53;叶わなかった最後の日常
会話の最後に沙姫が、私のことを独占するのは良くない・・・仕方ないから時間を半分譲ると訳の分からないことを言ってきて、結界を出ることにした。すると足下に美来から置き手紙があった。『どうやら威波羅が一人帰ってきたようだ。奴は入り口の海岸から動こうとはしない。一応見張ってはおくが・・・奴の性格上そこから動くことは無いだろう。追伸・・・玉成はまだ根城で休んでいる。ごゆっくり・・・』
私はため息をつきながら、沙姫の最後の意図はこれかと察した。全く・・・威波羅が根城に帰ってきたらどうなっていたのだろうと思う。しかし、威波羅は掟に従順・・・自身が他の鬼とは少し違う(人間じみている)為、掟に従順にならざるを得ないのだ。一応見張ってくれており、もし動けば合図があるだろう・・・そう思い、私は彼が眠る布団の中に潜り込んだ。重大な任務を終え、長年の確執も解消され、鬼が戻ってくるまでの残り一日・・・人生で初めての自由時間なのだ。この時間だけは、私だけのために使っても良いのだ。仲間達が、命を賭けて残してくれた時間・・・私は最後の時間を、玉成と共に過ごすことを選んだのだ。彼の眠る側で、彼の温もりを感じながら、彼に包まれて眠ることにしたのだった。
次の日の朝。
「え?えぇ?」
私が添い寝をしていることに驚いて飛び上がって起きる玉成であった。その声に私は目を覚ました。
「おはよう・・・玉成」
「え?なんで?」
「・・・居ちゃ駄目?」
「いえ・・・けど、ここ威波羅の根城ですよ?」
「それは大丈夫・・・皆が見張ってくれているから。鬼達が帰ってくるのも今日の夜中だし・・・それより、傷は大丈夫なの?」
「えぇ・・・流石千子さんです。違和感はありますが、痛みは全くありません」
「そう。それなら良かった・・・ねぇ、今日は一日・・・ずっと側に居て」
「勿論です」
「良かった・・・」
「そうだ!お腹空いていませんか?何か作りましょう」
「駄目!貴方怪我しているのよ?今日は私が作ります」
「良いですね!妃姫の料理食べてみたいです」
「玉成ほどじゃないけどね!私もそれなりに上手いわよ」
そう言うと私は、布団から出て火を起こし、食材を手に取り(皆が気を利かせて用意してくれていた)調理しだした。二人で食卓を囲み、談笑しながらありふれた日常の幸せを噛みしめた。そして、そんな幸せな時間もあっという間に過ぎ、もう既に日没を終え、私達は外に出て体を寄り添いながら話していた。
「日常ってこんなにも幸せなことなんだね・・・」
「えぇ・・・特に妃姫といる時間は本当に特別です」
「嬉しい・・・やっぱり・・・死にたくない・・・」
「はい・・・私も妃姫に居なくなって欲しくないです」
「一人で死ぬのってやっぱり怖い・・・」
「・・・妃姫、一人では死なせません。私も直ぐに逝きますから、少し待っていて下さい」
「何、格好つけてるのよ」
「自分の命を掛けられるくらい愛した女性の前です。格好くらい付けさせて下さい」
「何言っているの・・・もう・・・死になくないよ・・・玉成と一緒に居たいよ」
「初めてじゃないですか?そんな弱音を吐いて、死にたくないなんて言ったのは」
「惚れた人の前だけは、女の子でいさせて」
「ふふ・・・私はなんて幸せ者なんでしょう。私の愛する人が私なんかに惚れて貰えているなんて・・・私の人生・・・今まで逃げてばかりで、本当に情けない人生でした・・・けど、私は今の自分が誇らしいです。そして、私は今日・・・・この瞬間のために生れてきたのだと・・・実感しました」
「うん・・・私もそう思う。愛する人に抱かれているってこんなにも心が温かくなるのね。だから、怖い・・・死にたくない。こんな幸せを知ってしまったら余計に死にたくないよ。生きたい。怖いよ・・・玉成・・・」
「私が側に居ますから、安心して下さい。言ったでしょう。私も直ぐ逝きますから」
「・・・けど、駄目・・・私は、玉成と同じ所へは逝けない・・・私の手は血で染まっている・・・玉成と同じ天国へは行けないわ」
「何言っているんですか。私は何処までも、妃姫と一緒です。閻魔がなんと言おうが私は妃姫を探し出して駆けつけます。安心して下さい」
「本当?」
「はい。本当です。必ず見つけ出します」
「うん。玉成が来てくれるなら・・・玉成・・・最後に私に幸せを教えてくれてありがとう。愛してるわ」
「えぇ。私も妃姫を愛しています」
この日は鬼ヶ島とは思えぬ程、霧が晴れており満点の星空が見渡せる中、私達は愛を誓った。そこから暫く言葉は無く、ただ二人は寄り添ってお互いの体温を感じながら時を過ごした。そして、遂に日付けは変わろうとする。幸せな時間とは過ぎ去るのは早く時間の概念を無視しているかのような、そんな気さえした。しかし、もう離れなくてはならない。全ての準備は整っている。後は心の準備だけだ。
「さて・・・弱音も吐いた・・・沢山甘えた!そろそろ・・・私達の最後の仕事をしましょうか」
「・・・そうですね。名残惜しいですが・・・私も役割を完遂します」
玉成はそう言うと、そっと私に手を差し伸べ立ち上がらせてくれた、そして例の場所まで私の手を取って連れて行ってくれた。
「この辺が良いわね・・・」
「では、ここに琥羽琥の着物を置きますね・・・成る程・・・確かにこうしてみれば誰も封印されたなんて思わないですね・・・これは誰が見ても陰陽師による殲滅後だ・・・」
「でしょう?・・・そして私がこの奥に・・・貴方の腕は、私からある程度離れた所に置いておけば良いわ」
「了解しました」
「あ・・・私がこれを持っていたら怪しまれるから、玉成が持っていて」
私は琥羽琥を封印している宝石・・・琥珀を玉成に手渡した。
「良いのですか?私は結界内で待機じゃ・・・結界内では術の効果は?」
「大丈夫・・・これは既に何の霊力も持たない普通の宝石・・・この封印を解くには、ある一定の条件があるの。けど、あの鬼達には解けないでしょうね・・・もし、酒羅丸の気を引きたいときがあれば、これを手渡してしまいなさい。奴はきっとこの宝石を本能で奪いたくなるでしょう・・・」
「分かりました・・・」
「あと・・・これを・・・」
私は、術を展開し様々な道具を貯蔵している空間から刀を取り出し玉成に渡した。
「これは?」
「これは、私の師の形見でもあり宝なの・・・これこそ、酒羅丸殲滅の切り札・・・妖刀、血吸・・・改め、童子切り・・・これを、麻希に託します」
妖刀血吸はその名の如く、斬れば斬るほど相手の血を吸い込み、切れ味や性能が向上する特性を持っていた。そして、酒羅丸という強力な血を吸ったことにより、その刀は成ったのだ。まるで童子の如く闘いと愉悦に浸る者を斬るための刀・・・童子切り。妖刀自体が、温羅の血から生れた産物・・・それが共鳴し合ったとも考えられるが、自分の血が自分の意識のしないところで自分を殺す為の道具を作り上げてしまうとは・・・なんとも皮肉だろう・・・しかし、その境地こそ酒羅丸自身が望んだことでありそれは必然とも考えられる。
「分かりました。私が責任を持って預かり受けます」
「間違っても、抜いたら駄目よ!」
「流石の私でもそれは分かりますよ!」
私達は、目を合せて笑った。こんな状況でも冗談が言い合えて笑っていられる・・・本当に心許せる時間であった。
「・・・じゃぁ・・・そろそろお別れだね・・・」
しかし、そんな幸せな時間に浸る訳にはいかなかった。もう時間は差し迫っている。
「えぇ・・・一旦のお別れです・・・私は急いで皆さんと合流し麻希と一緒に結界の中にいます」
「多分・・・この近くに皆居ると思うから」
「はい」
「ねぇ・・・玉成・・・」
私は、後ろ髪を引くように玉成の名を呼んだ。玉成は全て察したかのように何も言わず強く私を抱きしめてくれた。
「妃姫、愛しています」
「えぇ、私も。愛しています」
私達は最後に愛を誓い合って唇を重ねた。
「そろそろ、鬼が来ますね・・・では、また会いましょう。少し、待っていて下さいね」
「えぇ!行ってらっしゃい。私は貴方の帰りをいつまでも待っています」
そして、お互い背を向け死地に向かっていった。その瞬間、鬼ヶ島に穴が空くような不吉な雰囲気が漂ってきた。鬼達が帰還したのだ。
私は玉成の手前、気丈に振る舞っていたが体は限界であった。視力は殆ど失われ、立って歩くのもやっとの状態であったのだ・・・いや、如何に私がそれを隠していたとしても、玉成には見抜かれていただろう・・・それは彼の言動を思い返せば明らかだった。