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未到の懲悪  作者: 弥万記
七章 結界の真実
57/61

54;最後の作戦

 そして、玉成の気配が感じなくなった瞬間に私は、そこから崩れ倒れた。そして、必ずここに威波羅が来ると信じて・・・それまでは何とか命を繋ぐために尽力を尽くした。事無くして、予想通り、威波羅が私の死を漂わせる匂いにつられて駆けつけてきた。私は、正に威波羅にとって格好の餌食なのだ。先程、酒羅丸の索敵・・・天道の淵が発動されたのを確認できた・・・ということはもう・・・死んでも構わないのだ。このまま、威波羅に食い殺されれば・・・作戦は成功する・・・けど、その前に一言だけ・・・そう思いながら、威波羅への最初の一言を制さなければならないと考えていたが、威波羅の予想外の声かけに、呆気にとられた。


「おい!しっかりしろ!どうして!どうして貴様が死にかけているのだ!」

 それは、正しく鬼としての言動では無く人間その物・・・優しさに満ちあふれた行動であった。私はもう目が見えなくなっていたが・・・この発言に彼の性格と優しさが垣間見えた。


「威波羅・・・こっちへ来て・・・思い返せば・・・私は、貴方に何も出来なかったわね」


「俺は、あんたの言いつけを守ってきた。それが俺にとって親から貰った最初の宝だったのだ。今ここで死ぬんじゃない!まだ俺はあんたに生を与えてくれた恩を返せていない!必ず、酒羅丸を倒してみせる!」


「何を・・・人間みたいな事を言っているの?」


「そう、俺は鬼だ。しかし、半分は人間だ。考え方は他の鬼とは違う」


「貴方には辛い人生を歩ませてしまったわね。鬼にも、人間になりきれず・・・けど、威波羅・・・貴方には本当の仲間が居るの。貴方の根城に向かいなさい。その周囲に結界が張ってある・・・貴方の本当の居場所がそこにはある」


「何を言っておるのだ?担いでそこまで連れて行ってやる!だから死ぬな!」


「駄目よ。それをしたら貴方は鬼から追われてしまうわ。奴らのしつこさは知っているでしょう?だから、最後、貴方にやって貰いたいことがあるの」


「何だ?」


「私は、もう長くない・・・間もなく死ぬでしょう。だからその後、貴方が私を喰いなさい。・・・それが無理なら、喰ったように偽装しなさい。そこに腕もある、これを喰い千切り、私の死因を貴方に食い殺されたように偽装しなさい。そうすれば、貴方は鬼から追われず、そして本当の仲間とも出会える」


「しかし・・あんたを喰うなんて・・・」


「あんたじゃないわ・・・貴方は人間なのよ。私のことは母と呼びなさい」


「母を殺すなど・・・」


「貴方が殺すのではないわ。私が死んだ後に偽造してくれればそれでいいの」

 威波羅は暫く黙り込んで頷いた。


「ありがとう。威波羅。その結界に本当の仲間と貴方の弟が居るわ。貴方の力で、その弱い力を守ってあげて・・・頼んだ・・・わ・・・よ・・・」

 その言葉を最後に、妃姫は事切れた。この出来事に威波羅は生れて初めて涙した。それは、威波羅自身理解できない感情であった。しかし、それは言うまでも無く彼が人間であるということを肯定せざるを得ない感情であった。そして、威波羅は元々の呪いもあるだろうが、それはもう関係は無かっただろう・・・亡き母の言われるままに、偽装工作を行い、自身の根城に張られている結界・・・追憶の域の中の本当の仲間達の元に向かった。


「誰か!誰かいますか?」

 妃姫の死後、十六日が経った日のことであった。次の夜行まであと二日と差し迫っていた。結界の中で沙姫からの連絡を待ち望んでいた玉成は正に待望の一声だった。


「はい。大津です。麻希は順調に育っています。連絡待っていました」


「連絡が遅くなってごめんなさい・・・実は、前回の夜行・・・鬼達が鬼ヶ島に帰ってきた翌日にハヤテが陰陽寮に到着したのです・・・」


「え?どういうことですか?」


「・・・ハヤテは飛べなくなり、歩いて陰陽寮まで伝書を届けてくれました」


「え・・・怪我・・・でもしたのですか?」


「いえ・・・それが、どうやら呪いに掛かっているみたいで・・・命には別状はありません。ですが、呪いも簡単には解呪できないようで・・・」


「そうですか・・・彼には無理をさせましたから・・・少し休ませてやって下さい。そして、できれば解呪の方よろしくお願いします」


「勿論です」


「ハヤテが遅れたということは・・・例の報告書が・・・定例に届かなかった?」


「・・・はい・・・お察しの通り・・・七日間返信が無い場合の・・・第二案の作戦が決行されていました。ですが・・・姉の作戦が抹消されたのでは無く、初案と第二案の同時並行の任務・・・第三案として新たに作戦が立案されたのです」


「承知致しました。では、第三案の作戦をお聞かせ願いますか?」


「はい。先ずは、順を追って説明します。まず、天川様は姉の報告書が七日間届かなかった為、姉が死亡した可能性も考慮し第二案を発令しました。しかし、僅かな可能性を賭けて三善様に初案も継続を命じていました。そして、鬼達が撤退した翌日に、ハヤテの書面が届き作戦が遂行されている事実と、私が妃姫と連絡を取ったこと、三善は鬼ヶ島の呪術師と連絡を取ったことを報告・・・これで初案が見事完遂されたことが証明されました。しかし、第二案も発令され、その中心人物である鬼一様は、既に作戦を開始・・・鬼ヶ島潜入の準備は整っているとのこと・・・準備は整い作戦の撤回は困難な状態であるとされました」


「・・・そうですか・・・」


「そこで、第三案が立案されたのです。姉の作戦を中心に、そこに鬼一様を組み込む形でこの作戦は成り立っています。私も急遽、陰陽寮から呼び出され、作戦の立案に関わらせて頂きました・・・その為、大津様に連絡を即座に取りたかったのですが、それもできず・・・申し訳ありませんでした」

 沙姫は、もう既に能力を息子に譲渡し、能力が使えない状態であった。最後に鬼ヶ島で追憶の域を使うために式札への継承も終え、今展開している追憶の域は、過去に発動した物で、自宅の敷地内で常時発動しているものであった。作戦の中心人物である沙姫当然の如く陰陽寮に呼び出されていたのであった。


「なるほど・・・分かりました。では、沙姫様が親役として鬼ヶ島に潜入されるということですね」


「はい。そうです。そこに、威波羅はいますか?」


「はい。いますよ」


「彼が、今回の任務の重要な人物です・・・初めまして。私は滋岳沙姫・・・貴方の母親の妹・・・つまりは貴方の叔母になるわね」


「あぁ・・・」

 威波羅はどう対応して良いか分からず、そっぽを向いたまま愛想の無い返事をした。


「ふふ・・・よろしく。頼りにしています」

 威波羅のその様子が手に取るように想像できた沙姫は思わず笑ってしまった。


「威波羅にはどの様な役が?」


「そうですね・・・先ずは、妃姫の作戦から・・・威波羅・・・貴方は千里眼が使えますね?」


「あぁ・・・使えるが・・・」


「でしたら、酒羅丸と視覚を共有できますか?」


「あぁ・・・恐らく奴は、次の夜行は何が何でも成功させたいはずだ。移動中はその選定に躍起になっている筈・・・我が視覚を共有していても気付かれないだろう」


「分かりました。では、いち早く夜行の場所を特定して下さい。特定次第、空間転移の術者に妊婦を装った私がその村に潜入して囮になります」


「なるほど・・・しかし、奴らにも嗜好がある・・・確かに妊婦は連れ去られる対象であるが、女の肉を好む奴は即座に喰いついてくるぞ?潜入は、食事が一旦終えてからの方が良いだろう」


「なるほど・・・空間転移が察知されない為に鬼が到着する前に潜入したかったですが・・・でしたら先ずは、結界術士が転移し結界の構築・・・その結界内に私が空間転移し、結界術士が帰る・・・その様な流れはどうですか?」


「そうだな・・・それが良いだろう。それに満腹時が一番油断している・・・が、それでも連れ去る奴は選定した方が良いだろう・・・相当疑い深い奴もいる・・・妊婦であることに少しでも疑われれば作戦は失敗に終わる。恐らく大丈夫であろうが・・・作戦の勝率は高い方が良いだろう?」


「そうね・・・何か良い案はあるの?」


「連れ去って貰うのに打って付けの馬鹿がいる・・・そいつの嗜好から、まず満腹時に女に喰いつくなど無い。それに、腹の中の子に興味を注がれそれどころでは無いだろう。深く思考もせず、子持ちと言えばあっさり連れて行ってくれるだろう・・・俺が、そいつと視覚を共有し、奴が単独行動を取る時を見て合図をしよう」


「・・・分かったわ。ありがとう」


「・・・」

 お礼に対しどの様に返事をしたら良いか分からない威波羅は沈黙で返した。


「そして、威波羅・・・もう一つ頼みたいの・・・鬼ヶ島に潜入しようとしている鬼一という人物がいる。鬼が帰島の結界を解く折に潜入し、鬼ヶ島裏の海岸からよじ登って潜入してくる筈です。威波羅はその男と接触し、この結界内へ誘導しては頂けないでしょうか?酒羅丸が索敵能力を使う前に・・・速やかに行って欲しいのです。できれば、時間を要すであろう海岸をよじ登る前に接触し、彼を担いででも連れてきて欲しいのです。そんなことができるのは・・・貴方しかいないのです」

 本来の第二案は、敢えて索敵に掛かることにより、鬼達に侵入者を周知させ島中を捜索させながら少しずつ鬼達を追憶の域内へ誘導し、確実に一体ずつ殲滅していくのが作戦であった。その作戦さえ的中すれば・・・術が使えず一対一であれば・・・酒羅丸も殲滅できる可能性も考えられる方法であったのだ。しかし、この第三案に変更されたことで、鬼一の存在は何が何でも見つかるわけにはいかなかった。鬼達に島中を捜索させるという行為こそ、麻希の存在を隠す上でさせてはならない行為となった。


「承知した」

 威波羅はあっさり承諾した。


「第三案はどちらかと言えば、妃姫の初案が優先されています。まず守るべきは麻希の存在と成長の促し・・・人として陰陽師として育てていくことが優先です」

 陰陽頭は初案と第二案を天秤に掛けていた。どちらの勝算が高く有益であるかを・・・第二案も酒羅丸を打倒できる可能性がある。しかし、それは麻希の存在もまた同等であった。そして陰陽寮は先を望んだ。もし、酒羅丸さえも打倒しそれが陰陽寮の戦力として期待できれば・・・この世の魑魅魍魎全てを打倒できるのでは無いかと・・・


 その様な陰陽頭の思惑と共に、沙姫が話を続けた。

「その為、現状の追憶の域では・・・防御力に難点が・・・今までその存在が奴らに見つかっていないのが不幸中の幸いです。ですので、私がその術を更に強化します。私が、介入すれば追加効果として、相手の注意を操作する能力が付与されます」


「注意を操作する能力?」


「私の能力は注意の操作・・・所謂、注意障害を引き起こします。注意の選択を操作することができるのです。例えば、何か忘れさせたいことがあれば、何かもう一方別の出来事を引き起こせばいいのです。そうすれば、最初の出来事に対し注意を向けることができなくなります。認識できない・・・ということは記憶として蘇らすことも困難となります」


「であれば、別の何かに気を逸らせていれば・・・この追憶の域は永遠に認識されない?」


「そういうことです。それに、その逆も可能なのです」


「すごい・・・注意という機能に介することで、決して術としては完全な効力では無いにも関わらず、それが逆に強力となっていますね・・・」

 単純に記憶や術の操作や抹消などはそれだけで膨大な霊力や危難が発生してしまう。それが、この世の理から外れれば外れるほどに・・・しかし、沙姫は妃姫のような才能も無ければ力も無い。それ故に、対象の脳機能の一部のみを狂わせるという能力。微弱ではあるが、それ故に気付かれにくく注意機能に限局した力は効果覿面であった。誰しもがこの妃姫の強力結界の効果に気がいく。注意が逸らされている事実になど注意が向かうはずも無かった。


「後は、結界内で相手に触れることで五感や記憶などの注意も様々な物に転換・操作することができます。この能力を基盤として、追憶の域の存在を完全に隠滅し、その中で麻希を育てていきます」


「すごい・・・」


「時間は掛かりますが、最小人数で遂行でき且つ確実です。時が来れば、麻希と威波羅・・・術士の皆さんで鬼ヶ島での陽動と混乱を、そして今度は逆に追憶の域への注意を最大に引きつけさせ、鬼達を誘導・・・結界内で鬼一様による殲滅作戦です」


「凄いです!長丁場ですが・・・準備はしっかりできますね。妖刀童子切りも預かっています・・・これを麻希に手渡し、鬼一様に手ほどきをして頂ければ・・・」


「えぇ・・・それも、私の能力があれば物心ついていない今からでも記憶としての保持が可能です。ですので、皆さんの力の全てを麻希に託すことができます。そして、私が責任を持って・・・妃姫の代わりに母親として・・・人間として立派にそして優しい子に育ててみせます」


「作戦、承知致しました。では、二日後の夜行で・・・威波羅はその通りに・・・作戦決行しましょう」


「はい。鬼一様と合流次第、この作戦変更をお伝え下さい。私が到着するまでに追憶の域の存在が吐露されないのが重要な点です」


「鬼一様は作戦の変更を知らないのですか?」


「はい・・・実は第三案考案前に、既に行動に移されており・・・しかも鬼一様は能力者ではない為・・・連絡の取りようが無いのです」


「そうでしたが・・・ここが重要な点になりそうですね・・・分かりました。善処致します」


「では、また何かありましたら連絡を・・・私は当日までここから動きませんので」


「分かりました」


 そして、二日が過ぎ夜行の日となった。鬼達は酒羅丸の号令を待ち根城で待機をしている。威波羅は千里眼を使用するために結界から出てその様子を伺っていた。

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