。朝から良い運動になったわ。また強くなったら殺しに来い」
そう言い威波羅の胴を、島の西の端にある威波羅の根城まで一投げした。酒羅丸は常に強者を求めていた。対敵や競争相手はおらず常に最強の座にいた。命を脅かされる程の戦闘は無く、その現状にどこか寂しさを感じていた。