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未到の懲悪  作者: 弥万記
七章 結界の真実
58/61

55;多くの想いをのせて

「号令が出たぞ・・・嫌に慎重だな・・・初っ端から霊体化して行ったぞ・・・」

 威波羅が再び結界の中に入り玉成に声を掛けた。追憶の域は空間を遮断する完全結界・・・当然、外の情報は何一つ伝わらないため威波羅は逐一報告してくれていた。


「分かりました」

 威波羅の言葉を聞いて、玉成は結界から体半分出した。そして右耳で結界内の沙姫の声を、左耳で威波羅の声を聞いて双方のやりとりを伝達する役目になった。第三者から見ると身体の半分のみが出現している異様な光景であったが、言葉を伝達するにはそれしか無かった。


「酒羅丸も千里眼で村を探している・・・向かっているのは北東の林を抜けた先の村?この村は・・・見たことが無いな・・・特徴は・・・おぉ、奴も社の位置を確認している・・・社の名前は・・・な・・・が・・・と?永途神社?・・・どうやらここに行くみたいだぞ」

 威波羅は、千里眼で見た情報を正確に玉成に伝えた。その視野はあくまで酒羅丸が主体となって動かしている範囲の為、僅かな見落としも許されなかった。


「沙姫さん!鬼達の向かう場所は永途神社のある村です!」

 沙姫は極力、玉成の負担とならないよう言動は控えていたが、時折質問をせざるを得ない場合もあった。それは玉成にとって至難であり、威波羅と沙姫の両者の話を聞きながら、且つ正確で端的に威波羅からの情報を伝えることに集中していた。


「いや、待て!」

 威波羅が大声で玉成を抑止させる。


「待って下さい!」

 玉成も慌てて沙姫に情報の中断を伝えた。


「・・・夜行が・・・止まった?」


「夜行が・・・止まりました」


「どういうことですか?夜行が止まることなど・・・」

 沙姫も思わず、玉成に聞き返したがその答えを玉成が持ち合わせている筈も無く沈黙で返された。三者が最悪の現状を想定した・・・酒羅丸に、千里眼で視覚を覗き見られていることが気付かれた・・・作戦は全て終わった・・・その様に最悪の場面を頭によぎらせながら、威波羅の言葉を待った。


「・・・狒々が・・・殺された・・・」


「狒々が、殺されたそうです・・・」


「・・・周囲の動植物の保護、救援へ・・・向かわせます」

 沙姫は察した。狒々が殺された・・・すなわち、その周囲の猿たちも皆殺しにあったのだろうと・・・狒々と私達の協定はここで終わったが、最後にせめてもの弔いはすべきだと判断した。


 しかし、だからといってこれで追跡を中断するわけにはいかない・・・私達のことが気付かれていないのであれば、必ず夜行を継続させるはず。何としても作戦を成功させなくてはならなかった。


「夜行は継続だ・・・ん?向きを変えたぞ?反対だ!奴は行き先を変えた!」


「夜行継続!行き先変更!」


「やはり・・・酒羅丸は夜行の際は必ず社の位置を確認して陣形を取っていたのか・・・鄕閒(ごうま)神社だ!」


「行き先!鄕閒神社のある集落!」


「了解!空間術士に確認・・・鄕閒神社・・・そこから北東の八つ海村!」


「今だ!酒羅丸が千里眼を解いて移動に専念した!」


「今です!」


「了解!空間術士移動します!」

 作戦通り先ずは空間術士が数人移動し、村の要所で且つ死角となる場所に、空間転移の術の刻印を刻み、その上から術隠しの結界を鬼達に気付かれないように小さく、繊細に展開した。そして、即座に撤退した。鬼達が到着する前に、精鋭達が神速の対応でやってのけたのであった。


「鬼達が村を囲んだぞ」


「鬼達が村に到着しました!」


「こちらも、術士の帰還を確認・・・作戦は成功です・・・」

 沙姫は一息つきながら・・・安堵した面持ちで返答をした。しかし、これもまだ準備段階に過ぎない・・・本番は、これからなのだ。三人は一層気を引き締めながら・・・そして、ここからは我慢の時となる・・・威波羅が好機の合図を出すまでは、誰一人言葉を発さず、無言で祈りながら耐えていた。


「おい・・・きたぞ・・・呪璃が単独で動き出した」


「目標の動向を確認。千里眼も目標へ変更しています」


「了解。術式準備完了・・・いつでもいけます・・・」


「呪璃は何か物色しながら村の南側に向かっている、その奥には・・・家が一軒あるな・・・そこに向かうか?周りには・・・誰も居ない・・・やはり得物を横取りされないために警戒しながら移動しているな・・・」


「目標、単独行動中、村の南方向・・・周りに他の鬼の気配無し・・・奥の家に向かう可能性あり」


「了解・・・術士に確認しその家の周囲に転移の結界あり・・・いけます」


「呪璃が家を見た!」


「目標!家に入ります」


「了解!私が転移します!」

 沙姫は、空間術士の術により、八つ海村の南側・・・家の裏にある刻印に転移された。呪璃はもう家の間近に迫って、その横にある大きな木に見とれている隙に裏から家に入り、敢えて見つかりやすい様に雑に隠れた。事前にできるだけ水を飲んで腹を膨らませ妊婦を装い・・・体内には術が封印されている式札を二枚・・・仕込ませていた。


 案の定、威波羅の思惑通り、呪璃は何の疑いもせず妊婦と思い沙姫を攫った。呪璃はお腹の中の子にしか興味が無いようであった。また、鬼の鉄則である他の者の得物は何があっても手を出してはならないということも、沙姫にとっては追い風であり、他の鬼達に囲まれても、何ら手を出されることは無かったのであった。無事、作戦は成功し沙姫は、姉・・・妃姫の代役としてこの任務を引き継ぐこととなった。


「無事・・・沙姫さんは呪璃という鬼に捕まった様ですね・・・では、私達も次の行動へ移しましょう」


「あぁ・・・奴らの帰島の際・・・天道の淵が解かれる瞬間に鬼一なる人物を海から攫ってここに運べば良いんだな?」


「攫うという言い方が気になりますが・・・」


「まぁいい・・・俺に任せろ。俺であれば海の上を走れ、そこから一飛びで戻って来られる・・・細かな任務の説明は貴様がするのだ」


「まぁ・・・そのつもりですが・・・」

 玉成は多少の不安を残しながら、しかしこの作戦は威波羅無くして考えられない・・・彼に託すしか無いのだ。何があっても自分が後援しなくてはと・・・そう誓った。暫くして鬼達が鬼ヶ島へ帰島してくる時間となった。


「そろそろ・・・奴らが帰ってくるぞ・・・俺は、奴らが入ってくる反対側の海上を捜索すれば良いんだな?」


「はい。恐らく・・・正確には、鬼一様がどこから侵入してくるか分かりませんが・・・可能性で一番高いのはやはりそこからでしょう。鬼ヶ島に侵入するまでは見つかることは避けたいでしょうし・・・」


「分かった。では、行ってくる」

 威波羅は結界から出て、鬼ヶ島入り口の対岸で待機し天道の淵が解かれる時を待った。その間、集中力を極限まで高め、海上一帯を鬼の視力を凝らして見渡していた。そして遂に侵入してくる法山の位置を特定した。威波羅の作戦は、法山に気付かれない速度で近づき、法山を担ぎあげ、そこから一飛びで結界まで侵入するという多少手荒い手筈を考えていた。威波羅のことは人間達の中で認知はされてはいたが、それでもやはりその見た目は角と牙を有した鬼・・・その様な者が正面から近づいて会話を求めても・・・相手は戦に来ているのだ。そのまま戦闘になりかねないと威波羅なりに懸念していた。結界の中に入ってしまいすれば後は玉成が何とか説明をしてくれる・・・その様に考えていた。


 そして、遂に結界が解かれた。威波羅は法山の場所を特定している・・・奇襲をかけるなら後方から・・・そう思い強めに飛び、法山に気付かれないであろう遥か後方の海上に着水した。その威波羅の移動に勿論、法山は気付いていない。彼は、対岸に着くことのみに集中している。それを確認し、威波羅は再び海上を一蹴りし全速力で法山に近づいた。一方その頃、鬼達は鬼ヶ島へ上陸が済んでいた。


 威波羅は自身が持てる最速で近付いた。この速度で近付けばどんな強者であっても気付かれることは無い・・・ましてや相手は人間で且つ全力で船を漕いでいるのだ・・・このまま何事も無く連れて行ける。そう確信していた。しかし、あと一歩で法山の間合いに入ると思った瞬間、法山はあろうことか、威波羅に向かって抜刀してきたのであった。まるで、背中に目があり(それも千里眼並みの洞察力)、威波羅が後ろから襲ってくることが事前に分かっているかのような対応であった。


 もちろんその抜刀は、法山も確証があった故の行動では無い。謂わば、脊髄反射のような・・・ただ、何かがあり得ない速度で自身の間合いに侵入してくる・・・その様な感覚で引き起こした反射であった。


 威波羅は瞬時に察知した・・・斬られる・・・と・・・そしてこう思った(さすが・・・酒羅丸討伐に選ばれた人間だ・・・)それは、法山への最大の敬服・・・もうここから術の展開、行動回避は不可能。であれば、自身の肩を外し、間合いを延長。刀が抜かれる前に、柄の頭を抑え抜刀を阻止したのであった。それには流石の法山も対応ができず、威波羅に担ぎ込まれてしまったのであった。そして、そこから結界に向かって一蹴り飛び跳ねた。


 結界まであと一歩・・・というところで、法山も反撃・・・このまま鬼の思惑通り担ぎ込まれる訳にはいかないので、何とか拘束を振りほどき、結界からやや行過ぎた場所に着地をした。そして即座に臨戦態勢に入る。結界まであと一歩というところで・・・作戦は失敗だった・・・


「まさか、後ろから鬼が襲ってくると思わなかったぞ・・・」

 法山は居合いの姿勢をとったままそう答えた。威波羅は、どうすべきか思考を巡らせた。相手はただ者ではない達人・・・それは先程の反応で十分に証明されていた。ましてや人間達が酒羅丸を討伐目的で派遣した人物なのだ・・・力ずくで拘束するなど考えられない・・・先程は不意打ちで何とか阻止はできたが、もうあの間合いすら入れない・・・


「突然の奇襲・・・申し訳ない・・・しかし、ああするより他は無かったのだ、取りあえず俺に着いてきてはくれぬか?」

 そう・・・威波羅ができるのは対話のみであった。


「生憎・・・鬼の言葉を聞く耳は持ち合わせていない故・・・」

 法山は聞く耳を持たず、徐々に間合いを詰めてくる。


「私の名前は威波羅だ。聞いてはおらぬのか?」

 威波羅は、自身の名を出し矛先を沈めることが出切ればと考えていた。一方その頃、言葉のやりとりは聞き取れないが、矴がこの様子を影から見ていたのであった。いち早く解散した矴は自身の根城の道中で、威波羅が人間とやりとりをしている・・・そして、法山の骨格を見て惚れ込んでいたのであった。


「その名前・・・聞いておるよ?それが、どうしたというのだ?先程の奇襲が宣戦布告を物語っている。生憎、今・・・私の存在を知られるのは任務に支障が出るのでな・・・消させて貰う」

 法山には威波羅の言葉は届かない。正に一触即発の状態であった。ここで戦闘になれば、威波羅自身もただでは済まされない・・・しかし、それでも一方的にやられる訳にもいかない。威波羅も戦闘態勢に入らねばと身構えた。その直後であった。後ろから足音が聞こえてきた。矴はその一部始終(主には法山の骨格)を眺めていたが、その足音に過敏に反応した。他の鬼達が自身の宝を奪いに来たのではと思い込み一目散に根城へ帰っていったのであった。


「鬼一法山様ですね!」

 結界に戻ってくるのが遅いと心配し、その場に駆けつけてくれた玉成の声であった。その声を聞いて威波羅は安堵し肩を下ろし臨戦態勢を解いた。


「誰だ?」

 しかし、まだ警戒を解かない法山であった。


「私は、陰陽寮、特殊部隊・・・情報班隊長、大津玉成と申します。鬼一様、お待ちしておりました。陰陽頭、刀岐天川様より、第三案が発令されました。時は一刻を争います。天道の淵が展開される前に結界へ急ぎましょう」

 法山はその言葉を聞いて、居合いの態勢を解いた。そして、玉成が現れた瞬間に威波羅が臨戦態勢を解いたこと・・・これは双方が深い信頼関係に築いていることを意味しておりそれを察した。そして、玉成が解いていた威波羅の戦術価値を法山も理解していた。その玉成が一緒に居る鬼・・・それが威波羅であるという確証がついた瞬間であった。玉成の言動、焦りを察知した法山は、聞き返すこと無く了承し、即座に全員で追憶の域の中に入ったのであった。その直後、天道の淵が展開され、正に間一髪の状態で潜入作戦は成功したのであった。


 玉成は法山に第三案の作戦を話した。するとそれをあっさり了承・・・自身の研鑽の時間も確保でき、何より一人で行うより遙かに勝算が高いこの作戦を理解してくれた。


 翌日、妊婦として連れてこられた沙姫も合流し、自身の体内に隠蔽していた追憶の域の式札を発動し、結界がより強力・強固になった。そして、村人達にも注意と記憶の操作を結界内で行い自身の認識を逸らさせた。そして大半を結界内で過ごし麻希の世話にあたった。そしてその日から、酒羅丸の妻達も交代でその結界へ出入りして各々の能力を麻希へ伝授を開始した。


「本当にこんな乳呑み児に理解できるのか?」

 千子が術の基礎を麻希に説いている最中、美来が沙姫に声をかけた。


「えぇ・・・逆に注意を入力させていますから・・・今は理解できなくても、物心ついたとき必ず彼の記憶として定着できています」

 作戦通り、術の基礎を呪術師から・・・剣術の基礎を法山から、陰陽師としての基礎と人間としての心を沙姫から・・・子守歌のように聞かされていた。玉成も役に立ちたいと動物との心通わせ方や、威波羅も鬼の能力と妖力の使い方を空いた時間に説いていた。まるで多くの親戚に囲まれる子どものように、多くの愛情を受けて着実に育っている麻希であった。


「なんか・・・顔は似てないけど、やっぱり雰囲気がそっくりだな」

 美来は沙姫を見ながらふと発言した。


「そうですか?姉の方が大分きついでしょう?」


「そうだな!」


「私達は、双子なのに似てませんからね・・・けど雰囲気が似てると言われて嬉しかったです」


「そうか・・・けどこの麻希は・・・妃姫にそっくりだな」


「えぇ・・・まるで妃姫が生まれ変わったみたい」


「そうだな・・・皆でこの子を守っていこう」


「はい」

 この様に結界内は、緊張感はありながらも和やかな時間が一週間続いた。この中の誰もがこのまま麻希が成長し終えるまでこれが続くと思っていた。しかし、それも僅か一瞬で崩れ落ちるのであった。そう・・・事件が起きたのは八日後のこと・・・


 いつものように、結界の中は麻希、沙姫、玉成、威波羅、法山の五人で過ごしていた。沙姫は要所で村へ戻り、術で認識を逸らしているとはいえ、村人達への存在を証明することは続けていた。


 そして、あと二日後・・・十日が過ぎた頃にはお腹の中の子も死産だったと適当にながし(呪璃は死肉には全く興味が無いため)、そこから興味を逸らし存在自体を忘れさせるつもりでいた。これも、呪璃の特性を知り尽くしている威波羅の案だった。この作戦自体に何の不備は無く、追憶の域の能力があれば、簡単に子どもや、沙姫の存在など忘れさせることも可能であった。


 作戦通り、何も疑われること無く順調にことを運んでいた。しかし、突如・・・何の前触れも無く偽装のための結界が破壊されたのであった。しかも、一カ所では無く全箇所同時に・・・そして、その前触れは鬼達の統制された・・・あり得ない行動であった。・・・それに沙姫は即座に反応する。


「鬼達が・・・島中をうろついている・・・」

 偽装のための結界は、美来と千子が追憶の域と連結させ外部の情報も知ることができる簡易的な結界であった。その周囲の情報は即座に発動者・・・妃姫が居ない今、沙姫が関知する仕組みになっている。


「どういうことです?」

 鬼ヶ島に鬼がうろついている等という当たり前の光景を、さぞ異様であるような表現で発言した沙姫に対し、玉成は何が起きたのか理解できていなかった。ただ、何か良くないことが起こってしまった・・・そんな不安だけが過ぎりそれを問うしか無かった。


「威波羅・・・鬼達が、興味を示さない物事に統制を取る事なんてあるの?」

 玉成の質問に返答するために、先ずは威波羅に鬼の習性を確認しなければならなかった。


「ん?どういうことだ?基本的には、鬼は全てが酒羅丸の意向と言っていいな・・・奴が命じれば鬼は動く」


「だけど、それは何か利益があるからこそでしょう?」


「・・・そうだな・・・」


「何の利益も感じられないのに、興味も無いのに鬼は統制された行動をとるの?」


「・・・それは・・・無いだろうな・・・一旦は酒羅丸の命は聞くが、自身に利益や興味が無ければ即飽きるな・・・」


「でしょう?私の術で鬼達は完全にこの結界を認識できないようになっている・・・にも関わらず・・・鬼達が、この結界を探すような行動を取っている・・・」


「それは、鬼達にその認識阻害の効果が無くなっているということですか?」

 この一連のやりとりで鬼達の不可解な行動を察した玉成は、最悪を想定した。


「分からない・・・その可能性が高い・・・いや・・・酒羅丸自身が気付いたか・・・けど・・・ここが見つかるのも時間の問題よ・・・」

 明らかに統制された行動・・・指揮を執っているのは酒羅丸で確実であった。しかし、自身の利益にならないことに対して興味すら示さない鬼達を・・・如何にして動かしたのか・・・理解できなかった。


 この結界の存在を見破るとすれば、やはり酒羅丸しかいない。しかし、酒羅丸の性格・言動を考慮してもこの様な事態が発生されたときは、如何なる場合も単独で乗り込んで来るのが酒羅丸という鬼の特性であると考えていた。その為、複数偽装結界を作成し、一つ壊されれば再生させ、結界本体を転移させながら永遠に鼬ごっこさせる手法をとっていたのだ。そう・・・この結界は単独で撃破するのは不可能であるのだ。しかし、酒羅丸の性格に反して、的確にこの結界を攻略している行動・・・それは計算外でしか無かった。


「どうするのだ?こうなれば、第二案に変更するしか他無いだろう・・・私はそのつもりできたのだ。いつでも使って貰って構わんぞ」

 法山も後ろの方から声を掛けた。法山にとっては、既に覚悟している何気ない一言であったが、その一言で沙姫にある決断をさせた。


「あぁ・・・俺もだ・・・お前達を守る為なら何でもやろう」

 そして、法山の発言に同調するように威波羅も闘いの意志を示した。


「皆・・・ありがとう・・・そして、妃姫・・・流石ね・・・」

 沙姫は皆の意志に冷静さを取り戻し、そして最後、妃姫と話した内容を思い出した。そう、妃姫は既にこの事態を察知し沙姫にある提案をしていたのであった。そして、決意を固めた。


「私も、命を賭けてここに来ました。この命、失ってでもこの子を守ります」


「私の命も使って下さい」

 そして、玉成も・・・彼はもう既に自身の運命を決めていた様であった。愛する者に再び会いに行くために、地獄から救い出すと決意していたのだ。皆の意志を確認し、絶体絶命のこの状況・・・あってはならないことは全滅と、麻希の損失であった。そして沙姫は皆に次の作戦を提示した。


「これより、滋岳妃姫が提示した、第四案へ作戦を移行します!皆さん・・・もう、命を賭ける準備は・・・できていますね」

 皆が無言で頷いた。そしてそれを確認した後、沙姫は作戦の内容を告げた。


「まず・・・鬼達がこの結界に行き着くのは時間の問題です・・・今の酒羅丸は相当、頭が切れている・・・運が良ければ、回避できるかも知れませんが、そうは言っていられません。私達が優先させるべきは麻希の命です・・・この非常事態を予想し私は式札をもう一枚・・・体内に仕込んで持ってきていました。これで、空間転移の術を作り出す式神を召喚できます」


「なるほど・・・それで、この麻希を送り込むのだな?」

 宝山が納得して返事をした。


「いえ、この術で移動するのは、玉成様と酒羅丸の妻・・・五名です」


「何故だ?玉成は分かるが、麻希を連れて行かないのはどういう理由だ?」


「恐らく、私がここに居るというのは、鬼達は周知しているでしょう・・・権左兵平の管理であれば・・・平常時では欺けても管理している人間が一名足りないとなれば、嫌でも私に注意が向けられる・・・恐らく、術士は情に負けて妊婦である私をこの結界に匿った・・・という思考してくるでしょう・・・であれば、ここに麻希がいなければその辻褄が合わない・・・私は、か弱い連れ去られた妊婦の村人を演じなくてはならないのです」


「妻達全員を逃がすのも・・・不自然では無いか?」


「えぇ・・・ですが、彼女たちこそ、麻希の理解者・・・彼をこれから育て上げるには、深い愛情をかけ続けることが必要なのです。このまま、陰陽寮に送り麻希を育てるということも考えられます。しかし、考えてもみて下さい。彼は戦力として危険すぎる力持っている。その様な力を陰陽寮が独占し管理し育てると世が知れば・・・せっかく纏まったこの界隈に再び亀裂が入ります・・・彼女たちが、秘密裏に麻希を育てていくしか無いのです」


「ちょっと待て!式神の力で空間転移をして逃げたとしよう・・・権左兵平と酒羅丸の力があれば、その術を辿って追跡など・・・容易いぞ?」

 酒羅丸と権左兵平の力を間近で見てきた威波羅が間に入って投げかけてきた。


「えぇ・・・そこも理解しています。私が何とか酒羅丸に触れ、彼女たち五人の記憶と注意を操作します。そして、玉成様の持っている琥珀・・・それは酒羅丸にとって命の次に大切な物でしょう。それを奴に手渡し、妻達の認識を完全にそれに逸らすことは容易です」


「分かりました。この琥珀を奴の手に渡るよう仕向けて見せます・・・あと、より奴の気を逸らす方法があるのですが・・・それも実践しておきますね」

 玉成が、淡々と返事をした。そう、一瞬で良いのだ。妻達を即座に追跡するという行為さえ回避できれば、後は実力者達・・・痕跡を残さず鬼達の手から逃れることは可能であるのだ。


「・・・分かったわ。玉成様は今すぐ妻達の元に向かってこのことを説明して下さい。呪術師の二人であれば、この式札で容易に召喚できるでしょう。しかし、ここには鬼一様がいるのです。この作戦はあくまで保険・・・勝算は十分にあります。鬼一様が酒羅丸を倒し、結界から出てくれば、妻達は陽動作戦に切り替え、鬼達の殲滅作戦に移行してください。私達の勝利・・・しっかり見届けて下さいね」

 沙姫は玉成が何か強い意志を持って発言しているのを理解していたが、敢えてそれには触れなかった。そして、法山の手前・・・酒羅丸に勝利した場合のみの作戦しか述べなかったが、玉成はそれを察していた。もし、結界から出てくるのが法山では無く、酒羅丸だった場合は、即座に式神を使って妻達と脱出せよと・・・そして、方法は分からないが麻希を逃す手段はあると・・・妻達と共に何処に逃がされたか分からない麻希を探せと・・・沙姫の目からはそれを物語っていた。


「分かりました。では、今すぐ向かいます」

 玉成は、結界から出て全速力で妻達の根城へ向かった。玉成が出発したのを見届けて、沙姫は作戦を続けた。


「・・・そして、ここからが第二案です。鬼一様に全てが掛かっています」

 沙姫は先程の発言もそうだが、これ以上述べなかった。万が一・・・法山が敗れた場合はどうするのかを・・・第四案の続きを・・・これを発言してしまうことは即ち、法山の勝利を信じていないこととなり、命を賭ける戦に出る男の前で言うべき発言では無いからだ。万が一、法山が敗れた場合は、一人で遂行するしか無いのだ・・・その命と引き換えに麻希を逃がす作戦を・・・


「あぁ・・・勿論そのつもりだ」


「何としても酒羅丸を打倒して下さい。私の命・・・貴方に預けます」


「承知した・・・しかし・・・第四案はそれだけでは無いのだろう?」

 作戦を理解したうえで、それを了承した法山ではあるが、沙姫の発言の物足りなさ・・・違和感は拭えなかった。


「・・・」

 沙姫は、まるで全てを見透かされている様で、即座に返事ができなかった。


「私に気を使わなくて良いから、今ここで言うべきだ」

 法山の真っ直ぐな視線に隠し事はできず応えることにした。


「・・・はい。ですが、これはあくまで鬼一様が居ない場合を想定して考えられた作戦です。その上でお聞き下さい。この結界内であえて、酒羅丸に麻希を殺させる様に演出します。奴が私の制止を振り切って麻希を殺すのです・・・勿論奴は麻希を普通の人間の子と思っている筈・・・しかし、威波羅同様、鬼の血を引いているのです・・・多少のことでは死にません。ですが、まだ赤子・・・そこで、威波羅の血を麻希に与え、一瞬でも鬼の力を増幅させた上でそう仕向けます」


「何のためにそうするのだ?」

 人間として育てることに尽力を注いでいたにも関わらず、鬼の力を増幅させるなど理解できないという面持ちで威波羅は返答をした。


「ですから、酒羅丸にとって麻希は普通の人間・・・一撃を食らわせば死ぬと思い、その後は興味が薄れるでしょう」


「人間の赤子は・・・鬼にとって重要では無いのか?」

 法山と続けて質問をする。


「はい。重要です・・・ですが、奴にとってそれ以上に重要なことがもう既に起こっているのです。それは、先程言った私の抑止を振り切って・・・というところです」


「・・・!」

 二人は即座に顔を上げ何かに気が付いた。


「そうです。以前話した奴の弱点・・・この結界内ではそれすらも無効化されます。呪いの解呪方法は、その呪いの効果を打ち破るという矛盾が生じたときも適応されます。そう・・・奴の呪いは女性に危害を加えることができない・発言を無下にできないです。女性に危害を加えることができれば・・・もう呪いとしての効果は無くなり意味が成されなくなる・・・そこを突きます」


「酒羅丸の唯一の弱点を無くしてでも・・・か?」


「はい。それ以上に、麻希の戦術価値は高いです。それに・・・この弱点は多用できない上に権左兵平と共に最大の警戒を惹かれている上に、奴を殲滅できるほど利用価値の高い物では無いのです・・・どちらかを天秤にかければ・・・瞭然です」


「・・・」


「奴が、何が何でも解呪したい呪いが今、解けるのです。人間の男児など喰っている場合では無いでしょう。奴は必ず、私に標的を変える筈です。私は、最後に奴に触れ、妻の認識を操作し、麻希をこの結界外へ出し海に流します。そうなれば、もう、妻達や麻希の記憶なんて完全に認識していないでしょう。目の前に、長年の念願が転がっているのですから・・・麻希であれば、鬼ヶ島の結界を通り抜けられますし、海の上に立てる特性を生かし溺死すること無く陸地に流れ着きます。そこを玉成様達が拾い上げるのです。これが、第四案の全容です」

 そう・・・この第四案は、沙姫単独で遂行する為の作戦であった。その為、敢えて法山には言う必要の無いことでもあった。麻希の一時的な鬼の力の増幅も、それは威波羅の血であればとのことであった・・・彼は十分に人間としての心を持っている。そんな彼の血であれば、鬼の心が増幅するなど考えられなかった。


「・・・なんて覚悟だ・・・」

 法山は、沙姫の真っ直ぐで力強い目を見ながら・・・自身より一回り年下の女性が、自分以上の覚悟を背負っていたことに感服した。


「えぇ、姉譲りですから」


「・・・しかし、その覚悟、無駄になるぞ。私が、何としてでも酒羅丸を仕留めてみせる・・・」

 法山は自分自身に再び言い聞かせた。これ以上若い芽は摘ませないと・・・沙姫達を守るのは自分であると。差し違えてでも酒羅丸を倒す決意を再び固めた。


「はい。私もそれを信じています」


「ところで・・・鬼達が全員で取り囲んでこの結界に侵入することは無いのか?」


「無い!奴はこの境地ですら愉悦としか考えておらぬだろう。それこそお前達の思う酒羅丸だ・・・こんな楽しいこと他の鬼には譲るはずが無い・・・まぁ、権爺は付いて来るだろうが・・・」

 威波羅が力強く答えた。彼もまた、沙姫の覚悟に感化され、高ぶっていた。


「なるほど・・・鬼二匹か・・・しかも術が扱えない・・・しかもその老爺の鬼は、近接型では無いのだろう?」


「あぁ、術主体での戦闘だ・・・権爺はこの環境は・・・弱点だろう」


「では、まずそいつを即座に片付け、酒羅丸との一騎打ちに集中するか・・・」


「悪いが、この空間では俺もあまり戦力にはならない・・・奴らがこの結界の直前まで来れば、先ずは俺が出よう・・・それでもいいか?」


「あぁよろしく頼む・・・」


「要は、この結界から気を逸らすことができれば、良いのだろう?俺も死力を尽くしてみせる。やはり、一か八かより勝算が高い作戦の方が良いだろう?」


「そうだな!」


「威波羅・・・ありがとう・・・」

 沙姫は最後に、威波羅にお礼を言った。謂わば彼は、完全に巻き込まれたといっても過言では無い。今まで慕ってきた仲間に対し牙を向けること・・・一番辛い役目は威波羅であるのだ。


 しかし、威波羅は酒羅丸に敗れ、法山もまた、外道丸に敗れる結果となってしまった。沙姫は、単独で第四案を決行した。子を守る母を演じながら、酒羅丸に自身の呪いが現在、通用していないことを察知させ続けた。それと同時に、酒羅丸に注意と記憶の操作をし、そして・・・最後の力でこの追憶の域の所有権を麻希に譲り、結界内から脱出させた後に、命を落とすのであった。


 一方その頃、玉成は妻達の根城へ到着し、全て説明し終え追憶の域内での勝利を願っていた。千子の遠監視の術で、結界の入り口周囲を観察していた。しかし、願いは届かず・・・出てきたのは酒羅丸と権左兵平であった。


「くそ!奴らがでてきた!」


「そ・・・そんな・・・」

 清子が肩を落としながら落胆する。


「悲しんでいる暇はありません!今すぐここを出ます!美来さん、先ずはこの根城に火を放ちましょう!この琥珀を確実に手渡すために、ここへ誘導しなければなりません。そして、この式札を発動させて下さい」

 玉成が声を荒げながら、妻達に指示を出した。


「分かった!」

 美来が火炎系の術を一帯に放出させ、続けざまに式札を発動・・・思想式神が出現した。式神は空間転移の術を発動した後、役割を果たしたため式札を残して消滅した。そして、妻達は一斉にその空間術の時空の穴に入り込んでいった。


「よし!皆さん行きましたね・・・」

 美来が最後に時空の穴を通り抜けたのを確認して、玉成が呟いた。そして、玉成が後ろから一向に続いてこないことを察知した美来が再び時空の穴をのぞき込む。


「美来さん、これを・・・」


「何だ?」


「妖刀・・・童子切りです。麻希の・・・母親の形見にして切り札です」


「そうか・・・」

 玉成は童子切りを差し出し、それを美来は大事に受け取った。しかし、それを手渡したにも関わらず一向に時空の穴を潜ろうとしない玉成に美来は問いただす。


「何をしているんだ?玉成!行くぞ!」


「・・・全く・・・瞬時に閉じてくれれば良いものを・・・」

 玉成はため息を付きながら呟いた。


「もう、酒羅丸はすぐそこまで来ている!この時空の穴も消える!早くしろ!」


「・・・いえ、私はここに残ります」


「ふざけるな!それを私が許すと思うか!」


「このままでは、酒羅丸は貴女方を追うでしょう・・・この式札も放置されれば、如何に沙姫様の術でも意識を逸らせない」


「そんな紙、この炎でいずれ消える・・・ちょっと待ってろ!力ずくでも・・・」


「待って!駄目!」

 結界を逆走しようとした美来を千子が抑制する。千子は玉成の覚悟や考えを理解していた。そしてこれから何をしようかということも・・・


「止めろ!放せ!千子!」

 美来は時空の穴に上半身を乗り出したところで、後ろからしがみついてきた千子に抑制され身動きが取れないでいた。そして、それを必死に振り解こうと藻掻いていた。


「千子さん・・・ありがとうございます。ですが、もう決めたのです。貴女方を完全に逃がすためにはこれが確実・・・私は奴が許せません・・・」


「お前が、あいつに勝てる訳が無いだろう!」


「えぇ・・・勝てません。ですが、負けません」


「何を訳の分からないことを・・・放せ!」


「千子さん!もう時間が無い!行って下さい!」

 その言葉を聞いて、千子は更に力を入れて美来を引いた。そして、他の妻達もそれに協力した。


「待て!くそ!放せ!来い!玉・・・」

 千子達に引きずり込まれるような形で、美来は時空を完全に超えた。その直後に、時空の穴は完全に消え去ってしまった。


「皆さん・・・ありがとうございました。この惨めで弱い私が・・・遂に何のために産まれてきたのかを知ることができたのです。最後、私はあの憎き鬼の生涯に怨念のように纏わり付くような存在になります」

 玉成は、式札を拾い上げそれを燃えさかる炎の中に投げ捨てながら、まるで自問自答するように自身に語りかけた。酒羅丸は、自身の強さに対し誰よりも強い尊厳を持った鬼である。そんな鬼が、自分の目の前で恐怖に打ちひしがれ失神するような弱い人間に・・・さぞ勝ち誇ったように、堂々と彼からの死を受け入れる・・・いや、その死をも利用して自身の欲求を満たす為の道具とする・・・酒羅丸にとって、これ以上の屈辱は無いだろう。


 この一件で、酒羅丸は人生で初めての経験を得る。多くの屈辱と共に目の前の男・・・玉成のよく分からない行動と気持ち悪さに・・・その気持ち悪さを払拭させる為に、ただ玉成を殺したのだ。それは、恐怖心に近かったかも知れない。そのよく分からない気持ちから酒羅丸は玉成を殺すという形で逃げたのだ。そう・・・それは、敗北感でしかなかった。


 目の前の弱い人間から逃げた自身への嫌悪感。酒羅丸はこれ以上無いほど自身に失望し、様々な感情で満ちあふれていた。その今だかつて無い酒羅丸の心情を察して、権左兵平もただ事では無いと察した。現状報告を形式上するが、それどころでは無い。その心情を沈めさせ、いつもの酒羅丸に戻さなくては・・・ということに気持ちが集中する。その玉成の覚悟が、この鬼達の意識を・・・注意を鮮烈に奪ったのだ。玉成の覚悟と行動が追憶の域の能力と相まり、妻達の認識やこの日の一連の出来事(呪いが解けたということ以外)は、酒羅丸と権左兵平の認識から綺麗に消え去ってしまったのだった。


 そして海に投げ出された麻希は、その二分された体を岩肌に打ち付けながら、更に四肢が分断されてしまった。しかし、威波羅の血を分け与えられていたことにより生命力は高く、そこから再び肉塊を形成しだしていた。


 そう、威波羅のように分離した胴体から肉が膨れ上がり、傷ついた全身を覆うように一つの肉塊となった。まだ赤子のきめ細やかな肌、そして波に揉まれながら少しずつ形を変形させながら、それはさぞ桃の果実のような形をして・・・


「どんぶらこ・・・どんぶらこ」と流れ着いていったのであった。

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